※fragment0. 『4月は、泣虫(フール)に朝食(シリアル)を』※
雨が降っていた。
すべてを奪うような、冷たい雨だ。
すべてを諦め凍える狼が……そこにいた。
そこは誰も知らない世界の隅で――。
その巨体は無残なほど傷だらけだった。
狼が願っていたのは……死。
ただひたすら、それだけだった。
それでいいと目をつぶり……。
その時を待っていた。
なのに、そんなボロ雑巾以下に手を差し伸べる大馬鹿野郎がいた。
いや、差し伸べられたのは……傘、だったかもしれない。
瞬きの間に「死」があった。
ほの暗い「終わり」のにおいがした。
それは、少女もまた同じだった。
なのに彼女は差し出した。
たったひとつしかない傘を――。
(( つめた……、あつぅ……。 )))
少女は俺を抱きしめ、そう呟いた。
突然与えられたぬくもりに、凍えた体がじわり、と熱を持ったのを感じた。
ずっと探していた。ずっと――求めていた。
(( どこにいたの ))
それは、こっちのセリフだった。
世界中どこを探しても、こんな生き物はふたつとない。
だから、願ってしまった。
この物語の終着点を。
少女は歌う。
くるりくるり、とか細い手足が踊る。
りんりん、と鈴を鳴らし、さえずる。
(( ナイン、おまえはなんで「ナイン」なの? ))
……それは、答えが最初から用意されている物語<ドラマ>。
――小娘、お前が矮小な人の子であるのと同じだ。
小さな声を聞き逃すまいと、耳朶で拾う。
(( 「きゅうび」。なんでおまえはオレに優しいの? ))
どんなに優しくしても……損しかしないのに。
そう続けた声は、馬鹿みたいに弱弱しくて。
阿呆みたいに、らしくなくて。
だから答えは最初から決まっていた。
――俺が俺である理由。
俺がお前に優しくする理由。
思い出す。
無数の選択肢があったことを。
これまで生きてきた物語の中で――。
選んだものより選ばなかったものの方が、遥かに多かったことを。
ただ、何も欲しくなかった。
もう何も、失いたくなかったのだ。
いつかなくなるならもうなにもいらなかった。
いっそすべてを手放してしまおうかとすら思っていた。
そんな時、本当にその瞬間を狙ったかのように。
「運命」が降ってきた。
手放すばかりのるつぼに「お前という存在」が降ってきた。
意味がわからないほど屈託なく――無防備に。
恐れるものなどなにもないと言う風に。
その奥にはしかし、数多の涙が押し込まれていた。
それなのに、溢れだしそうな絶望すらも糧にするかのように、その生き物は懸命に笑っていた。
笑顔の仮面を張り付け、けなげに戦っていた。
その小さな背中に負った、あまりにも重い荷物。
背負ってやりたい。
護ってやりたいと思ったのは、いつ頃だったろうか。
気づけば、未来に期待していた。
絶対的な望みを希い願っていた。
絶望ばかりが降り注ぐ世界に、馬鹿みたいな光を乞い願った。
願ってしまった。
いつか失うとわかっていて、こんな仕方のない存在を手にすることを。
自覚した頃には、もうとっくのとうに手遅れだった。
……だから。
「俺が俺になった理由」
「俺が生きている意味」
……なぞる首筋のライン。そのすべての答え。
三歩歩かずとも空っぽなその脳みそにすべて、叩き込んでやる。
狼は吠える。
ありふれた結末を蹴り飛ばすように。
安い三文悲劇を――あざ笑うように。
お前は繰り返す。
(( 物語はとびきりの、ハッピーエンドでないと!! ))
何度でも、繰り返す。
(( ノインとかぶるから、きゅうび ))
……だから。とびきりの答えで、強奪してやる。
たったひとつでなくとも。
とびきり冴えてないやり方でも。
お前の望む、ロイヤルストレートな王手<アンサー>で。
「ありふれたお涙頂戴のバッドエンド」を、書き換えてやる。
さあ、とびきりクレイジーな「4月1日」をはじめよう。
「シリアス?」そんなの尻尾から砕いて、「朝食」にしてしまえ。
……そうだな。どうせならお前好みの物語に。
馬鹿みたいにくだらない「4月馬鹿な喜劇」にしてしまおう。
(( きゅうび、だいすき ))
歌うようにさえずったその唇を、さあ、どう奪ってやろうか。
――だから、騙されてくれないか。××。
(( ――世界の半分の代わりに、××××をやるから。 ))