第3もふ。「7月は、もふもふがいない」
ワーウルフ。
人狼。
あるいは、半人半魔の人食い狼<ヴェアヴォルフ>。
そんな生き物が、中世ヨーロッパに存在したという。
うなり駆ける姿は風神。
吠え、食らいつく姿は雷神。
燃え盛る業火の眼は……炎神のごとし。
しかし一時を境に、彼らは姿を消した。
たったひとりのシスターによって、永遠の眠りについた。
彼らの王であり、人狼の王・ナインは最期の時、何を思ったのか。
後世に伝えられし、伝説の悲恋。
『ナイン』シリーズ。
その最終巻が……ない!!
最近、モフが姿をみせないせいでペリーポッターシリーズを完読してしまって暇なオレは、新たなファンタジー大作を求めて図書館の大常連となっていた。
このシリーズ、実は日本ではすごくマイナーなのだが、本場ドイツでは空前のベストセラーらしい。
古くはドイツの昔話を下敷きにしているというその物語は、聖女と名高いシスターと人狼の王が交互に語り部となる。
そして、禁忌とわかっていながら惹かれあう……そんな超王道ラブストーリーだ。
第1巻『ナイン~迷子の娘と導きの影~』も2巻『ナイン~呪われしシスターと闇の護り手~』もとんでもなく面白かった。
魔物に家族を殺されひとりぼっちとなった少女が見えざる声に導かれ、何度も命の危険に遭う。
だが、毎度ぎりぎりで助かり、いつしか自分を護ってくれている者がいるのではないかと信じていく。
果たして、彼の者は天使か神か。
やがて彼女は聖なるものを求めるようになり、魔物への憎しみと混ざり合い、とあるシスターとなる。
だが、ただのシスターではなく、退魔の力を持つエクソシスタの道を選んだことにより、死と隣合わせの茨の道を進むことになる主人公。
そしてやはり、どんな窮地でも助けの手が入る。
彼女はいつしか、自分の護り手に逢いたいと願うようになっていた。
よもや、その護り手がまさか――己の憎むべき魔物、人狼の王であるとなど……知らぬまま。
(絶対モフも気に入ると思ったんだけどなー……)
絆創膏の真意も聞いていない。
案外優しいやつなのかもしれない。
けれどもしそうなら、手をぶつけた瞬間のあの凶悪な笑みと矛盾する。
(図書室のマナー守ってるし、そんなに悪い奴ではない……気がするんだけど)
こんな時、名前もクラスも知らないということが大打撃だと実感する。
(大打撃? ……そっか……オレは)
「あのモフのこと……」
口に出してしまうと、どうしても自覚する。
しくしくと鳴くのは、オレじゃない。
この明らかに別の生き物としか思えない心臓だ。
そういえば、おなかも減ったし……。
などとしょんぼりしながら、スカートのポケットから包みを取りだす。
飴を食べれば、きっとこのわけのわからない空腹感もまぎれる気がして。
口にほおり込んだ飴はしゅわっしゅわっとはじけて溶けていく。
「うまー……」
食欲は一応満たされたはずなのに、より悲しいのはどうしてだろう。
あの凶悪面モフと遭遇したのは、数えるほどだ。
特に会話が弾んだわけでもない。
仲良くなれるような、大した青春イベントも起きていない。
ああ、そっか。……ただ。
ただ、一度でいいから……あのもふもふした髪を触らせてほしかったのだ。
「モフのーー、アホ……」
すねたようなか細い声で、体育座りのままうずくまる。
心細い、さみしいと泣く胸は無視だ。
重ねた腕のなかに頭をしまって、すり、と頬を膝のあたりにこすりつけた。
――ぽちゃん。
水音が聴こえたのはその時だった。
……ぽちゃん。
……もう一度。
ぽちゃん。ぽちゃん。
ぽちゃんぽちゃんぽちゃんぽちゃん。
……近づいてくる!!
思わず、すくっと立ち上がった。
音は下から。――だから、上へ!!
こわい。とか。なんだあれ。とか。
色々思い浮かぶ前に、足が動いていた。
屋上は開いている。開いている……はずだ。
滴り落ちる焦燥感を降りはらい、ドアノブに手をかける。
――チェックメイト!!
あ。と思った時には、もう遅かった。
ぐらり、と視界がゆがみ、景色が回転していく。
――いや、回っているのはオレだ!!
本能的な恐怖で目を閉じる。強いめまいと、衝撃。
「ぅ、あ……っ」
いたい。
頭をさすると、そこに熱くて冷たいなにかの感触があった。
「クソ馬鹿野郎が……」
地鳴りのような低い声。なぜか下から聞こえる。
ぐるん、と体ごと頭をひねると、ぼふん、とオレのやや幼児体型気味な腹がわずかにはねた。
月のようだな、と思った。
冷たくて熱くて。
きらきらしていて……ぎらぎらしている。
そんな瞳を、わずか10センチの距離でみつめている。
開き気味の瞳孔に映るオレは、きょとんとした顔で……。
でもああ、そうだな。
九尾の狼神とはじめて会った時の聖女様と同じ表情をしていた。
「……ナイン」
「……は?」
ドスの効いた声にびくりとする。
地の底から響いてくるようなその呪詛にも似た低い声は、まるで威嚇するかのようで――。
それでいて……捕食するかのようで。
その瞳に、存在自体が食べられる。
食べられてしまう。
でも、そうだ。聖女様は。
こうやって、そんな狼の化け物を。
手負いの神様を。
「…………!!」
ぎゅっと優しく抱きしめたんだった。
……こんなふうに。
「つめた……、あつぅ……」
ぎゅっと抱きしめたその躰はひりひりするほど冷えていて、それでいて焼け付くような熱を持っていた。
「……冷たいのか熱いのか、はっきりしろ。それから……」
なにしてやがる、とかすれた声で唸るから、こう答えてやった。
「寒そうだったし、熱そうだったから」
……それに。
「あと……痛そうだった」
モフの瞳孔がぱっ、と見開かれたのが、すぐにわかった。
「……わけわかんねえやつだな」
モフはどこか押さえようとしてやめた気配で、頬を掻いた。
「どこにいたの」
「お前に関係あるか? チビ」
「チビっていう名前じゃない。ナオ」
「……チビで覚えとく」
「なんでだよっ」
ぷんすか怒って拳を振り上げると、モフの瞳が飛び込んできた。
ひどく真剣で、静かで冷たくて。
なのにすごく……熱いまなざしだった。
「…………」
たっぷり、10秒はみつめあったかと思う。
「……チビはチビだ」
ため息と共に、モフが目をそらすまでは。
「……なぜだし!!」
「なんでも。いいからどけ。重い」
「重いとは失礼なり!!」
「その変な口調なんだ。なんかの漫画のパクリか」
「!!」
オレは、きゅぴーん!
と瞳を輝かせる勢いで姿勢をただし、ドヤ顔でこういった。
「よくぞ聞いてくれたっ! フフフ……昼の世界では平凡な美少女JC……しかし、ひとたび月が夜空を昇ればっ!」
「……あっそ」
「まだ最後まで言ってないだろばかっっ! 月が夜空にアレすれば……えっと、その髪は黄金となりその瞳は空となり! そう我こそは常闇を統べる闇の王の子孫、漆黒の騎士、ナ……」
「……へえ」
「だから最後まで聞けあほーーーー!!!!」
どんどん、とモフの胸をたたく。
モフは嫌そうにしながら、そっぽを向いている。
だがややあって、男子の腹にマウンティングして、ぽかぽかやっているこの謎シチュエーションに今更ながら気づき。
「……いいからどけよな」
そう言って、モフの真似じゃないけどそっぽを向いた。
「お前がな」
「おーまーえーがーなーーーー!」
嫌味でかえってきたことに、ふたさじの立腹とひとさじの安堵を感じながら、ようやくモフの腹からもそもそとどいた。
「……ありがとっ」
むすっとして、オレは言った。
相変わらず、そっぽを向きながら。
「…………」
モフは黙っている。
その沈黙に、頬にじわじわ集まる熱いなにかを自覚して、オレは声を荒げた。
「……とか! 言うと思ったか……ば~か!!」
「訂正。クソガキ」
「は~あ? クソとはなんだのっぽ!」
「……ガキはいいのか」
「よくないわジジイ!!」
「同い年だが?」
「しゃべり方がオヤジ!!」
「精神年齢が幼児」
「……ぶっころす」
「やれるならな?」
そんな言い争いの果て降っていた雨は止み……。
いつの間にか燦々(さんさん)と日光が降り注いでいた。
屋上への階段の途中。
オレと、顔面凶器な狼は。
7月のあの日、あの場所で……もう一度、「出逢った」
<<次回予告>>
ナオ「あーー、今回もオレは可愛かったな~~」
モフ「ナルシスト乙」
ナオ「ぅるっさい化け狐。おまえよりかは五百倍可愛いだろっ!」
モフ「色々ツッコみたいが……狼じゃないのか?」
ナオ「いろいろ? 突っ込む♂!? 何言ってんの!!?」
モフ「……は?」
ナオ「変態野郎は滅びろっ!!」
モフ「だから、お前が何を言ってる」
ナオ「オレはへんたいじゃないよカバっ!!」
モフ「……っとに日本語通じねえ野郎だな……さっきから狐だのカバだの……。俺にもれっきとした名前があるんだが?」
ナオ「へ~~」
モフ「聞く気ゼロかよ。これだからド天然カバは……、っ!」
ナオ「カバ呼びうつってる件ww」
モフ「黙れクソガキ。次回、“7月は、もふもふとランチする。”……展開早えな」
ナオ「君の名は! 的なお話らしいよ~?」
モフ「間違ってはいねえが、誤解産む説明はやめろ。ただのクソリプバトル回だ」
ナオ「え~? みつめあーうと~、すなーおーにーなぁれ~なぁ~~い~~♪回じゃないの?」
モフ「TSUNAMIのように流されて溺れ死ね」
ナオ「は?w ツンヤンが溺れ死ね」
モフ「OK、道連れにしてやる」
ナオ「ヤンデレの方だったわ……(まがお)」