※第13もふ。『 99月は、永遠の音色をしている。』※
<< りん。>>
ああ。鈴の音だ。
【おおかみさま】の……【大神稲荷】の玉の音だ。
懐かしいな。またわたしを助けてくれるの? 食べてしまうの?
それとも......【約束】を守ってくれるの?
(( セシリア ))
あれ? わたしをセシリアって呼ぶってことは、「おおかみさま」じゃなくて「ナイン」か。
「ナイン」が「おおかみさま」なの?
それとも「おおかみさま」の真似をしているの?
(( ………… ))
真似っ子のほうぽいなあ。
もう、狼が狐のふりするなんて、仕方がないなあ。
狼は狼だからかっこいいし、狐は狐だから可愛いんだよ。
仮面を被るのは――舞台の上だけだよ。
(( それは、お前もだろう ))
それは言わない約束じゃないかな。
あのね。ほんとうのことは言っちゃダメなんだよ。
ほんとうに大事なことは、胸にしまっておくの。
本当のわたしは、仮面の奥にしまっておくの。
(( 人間のふりは辛いだろう ))
ううん。わたしは……人間だよ。
鬼でも狐でも、聖女でもない、ただの××だよ。
狼に食べられるだけのただの赤ずきんで、狐と約束をしただけの捨てられっ子だよ。
(( さびしいか ))
うん。さびしいよ。
........きみがいないとさびしい。
(( 目を覚ませ、✕✕…… ))
ナイン?
(( 覚ませつってんだろうが……!! ))
ナイ……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ぴぴぴぴぴ。ぴぴぴぴぴぴ。
うるさく鳴るアラームにたたき起こされて、わたしはふわ、とあくびをする。
「うさくん~~」
もそもそとスリッパをはき、隣の部屋のドアをぎい、と開ける。
今日も死んだように寝ているだろうなー。
と思ったら、案の定も案の定。
死人みたいにあおむけで手も足もぴんと伸ばして寝ている。
顔は紙みたいに白い。
これは朝方まで起きていたな。
目の下にクマがある。
しかも医学書読んでたな。
枕元には分厚いそれ。
あー、もう。白衣のまま寝てる。
シャワーも浴びていないなこれは。
呆れながらゆさゆさうさくんをゆする。起きない。
織り込み済みだ。
「はーやくおきないとぉ~。ちゅーしちゃいますよ~~」
言って、頬に唇を近づけ……そして。
「いっ……!! ~~ナオ!!??」
「起きないとちゅーするって言ったでしょ~? 起きないうさくんが悪い」
「ちゅーじゃなくてかじっただろ! 僕の頬を!! 血が出るかと……って歯形がついてるじゃないかっ!!」
「うさくんが悪い」
「もうちょっとまともに起こしてくれないかな!!?」
「噛んじゃダメなら、抱き着けばいいの?」
「いちいち事案だな!!??」
「ふひひ」
「絶対おちょくってるだろう君は……大人をからかうなとあれほど」
「愛情表現です←」
「だからいちいち事案にしないでくれ」
「おかたーい! さあさあ、シャワー浴びてきて! ごはん作ってくるる」
「はいはい……ありがとう、いつも」
「はいな~♪」
高校生になって最初の夏休みだから、朝はゆっくりしたい。
でも、うさくんの世話をするのは楽しいし、この家に住まわしてもらってるわたしの使命だ。
ふふんふーんなんて鼻歌を歌いながら目玉焼きと鮭を焼く。
お味噌汁はネギ。
うわお。スタンダードだねぇ!The 現代日本人の朝ごはん!
まるで新婚さんみたいだけど、残念ながら従兄妹だ。
お母さんが入院した今、うさくんしか頼れる人はいない。
でも、一緒に住むのがうさくんでよかった。
私は定期的に記憶を失うらしいから、理解ある人でないと一緒にはいられない。
その点うさくんはドクターで、小児科と内科を兼任しているほか、脳の分野の......ん〜なんかあれ。
サミットにも積極的に参加。
理解ありすぎて参っちゃうぐらいだ。
というか、理解しようとしてくれてるんだろうな。
睡眠時間を削って、自由時間を削ってまで。
少し切なくなって、ふつふつと煮立ってきたお味噌汁をみつめた。
アホだなぁ。こんなに迷惑をかけて。
いていいのかなぁ。
こんなにポンコツなわたしがここに。
愛想つかれたくないなぁ。
ひとりぼっちは......もう......。
「やだ......」
ぽろ、と生暖かい水滴がお味噌汁に向かって落ちてゆく。
危ない。
ぱっと手で庇って、なんとかお味噌汁は無事だ。
......と信じたい。
こんなしょっぱいかなしみが入っちゃったスープなんて、うさくんに食べさせられない。
なんか呪われそうだし。
我ながらネクラモードになってしまった。
いかんいかんと首を降って、さっと火を止め蓋をし、ついでにまぶたも拭った。
さぁさぁそろそろうさくんがシャワーから上がるころだ。
元気充電! はい! スマイルペルソナっ!
さっと仮面を被るジェスチャーをして、なんとか笑顔を作った。
そうそう。抽象的な仮面のことをペルソナっていうんだって。
役割を演じる時、人はペルソナという名の仮面を自分につけるのよ。
そうだねぇ、言うならラベルみたいなもの。
わたしの場合、笑顔のふりだね。
元気いっぱいなふりをしてたら、誰もかなしくならない。
かなしいのはわたしだけで充分。
うさくんにもらったたくさんの恩義を返済するためには、まずわたしが元気なふりをして安心させること。
あとは生活の手助けだね。
だってうさくん家事できないもん。
「あ、ナオ、そこのタオル........」
うさくんの声が聞こえる。
声の出処は脱衣所だ。
なんか言ってるけどくぐもって聞こえない。
「な〜に〜?」
ぺたぺたと脱衣所の前まで歩く。
とんとん。
蛇腹式のドアをノックをする。
「うさくーん?」
その時、ずる、という間抜けな音と共にわたしの視界が回転した。
うわ、と言うまもなく衝撃。
なんだなんだ。
バリバリ、ドスッというひどい音と、しびれるような痛みがほぼ同時。
そして目の前には。
......裸のうさくんがいた。
「ーーーー~〜〜〜〜!!!!!」
声にならない悲鳴が耳を震わす。
えっと......わたしじゃなくてね?
うさくんの悲鳴です。
あー、まっしろだねー。ほっそいね!
ほんと綺麗な体してるなぁ、うさくんは!
でもちょっと肌が赤いね。まっかっかだね!
のぼせたのかな?
いえいえ違いますねこれは。羞恥ですね。
と心の中で感想を述べる。つとめて冷静に。
だけど確実に体感温度がすごい。
あついあつい! ひゃーーーー!
裸みちゃったよ、わーーーー!どうしよう!!
ボルデージMAX越えに真っ赤になってるだろう頬を抑えた。
思わず目を伏せ、タオルをぽんと投げた。
「もうタオルはいいから!! リビングに行ってなさい」
「はぁい!!!!」
脱兎のごとく部屋に逃げ帰るわたし。
え、リビング? 知らない知らない!
今は朝ごはんの気分じゃない。
シーツを被ってごろごろするん!
この林檎みたいな顔を冷却せねばなん。
うわぁぁわわぁあああ!!!!
ドアを閉めてベッドにダイブ。
文字通りひとしきり布団の上でごろごろ悶えて、はっと気づいた。
今日はあの日だ。大神稲荷祭じゃないか!
慌ててセーラー服に着替える。
朝食? それどころじゃない。早く行かなきゃ!
なんで早く行かないとなのか、正直説明できない。
でも、予感がした。
なにかに出逢う。なにかに出遭う。
それがいいことか悪いことかわからない。
でも、会わないと行けない......気がする。
なぜかこの胸が激しく高鳴る。
かばんひとつ持って玄関を飛び出す。
もういてもたってもいられないと走り出す。
マンションの階段を駆け下り、街路樹を後目に、いつもなら見過ごさないにゃんこにも脇目も降らず、ただ走る走る、はしる。
もう少しで大通りだと走るペースを落とそうとした瞬間、ごおん、とトラックが目の前から走ってきた。
「あ......」
きん、と耳鳴りがした。
ふにゃふにゃになって腰が砕ける。
膝をつく。あたまがまっしろに、なる。
どん、と衝撃が走り、わたしの体が勢いよく転がった。
「✕✕✕✕!!」
「......ったぁ......」
痺れる体を起こす。足が動かない。
でも、目の前に転がっているその人の方が明らかに重症だ。
腕も足も変な風に曲がっている。
それに、その人の周りが赤くて紅くて朱い。
そうだ。
『 危ねぇな!! 』と言ってわたしを突き飛ばしたんだ。
ひゅ、と喉が鳴って、生暖かいものが頬を滑り落ちた。
やだ......なぁ。やだ。
なんでわたしを庇ったんだろう。なんで......。
片方しか動かない足でその人の元に這いずる。
その顔をみたくて。そっと汚れた手でその髪を触る。
もふもふ、してる。
ああ。脱色された髪がこんなに赤い。
高い鼻筋に触れる。かたい頬に触れる。
その頭を抱いて、叫んだ。
気がついたら、やだ、と言の葉がこぼれ落ちた。
「......やだ。きゅうび、~~やだぁ......っっ!!!
」
めちゃくちゃに叫んで、叫んで、叫んだ。
ぼろぼろとこぼれるのは言葉か涙か。
なんでもいい。
この喉が裂けてもいい。
たすけて。わたしのきゅうびをたすけてよ。
だれか。だれか......誰でもいいから!
こんなバッドエンドは認めない!
ハッピーエンドじゃなくていい。
でもこんな結末は認めない!
まだ、なにも言ってないんだ。
きみが好きだって。
ずっと前から好きだったって。
だから、もう一度コンティニューさせてよ。
台本なんて破り捨てて、新しく書き直すから。
忘れてもいい。覚えてなくていい。
でも、たすけてよ。たすけろよ!
ばかばかばかばかばか、だから神さまなんて嫌いなんだ。
だからこうやって、こうしてしまえばいいんだ。
目の前の唇に口付ける。支離滅裂で無我夢中だ。
モラルもへったくれもない。夢中で吸い付く。
でも、でも。これがおとぎ話なら。
これがハッピーエンドのストーリーなら、「おまえ」は目覚める。
「オレ」は王子さまじゃないし、「おまえ」もお姫さまなんかじゃなくて。
なんなら性別的キャスティング逆だけど。
ああ......でも、ダメだ。ぴくりともしない。
......なら、仮面をかぶれ。騎士の仮面だ。
キスでも起きないならこうするしかない。
痺れる足で「おまえ」を背負う。
足ががくがく言う。走る激痛に涙がこぼれる。
人体のリミッターなんか外せ。
「わたし」はもうか弱い女の子じゃない。
ご主人さまを助ける騎士だ。そういう仮面をかぶれ。
絶対的に演じろ。
「わたし」なら......ううん、「オレ」ならできる。
「17代目金色夜叉のオレ」なら。
大通り、人目につく4差路だ。
ここまで来れば、ときゅうびを降ろす。
まもなく、サイレンに似たなにかが聞こえてきた。
意識が薄れていく。
(( ナオ。きつねになってはいけないよ。おまえは人の子だから ))
(( 嫌ってもいい。憎んでもいい。どれだけ醜い感情を吐き出してくれてもいい。ただ、私はおまえの隣にいる。その歌で、言の葉の雨で救われる人がいる。きっといる ))
(( だから今は、この仮面をあげる。きっと未来は果てしない。だから嘘でもいい。この笑顔がほんものになるまで ))
(( 笑顔と言う仮面をおまえにあげる。約束だ、ナオ。生きて、私の傍にいてくれ ))




