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17/25

第12もふ。「4月は、王子を泣かせたい」




あの出遭いから二週間がたった。


俺にずっと逢いたかったとかほざきやがったあいつは、今日も今日とて女子に囲まれキャッキャウフフしている。



愛理あいり前髪切った? すごく似合ってるよ。愛らしいおめめが際立つね」

「きゃあ❤ 王子ったら褒め上手ぅ! 愛理メロメロになっちゃ~う」


「もー愛理ばっかりずる~い。王子王子っあたしも褒めて~!」

奈美なみも今日珍しく遅刻しなかったよね? えらいえらい」


「え~だって王子が遅刻ダメって言うから~。もっと褒めて~❤」

「仕方ない子猫さんだなあ」


「やだ~♥ あたしそんな風に呼ばれたのはじめてなんだけど~!!❤❤」



チッ。


俺は舌打ちをして教室に入った。


あの時あんなにド直球で口説いてきたかと思えば、それからなんの接触もして来ずただひたすら女子とイチャイチャ。なんなんだあいつは。ナメてんのか。


イライラしながら椅子に座り、適当に鞄を置く。


涼し気な切れ長の瞳。さらさらの黒いショートヘア。すっと通った鼻筋。薄いが形のいい唇。陶器のようになめらかな白肌。小さい頭に長い手足。


いかにも女子受けする容姿だ。加えて砂糖ばかり吐く、腐れ少女マンガみてえなあのキャラ。

どこぞの王子かと思っていたら、初日からそのままのあだ名がつきやがった。


だがそれより、問題は服装だ。まっさらな白いシャツに、ネクタイ。そこまではいい。

すらりと伸びた足を控えめに包む群青色のミニスカート……つまるところアレだ。


あいつはアレらしい。つまりは女らしい。紛らわしいことこの上ねえ。一人称僕であの容姿じゃスカートでも履かねえ限りわかんねえわ。


まあそんなことはどうでもいいがあの男女、あれだけ意味深なセリフを吐いておいて放置とはどういうことだ。ざけてんじゃねえぞ。


ガンを飛ばしていると、ふい、と輝がこちらを向いた。

ん? という感じにこちらを見返す。そして、ぱっと微笑んだ。


「……ッ」


思わず視線を逸らす。なんだ。なんだあの表情は。女子に向ける笑顔とはまるで違う。なんだあの心底嬉しそうなアレは。わざとなのか。

自分が軽く動揺していることに気づき、また唇を噛んだ。


目線を戻すと、輝はまた女子達とベタベタしていた。気に食わねえ。当てつけかクソ野郎が。

すでに被害妄想的になりはじめているうえ、ペースを乱されている自分にいら立って、席を立った。


ガタン、と乱雑にイスを引くと、すい、と輝の視線を感じた。かまわずずんずん歩き、教室のドアを引く。



「如月」


その凛としたアルトにぴくり、と反応してしまった自分にクソが腹立つ。二週間ぶりに呼ばれた名を無視して、そのまま教室を後にした。


行くのは屋上だ。そういえば、あの日も屋上に行こうとしたんだったか。


あの日あの時、この世のすべてに嫌気がさして、逃避するように階段を上がった。

その時、空から落ちてきた。お前と言う奇跡が。


「アホか」


いよいよポエムじみた独白になってきて、悪態と共に吐き捨てた。

興がそがれた。戻るか。


Uターンして、階段を降りようとしたその時だった。



「わっ」


どん、と軽い衝撃と共に、柔らかい感触がひじにあたった。


「ごめん。まさかいきなり振り返るなんて」


想像もしていなかったといいたいんだろう。だが、まさかは俺のセリフだ。


「どうしてここにいる。つけてきやがったのか」

「それもごめん。なにか気分を害したようだったから」


一目で嘘だとわかる。輝はもじもじとしている。なにか言いたいことがあるのだ。


「意外とやわらけえな」

「い……っっ。意外とってなんだよ、心外だなあ」


胸に腕があたった程度のくせして、珍しくうろたえてやがるから魔が差した。手首をぐっとつかむ。


「ほせえな……」

「当たり前だろ……」


輝はいまだにそわそわしている。その頬は赤く、こころなしか耳まで染まっているようにみえる。その姿を瞳にうつし、ざわ、と俺のなかの狼が騒いだ。


もっと慌てさせてやりたい。もっと困らせてやりたい。

顎をつかみ、片手を後頭部に添える。


「きらさ、ぎ?」


かぼそい声が脳漿を焼く。


「ちょ、っぁ」



おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!


ふいに鼓膜を破らんばかりの遠吠えが反響し、ふっと我に返った。

両手をどけると、輝は泣きそうな顔でうずくまった。


「~~いきなりなにするんだきみはっ……」

「悪い……じゃねえ、お前がわりぃ」


キスしようとはしたが未遂だし、俺はなんにも悪くねえ……はずだ。


「責任転嫁はなはだしいやつだな! 発情期なのかきみは……手当たり次第なのか」

「そんなこともねえ。そういう遊びは飽きた」


「最低のクズ野郎だな!!」

「お前こそ言いたい放題じゃねえか」


「誰のせいだとっっ」


ぷんすかしながらも、輝は俺から再び目をそらし、下を向いてしまった。

そのほそっこい首筋とまっさらなうなじをみていたら、いっそうザワザワ血が騒いできたので、そっと目線を外した。


「わけわかんねえやつだな……これくらいのことで泣いてんじゃねえよ」

「泣いてない……し僕は泣けない。泣いたことがない」


「嘘つけ。そんなやついるかよ」

「悪いけど真剣マジだ。僕は赤子を卒業してから一度も泣いてない」


「あっそ……」


なんかわけわかんねえ嘘を主張しはじめた、と適当に流すと、輝はむすっとした。


「さては信じてないだろ」

「信じるわけねえだろうが。それよりお前、キャラ違くねえか」


「ん?」

「女子といる時の爽やか王子キャラはどこ行った。小鹿かよ」


「なんのことかわからないな」

「嘘つけ。ぷるぷる震えたり真っ赤になって立てなくなったり。生まれたての子鹿かよ」


「ほっとけ。きみこそガラになく饒舌じゃないか。普段は一言もしゃべらないくせして」

「何観察してんだ。そんな人みてるヒマあったら話しかけろや」


「かまってほしかったの? よちよち」

「ざけてんじゃねえ。ぶち犯すぞ」


「先生! 痴漢です!!」

「は? むしろあの時強姦魔呼ばわりしやがったツケ、耳そろえて払ってもらおうか」


「退学まったなしだね。いや少年院かな」

「レイプごときでぶち込まれてたまるか」


「救いようのないクズだなあ」

「冗談に決まってんだろ。しねえわ」


「そこは理性的なんだね。見ため野獣なのに」

「野獣は余計だ」



などとひたすら戯言バトルをしていると、チャイムが鳴った。

無言でため息をつくと、輝はきらきらした悪戯っぽいまなざしでみつめてきた。


「そうだ、サボっちゃおうか」

「おい学級王子。優等生じゃなかったのかお前」


「校則は破るためにある!!」

「キャラ崩壊止まんねえな。大丈夫か」


「なにを言うんだか。これが僕の素だよ」

「あっそ……」


「ほらもう飽きてきてる。本当にダメな人だなあ」

「それ」


「ん?」

「そのフレーズだ」


首を傾げる輝に追及していいか迷った。なんとなく、手にしているのがパンドラの箱の気分だったからだ。


「いや……お前、ガキのころ俺と会ってるんじゃないか」

「ああ……」


輝は目線を宙に彷徨わせ、迷うようなそぶりをした。


「そうだね。会ってるよ」

「そうか……」


なんとなく気まずくなって、俺も再び目線を外した。

だが、結局は沈黙を破る様に口を開く。


「当時の俺はどんなやつだった?」

「僕から見て? そうだなあ」



思い出す。とてもきれいなツラをしたガキが、小さな俺の頭を抱いているシーン。

思い出す。一人ぼっちでうずくまっていた俺に傘を差し出したそいつのことを。



……は?


ちり、と頭の端が焼けつく。


傘を差したのは。



「誰だ……?」


「え?」


思わず口に出していたことに気づき、閉口した。


「……いや」

「僕は僕だよ、如月」


きみがきみであるように、と輝はかすれた声で言った。


「輝」


どうしたか問おうとすると、輝はさっと立ち上がって、俺に手を差し伸べた。


「さて、行こうか」

「は? どこへだ」


「どこへでも。きみの望むほうへ」

「なんだそれは」


呆れたように返すと、輝は挑戦的に微笑んで見せた。


「どこへだって連れていく。きみの世界をみつけにいこう」

「芝居がかってんな。演劇部にでもはいったらどうだ」


「残念。もう入ってる」



がし、とその手をつかんだ。すべらかでしっとりしていて、それなのにさらっとしている掌だ。

ぐい、と引くように握りしめると、うわ、という小さな悲鳴と共に輝が倒れ込んでくる。


鼻と鼻がつく。慌てて地面に手をついたからか、輝のほうが俺を押し倒しているような構図になった。


間近でみるやつの瞳は、紫色の炎を抱いたようにほんのりと輝いている。

近いな、と思うがあっちは呆然としていたまま固まっている。

ふわりとどこからか金木犀の香りがして、瞬きをした。



「輝」


びくん、と輝の瞳が揺れる。いや、揺れたのは全身だ。

頬に触れるといっそう体はこわばり、羞恥によるものか瞳がうるみはじめた。


触れていておいてなんだが、どういう気もない。ただ、触れたいと思った、それだけだ。

ただ、その掌があまりにも柔らかだったから。まるきり女だと自覚したから。……それ以上のなんでもない。


俺は手を頬からどけ、冷静な声で語り掛けた。


「そろそろ授業に戻るか。ホームルームはもう終わってんだろ」

「……うん」


輝は残念そうに眉を落とすと、もそもそと俺の躰からどいた。



「如月」


おずおずと俺の名を呼ぶ。呼ばれて初めて実感する。懐かしい響きだと。


「“鍵”は僕が持っている。でも“本”を持っているのはあの子で、“扉”の位置はおそらく彼が知っている。問題は“筆”と“翼”だ。君はどちらかを持っているはず。繰り返したくないなら思い出して」


「なにを言って」


「忘却旋律<ロストメロディ>」


輝は神妙な顔つきで言い切った。


「そのうちわかるよ。嫌というほどね」


皮肉気な微笑みを浮かべた輝は、さっと襟元をただすとすたすたと階段を降り始めた。


「おい」

「じゃあね」


ひらひらと手を振り、輝はそのまま去っていった。


りんりん、と鈴が鳴りだす。それを追いかけるように狼が吠える。


ロストメロディ。鍵。本。扉。筆。翼。


また意味深なセリフ残しやがって、と思うが、ひとつだけひっかかっていることがある。

鍵で扉を開け、本に筆で綴るなら、翼だけ仲間外れだ。


……翼。でもそれはどちらかというと。


泣けないと切なげに語るあいつにこそ、ふさわしい気がした。















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