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第11もふ。「10月は、もふもふがやさぐれる」

 その後の話を語ろう。結論から言うと、ナオは俺を思い出さなかった。いや、そもそもその機会がなかった。

 あのキスの後、やつは転校した。おそらく、させられたのだ。あの保護者気取りのクソロリコンドクターによって。




 無理やりキスしたのは悪いと思っている。だが、綺麗さっぱり忘れ去られたうえ、拒否るようにトンズラされた俺の心情をどうか察してくれ。

 イライラとむかつきは日に日に膨れ上がり、まあちょっとヤンチャなことをしたせいで俺も転校することになった。退学にならなかっただけまだマシだろう。

 俺はほぼほぼ無傷だったが、相手はことごとく病院へGO事態だったのだから、まあ仕方ねえ。



 まあ……そうだな。とにかく荒れていた。当時は。そう、過去形だ。ひとしきり暴れてド田舎の学校に飛ばされてからは、色々と悟るに至った。

 俺とあのクソチビの縁など、しょせんその程度だったのだと。運命を感じていたことすらアホらしくなった。まるで安いドラマの三文芝居だ。



 アイラブユーだの月が綺麗だの言うが、要するにヤるための口実でしかない。悟りとは相反するが、まあその種の遊びもした。

 したが、感想としてはこんなもんかという感じだった。快楽はあるがストレスは一向に解消されない。スカっとするのは一瞬だけだ。後はかえってイライラがつのるばかりで、3回繰り返すころには飽きた。



 付き合ううんぬん以前に人と関わる事すら面倒くせえと思ったから、後腐れのない女と遊んだのに、行為が終わるころには俺を好きになったととろけそうな目で言いやがる。

 お前が感じてるのはただの錯覚だ、体を繋げば心まで繋がれた気にもなっているのかとドス黒い感情が支配したが、まあ女というものはそんな生き物らしい、とそうそうに諦めた。



 自分がクズだという自覚はあったが、どこか投げやりになっていたのだろう。一年が過ぎ、二年が過ぎ、高校に進学するころにはすっかり落ち着いた。

 これからは平平凡凡に慎ましく……とは言わねえが、まあ退屈さえしなければ十分だと思ったし、あいつのことは時々思い出す程度にとどまった。



 記憶が風化していくほどに、あの声が、瞳が、かえっていっそう輝きだすのはなぜかと思ったが、早々に思考は放棄した。すべては過去のことだ。過去は美化される。それ以上でも以下でもない。



 そして、高校一年の夏、俺は再会する。――誰に? そうだな、しいて言うなら、俺の「ナイチンゲール」に。





如月きさらぎ九狼くろう、久方ぶり。僕のこと覚えてるかな?」


 高校の入学式の朝、早めに登校して木の上でさぼっていた俺に、そう話しかけてきた者がいた。

 どこか聞き覚えのある声。俺は下をのぞいた。


「あ、いや答えは言わなくていい。どうせ忘れてるってわかってるからね」



 忘れている。そのワードにやつの……ナオの顔がちらついた。急速に心音が加速する。体温が二度上がる。 ナオではないことは知っていた。だが、俺は飛び降りた。飛び降りざるを得なかった。ナオ。会いたい、一目みたい。そこで気づいた。ようやく気づいた。今も、求めている。忘れられるわけねえ。

 あのひとなつこいくりくりとした瞳。嬉しそうに飛び跳ねる、あのさらりとした二つ結び。鈴を鳴らしたようなソプラノ。


 飛び降りた俺は、その両眼でやつをみつめる。しっかりと目を見開き、確かめる。視界に光がさして、手で覆い目を細めた。



「元気してたかな? 僕は元気だよ。顔がみれて嬉しいな。すごく嬉しい。ずっと君の声を聴きたかったんだ」


 そう喜色満面のまっさらな笑顔で、やつは言った。輝かんばかりのそれと、弾むような声。俺は言葉をなくした。ナオではなかったから、ではない。そんなことは最初から知っていた。

 視線は胸から足、そして足から胸。


 すげえスタイルいいやつだな……ではなく。問題はそこじゃねえ。

 すらりとした長い脚……を包む控えめな布地がひらりと踊る。


「青いスカート」をひらめかせ、そいつはとろけるように微笑った。



「あらためまして。これからよろしく、如月」


 文月ふみづきかがや。あるいは、結城ゆうきかがや

 今後、何度も呼び、刻み付けるであろうその名。


 俺は知らない。この美しい救世主との出逢いが、俺をどう変えるかを。

 俺は知らない。「鳴けない鳥」の……「小夜さよき鳥」の抱く、とある感情を。


 ふいに、狼が鳴いた。おおおおおおおおおおおおおおおおん。おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん。 



 警告にも似たその遠吠えは、俺の心を揺さぶり、涙腺を刺激した。

 なんで。なぜ、どうして。穢れた水滴が頬を伝って、はじめて気づく。


 覚えていなくとも。忘れていようとも。あの声が脳漿を揺さぶる。



(( きさらぎ。きみはほんとうにだめなやつだなあ ))



 記憶の片隅、公園の片隅で、笑う小さな少年……いや、少年のかたちをしたそいつはもう一度微笑むと、俺の頭を抱いた。



(( しかたないから、きらわないでいてあげる ))



 とろけるような笑顔が重なり、輝はくすりと笑った。


「そんなぽけっとした顔して。君は相変わらずダメな人だなあ」


そして、相変わらず呆けている俺に歩み寄り、その手を取った。


「仕方ないから、嫌わないであげるか」


 



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