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第14もふ。『66月は、けだものの夢を見ている』

 


 目を開けると、そこはまっさらな空間だった。天国かなと思うけど、地獄かもしれない。



 ああ、でも目の前におまえがいる。それならきっと天国だな。




『 ナオ。こっちに来い』



 玉座に座っているおまえは輝いている。全身から放っているのはきらきらした金色だ。綺麗だなぁ。



 それに、座ってるあれ。かっこよくて可愛くて、最高なおまえにふさわしい豪奢な椅子だな。



 そんな風にきゅんきゅんしながら、呼ばれるままにお前のもとへと行く。


 甘い匂いがする。ふわふわした弾む気持ちのまま、その広い胸板に頬を寄せてスリスリする。



『 よくやった。偉いぞ』



 うわぁ。嬉しいなぁ!と思いながら、その瞳を見つめる。ご褒美ほしいなぁとしっぽをふる。



『 なにが欲しい。言ってみろ』



 うーん、と悩みながらしっぽをぶんぶんする。


 そうだなぁ。でもやっぱりほしいものはひとつしかない、よね。



『 いいぞ、来い』



 その頬にすりすりして、ちゅっちゅっとキスを落とす。



 本当はここじゃない。もっとほしい、おまえのほうからほしいな〜という目でみつめる。



『 仕方ないやつめ』



 くっくっと笑うからむっとするけど、でも嫌じゃない。ちっとも。



 顔を離すと、おまえの瞳が青く燃えていた。


 ああ。この瞳だ。オレの愛してやまない、赤より熱い愛色の藍だ。



 その凶悪な顔が傾けられ、顎に手を添えられた。ぞくぞくして、瞬間、羞恥心が沸騰する。



 やっぱりやだと顎を引くと、ぐい、と強引に引き寄せられる。



『 馬鹿め。俺から逃げられるとでも思ったか』



 うぁ、と情けない声で目をつむる。


 心臓が破裂しそうだ。ああ。早くほしい。怖いけどやっぱり......おまえがほしい。



 きゅうび、だからはやく、目を覚ましてよ。


 おまえがいないなんて、そんなのもう地獄なんだから。






 気がつくとぼうっとした頭で、天井をみつめていた。


 全身が痺れるように痛くて、寝すぎたのかなぁと思うけど、あってるけどたぶんそうじゃない。



 不思議と今回は記憶があった。


 大神稲荷祭おおかみいなりさい。狐の御祭神ごさいしん、おおかみさまのお祭り。あれに行こうとして。そう、どうしても行かなきゃって。どうしてかな? そう思って。



 走って走って走ってはしったら、トラックが飛び込んできて。


 覚えてる。2度目だ。トラックにひかれたのは。



 でも、助けてくれた。今度は助けてくれた。おまえが。なんで忘れてたのかな。




 こんなに大好きで、世界にたったひとりしかいない、一匹狼でひねくれてて口も悪いし態度も悪い。愛想もないしめったに笑わない。いつも不機嫌でつまんなそうな感じで。



 なのに優しくて。何故かオレにだけ優しくて。あったかい手をしてて。時々とろけそうになるぐらい熱い瞳で、すごくいい匂いで......かっこよくて可愛くて。たわいもない罵りあいも一挙一動も面白くて。ずっとみてたくて。ずっとそばにいたくて、いて欲しかった......そんな......ああ。



 だから、おまえこそがきゅうびだ。思いつきだけど、金剛白尾の神さまの名前をつけたのは、「おおかみさま」に似ていたからだ。



 オレの大切な人になって、いつかこうして助けてくれるって。そんな気がしていたからだ。



 のそりとベッドが起き上がる。足がやけに痺れると思っていたら、ぐるぐる巻きにされていた。重いなと思うけど気にしない。



 知っていた。隣におまえがいる。きっといる。においでわかる。こんなにいいにおいの存在は、お前の他にはいないもん。



 ギブスの片足を引きずり、隣のベッドまでやってくる。


 ああ。安らかな顔だ。そっと顔を近づける。息をしてる。ぺた、と顔を触る。愛しさが溢れ出る。



 どうしてだろう。ずっと昔から知っていた気さえする。ずっと恋しかった気がする。



 きゅうび。



 あー......好きだなぁ。



 気がつくと見蕩れていた。気がつくと惹かれていた。どこが好き? とか聞かれてもきっと1ミリも答えられなくて首を傾げてしまうだろう。



 だけどそれでも......全細胞がおまえを求めてて。血液が沸騰しちゃうぐらいに歓喜するような......そんな奇跡がおまえなんだ。



 だから、絶対に失いたくなくて。近づけば近づくほど別れが怖くなる。なのに、遠ざけようと思っても魂ごと引き寄せられちゃう。



 .....きっと、それで忘れちゃったんだろうな。



 気持ちの重みに耐えられなくて。


 いつか来る別れの重みに耐えられなかった。



 だからこの脳内からおまえを消してしまえばどうにかなる、なんて思っていたのかも知れない。



 バカだな。どうにもなるわけない。忘れてもまた思い出す。離れようなんてバカだった。こうなるぐらいなら最初から隣にいればよかった。



 なんでだろう。まさか追いかけて来てくれた? そんなわけないよね。希望的観測だ。



 でも、出逢えた。また逢えた。助けてくれた。また救ってくれた。階段から堕ちた時よりもっと奇跡的なタイミングで、まるで運命みたいなタイミングでこっちに来てくれた。



 まるで磁石みたいだ。SとNみたいに遠くから引き寄せられる。やだって思ってもくっついちゃう。


 嘘だ。ほんとうはいつだってくっつきたい。傍にいたい。人目をはばからずいちゃいちゃしたい。他にも色々したい。ちょっと大人な体験もしたい。おまえが望むなら、なんだってしたい。



 だからきっとこれは恋で、このもふもふなけだものにきっと恋していて。愛したくもあって。愛し合いたくもあって。もういてもたってもいられないぐらい、おまえの目覚めに焦がれてる。



 はやく、起きないかな。はやく、オレの名前を呼ばないかな。はやく抱きしめてくれないかな。ちゅーもしたい。その先だってしたいけど、気持ち悪いって思われないかな。


 やっぱりダメかな。オレってほら、性別的には女の子だけど一人称オレだし、ある意味びーえるみたいできもいわってツッコまれるかな。



 そういえばオレはなんで自分のことをオレって言ってるんだっけ。いつからだっけ。


 なんの約束でこうなったんだっけ。誰との約束だったんだっけ。



 でもおまえとのがいいな。約束ならおまえとしたい。そうだなあ......せっかくなら不確かな未来の約束より、確かな永遠を約束してほしい。



 捨てられるのはもう嫌だ。ひとりぼっちも嫌だ。でもそれよりなにより、おまえがいない人生が嫌だ。不思議なくらいおまえを求めてる。だからおまえにとってのオレもそうだといいのなって。




 この体も声も命も全部おまえのものだ。命以外あげちゃってもいい。おまえと一緒に永遠に踊りたい。そう、まるで始まりの狼神〈ノイン 〉と終わりの聖女〈 セシリア〉のように。



 つらつら考えていたら、いつの間にか頬が濡れていた。泣き虫な自分に呆れて、その雫を拭おうとした。



 その手首が掴まれた。



 「よう......泣き虫」



 「きゅう、び」



 思わずオレの涙が溢れて、ぼとぼとときゅうびの胸にしたたった。



 「やっと思い出したか......阿呆が」



 呆れたように唇を歪めるふりで、きゅうびは笑った。辛そうだけど、嬉しそうでもある。



 そんな表情をさせた。また涙がしたたる。



「おせーんだよ......馬鹿野郎」



 ぎゅっと抱きしめられて、戸惑う。


 熱い。濡れた胸が冷たくて、熱い。ひりひりするぐらい切ない声に胸が高鳴る。



 とてつもなくいいにおいがする。このにおいだ。この熱さだ。この声を、このすべてをずっと求めてた。欲しかった。喉から手が出ちゃうぐらいだった。いや、出るのはばくばくと跳ねる心臓かもしれない。



「きゅう、びぃ~......」



 めそめそしながら首に腕を回すと「二度と忘れんじゃねぇクソが」と悪態をつかれるからさすがにむっとした。わけない。可愛い。



 すねてるな。きゅうび可愛いな。あと、関係ないけど鎖骨の辺りにスリスリしてるオレはまるでマーキングして犬猫だな。犬ならしっぽぶんぶんもしてるだろうな。だいしゅきほーるど感はんぱないな。



 この幸せのためなら、今この時が永遠になるなら。もう悪魔に心臓をあげちゃったっていい。



 ......ああ。時よ、止まれ!! おまえはなんて美しい!!



 すりすりしている頬をべりっとぴっぱがされ、思わず不満が顔に出る。



 むすう。と涙目でにらみつけると、きゅうびはくく、と笑った。


 ......なんて意地悪なんだろう!笑いやがって!



 なのにその瞳は優しくて。とてつもなく甘くて。その双眼がいっそう細められる。顎が傾けられ、オレの顎を長くて熱い指がさらう。



 ......あ、と思った。唇になにか触れて、目の前にきゅうびの伏せた瞳が映る。なんて近い。なんて熱い。唇が熱くて、ぴりぴり警告が頭にはしる。


 だめ、だめ。とろけそうだ。触れられたところからとろとろにとろけてくっついちゃいそう。歯列を割って、もっと熱いのが忍び込む。濡れたようなそれは、きっと舌だ。頬が火照るのを感じる。吸われたり......噛まれたり。もう呼吸さえ忘れちゃいそうだ。



 ああ......こんなにキスって気持ちいいんだ。



 不意に引っ込んだ舌をまって、とおいかけるとからめとられた。また噛まれる。舌が痺れて、くらくらする。きっと酸欠だ。もうとっくに溺れてる。このキスに? ――ちがう。



 ずっとずっと、溺れてた。めちゃくちゃに焦がれてた。おまえという麻薬みたいな存在に。



 目を開けると、もう唇は離れていた。夢みたいだし、夢かもしれないなとぼうっとみつめる。



 するときゅうびは苦々しそうに唇を歪め、目をすぼめてこう言った。



「夢か......これは」


「夢......かもねぇ」



 これが現実か自信がないから素直にそう返す。


「そうか。だったらなにをしてもいいな」



 急に世界が反転するから驚いた。


 視界いっぱいにきゅうびがいる。その奥には天井。手首が動かない。掴まれてホールドされてる。ベッドに組み敷かれてることを理解して、ざっと羞恥が走るけど、どこか現実味がない。



「このまま喰ってやろうか」



 やばい、と思った。舌なめずりをしたきゅうびが迫る。首をかぷっと噛まれ、血の気が引く。



 なにかを思い出しかけて恐怖が走った。


 ぶるぶると震えていると、拘束がとけた。



「そんなに怯えるほどか」


 こくこくと無言で青ざめ頷くと、ため息が降って湧いた。


 ちゅ、と生暖かいしめった感触が額に咲いて、なんだろうと潤んだ視界のまま見上げる。



「仕方ねぇやつだな......本当に」



 その存外に優しい眼差しに胸がとくんと高鳴る。


 冷めた瞳がああ......こんなにも暖かいそれなのはきっとなにかの奇跡に違いない。


 すり、と頬ずりすると「猫みてぇなやつ......」とまた囁きが降ってくる。



「育つまで待ってやるから」



「子供扱い」


 


 タメなのに、とすねたように唇を尖らせると


「そういうところだ」


 とよくわからない返事。



 噛み合わない会話が心地よい。




 こうしてきゅうびとオレはめでたしめでたしの世界を生きる。



 通じた想いと、ハッピーエンドの幸せ。



 これから訪れる幸福を想像しながら、そっと目を閉じた。



 今だけはただ、まどろんでいよう。


 夢かうつつかわからない、そんな幸せなダンスを......おまえといつまでも、永遠に............。





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