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第18もふ。「8月は、”壊れたネジ巻人形"〈マリオネット〉の暴走」

 



 ナオが駆ける。俺が追う。



 あいつ、なんてスピードだ。


 まるで水を得た魚……。



 いや、失った翼を得て羽ばたく鳥のように翔けていく。



 なんてポテンシャル秘めてやがる。


 あいつは本当にあの鈍臭いチビか。





 息を切らし追いかける俺だが、ナオの方が酷い。



 呼吸の仕方がおかしい。



 吸って吐き吸っては吐き吸っては吐き。



 その間隔があまりに狭すぎる。



 下手したらそのうち、肺がぶっこわれんじゃねえか。



 いや、精神的にはもうだいぶぶっこわれてやがるかもしれなかった。



 そのぐらいあの様子はおかしかった。





 突然、「行かなきゃ」と言ったナオは能面のような無表情。



 その声は棒読み通り越し、機械のようだった。



 どういうことだ。

 なにが起きてる。



 まるで機械でできた人形だ。



 アタマのネジがぶっ飛んだんじゃねえか。



 いやむしろ、似ているのはネジ巻人形か。



 2回目の交通事故にあった時もナオは走っていたらしい。



 助けようとして俺も轢かれた、あの時だ。



 通行人がたまたま目撃していた。



 神社に行くつもりだったらしいが、なぜそれだけのため全力で走る必要がある。



 しかも、車も自転車も脇目も振らず、猛烈なスピードで走っていたという。



 その鬼気迫る姿は敵陣に捨て身で特攻する、戦闘機のようだったとすら聞いた。



 繰り返すが、ナオが車に轢かれたのは俺が知っているだけで2回もある。



 最初の1回は待ち合わせに来なかった俺に対して泣きながら下校していたとは言うが。



 これは偶然か?


 


 二度あることは三度あるという。



 今回もナオはおかしい。



 なんでだ。


 なにがナオを突き動かしてる?



 気味悪い作為を感じるのは何故だ。


 まるで、誰かに操られているかのような――。





 廊下の角を猛然と曲がり、ナオが消える。


 焦りながらもこちらも必死で追いすがる。



 脇目も振らずナオが消えた角を曲がり、愕然とした。



 ナオが居ない。



 目の前には上下の階段。


 左はつきあたりで右は長い廊下。



 階段を駆け降りた音はしなかった。


 教室に飛び込んだか……?



 そこで、頬を撫でる風に気づいた。


 突き当たりの窓が空いている。



 まさか。





「ナオ……!」



 しかし、窓を覗き込んでも、ナオの姿はみえない。



 丸く整えられた植木と石畳が真下にあるが、その周囲のどこにもいない。



 どこに行った……!



 俺はやけになって、窓枠に足を掛けた。




「なにしてるの!!」




 肩を掴まれた。


 俺のものではない必死の声に振り向く。



 そこにいたのは……輝だった。




「離せ。ナオが」



「おちびちゃんが? なにがあったの」



「話してる暇はねえ。降りる」



「無茶だよ! ここは三階だよ。下は土じゃない。石畳だ。怪我でもしたら……」




「ほっとけ。人の命かかってんだ。お前には関係ねえ」




「人の命って……君の命だってかかってるでしょ! 無茶はやめて」




「うるせえな!!」



 俺は輝の腕を払った。



 輝が一瞬悲しそうな顔をする。


 そんな自分に余計苛立った。



「ナオは……俺は」



 何を言いたいのか自分でもわからず、無意味な言葉だけが口を飛び出した。



 そんな俺の肩を抑え、輝は真剣な顔で向き合いこう言った。



「わかった。僕も協力する。話しぶりから大体想像はついてる。おちびちゃんが行方不明。緊急事態。そうでしょ?」



「ああ」



「周りを手分けして探そう。異論はないよね?」



「ちっ……仕方ねぇ。癪だが……頼む」




「相変わらず素直じゃないね。まぁいいか、時間がない。階段の上、下、あっちの突き当たりじゃない方の廊下、窓の下。四択だけど、飛び降りはリスクをともなう。階段の上を僕は行く。君は階段の下に行く、OK?」



「まて。階段をかけ上る音も駆け下りる音もしなかった。2択だ。窓の下か、右の廊下か」



「だから、飛び降りはだめ。そういうことなら、窓から飛び降りたと仮定して君は階段を降りて、外を確認して。僕は念のため廊下を行って、教室ひとつひとつを確かめる。それならOK?」



「了解。頼んだ」



 返事を待たず、俺は2階へ向かう階段に向かって体を踊らせた。



 ダン!!



 一気に階段を飛び降り、少し距離を詰めまた飛ぶ。



 また無茶して!



 と輝の抗議が聴こえた気がしたが、気にしてられなかった。



 今は時間が惜しい。



 こうしている間にもナオが危険に晒されているかもしれない。



 今度こそ、死ぬかもしれない。



 それは……それだけは駄目だ。


 許せねぇ。



 なにより、助けられなかった俺自身が。




 ダン!!



 幾度目かのジャンプで、1階へと着いた。


 靴箱を突っ切り、外へ飛び出す。



「ナオ!!」



 返事は期待していないが、叫ぶ。



 どこだ。どこにいる。



 無事か。まだ、間に合うのか……!!



 ここは校舎の表だ。



 俺の予想だと、ナオは学校の外にいる。



 根拠はない。



 ただ、生命に差し迫る危険があるとしたら、それは車が走るような場所。



 すなわち路上だ。



 今までの2回ともそうだった。


 今回はどうか。



 わからないが、校内には危険なエリアなどないだろう。



 屋上以外には。


 屋上……?


 そこで、はっとした。



 なにか見落としている気がする。



 なんだ。思い出せ。



 あの時、廊下の角を曲がったきりナオは姿を消した。



 そして窓が空いていた。


 だから、飛び降りたと仮定した。



 だが、その前……そうだ。



 あの角を曲がった後、駆ける音はしていたか?



 さっと血の気が引いた。



 コーナーを曲がってすぐ、ちょうど後ろから追いかけた俺の視覚。



 そこにくぼみがあったはずだ。



 道具入れのロッカーを置くために少し内装が変形していた。



 ロッカーが倒れても生徒に怪我をさせないように、その部分だけ凹んだ壁になっていたはずだ。



 そこにナオは隠れていた可能性は?



 もしそうなら、俺が階段を駆け下り、輝が廊下の教室をひとつひとつ見ている隙に……。



 俺は踵を返し、校舎の表玄関へ飛び込んだ。



 階段をかけ登り、かけ登り……そして。



 体当たりするように屋上のドアの向こうへと身を踊らせた……。




「少年」



 振り返ったその姿、その声色。




「なぜそんなに生き急ぐ。屋上ダイブは青春じゃねえ、生きろよ青二才」




 たなびく白衣。細身で足は長い。



 タバコを口にくわえこちらを振り返り、説教を垂れる。



 どうみてもあのチビじゃない。



 一瞬ロリコン医者もといナオの従兄弟かと思ったが、別人だ。



 光に透けるようなパーマがかった栗色の髪も。


 冷たくひらめく、青みがかった切れ長の緑色の瞳も。



 なにもかもあの医者とは似ていない。


 誰だ、こいつは。



「ナオは……」




「おっと。人探しのつもりか? 生憎、ここには先程までぼくしかいなかった。そこにお前が現れた。1+1はいくつだ? あの猫娘は言っておくがここにはいない。ここにはぼくとお前だけだ」




「随分多くしゃべるじゃねえか。嘘つきは饒舌とも言うな?」




「大人に対する敬意がなってねぇな、少年。ゆえに少年だな、乳くせえ。もう一度言うが、あの猫娘はここにはいない。あの嘘つき猫かぶり娘はな」




「なおさらうさんくせえ。お前はあいつの何を知ってる。信用ならねぇんだよ、てめえのその人を食った様な態度」




「真実は往々にして、愚か者には信じられないということだな。少年、時間の無駄だ。ここから立ち去れ」




「誰が聞くか。言え。ナオはどこだ。隠そうってなら俺にも考えがある」




「ほう、暴力沙汰か? 退学案件だな。おめでとう、社会不適合者のできあがりだ」




「ざけてんじゃ……」



 胸ぐらを掴もうと前に足を踏み出す。



 小綺麗な面をした医者野郎は、切れ長のクールな瞳をひらめかせた。



 思わず足を止めると、医者はタバコを携帯灰皿にしまい、こちらに向かってきた。




「野良犬はさっさとハウスに戻るんだな。そのほうが平和に生きられる」



「誰が」



 野良犬だ、とキレかけたが、すっかり奴のペースだと自覚し唇を噛み締めた。




「覚えておくといい。あの娘はお前が思う以上に賢く、演技派だ。騙されるんじゃねぇぞ、すべてを失いたくなかったらな」




 そう言ってニヒルに笑いながら医者野郎は肩を横切り、屋上から姿を消した。



 コツコツと階段の足音が遠ざかっていく。



「クソが……」



 ナオが嘘つきだと?



 人を騙せるような器か、あいつが。



「いい加減言ってんじゃねぇよ」



 奥歯を噛み締め、苛立ちのまま拳に力を込めた。



 屋上の階段を降りるとまもなく、輝がやってきた。



「如月!!」



「輝」




「おちびちゃんがみつかったよ」



「なに……?」




「1階の保健室で眠ってる。無事だよ」



「そうか……」



 肩の力が抜け、しゃがみ込んだ。



「よかったね。実は校内にもう1人生徒が残っていて、様子のおかしいおちびちゃんを捕獲したらしい」




「なんだそれは……あの暴走したナオを止められる奴なんて……。誰だそいつは」




「初春だよ。初春睦月はつはるむつき。うちの学校の生徒かつ、アイドルグループ、ムーンライトプリンスのセンター」



 そんな奴いたかと考えていると、俺の心を読んだように輝は続けた。




「……って言っても君は知らなさそうだね。あまり学校に来ないから逆に印象に残ってない? 透けるような栗色の髪にエメラルドグリーンの瞳をしてるから、相当目立つし」




「待て。透けるような栗色の髪に緑の瞳だと?」



「あ、ちゃんと認識してたんだね」



「違う。確かにそんな奴は校内にいた。でも俺が言ってるのはそうじゃねぇ」



「え?」



 話が読めないといった顔で輝は眉を寄せた。


 


 説明しようと思ったが、どう言えばいいのか。



 俺自身、混乱していた。



 さっきの医者と容姿が似ている。


 これは、ただの偶然か?



 それとも……。



「輝。そいつに会わせろ」



 俺はふたたび拳を握り、歯を食いしばった。



……こんな偶然、ある訳ねぇだろうが。









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