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第7もふ。「9月は、“完璧な魔法使い"と抱擁(ハグ)」

 

 もそもそとパジャマを脱ぐ。


 猫柄のタオル地のそれは柔らかくて、思わずほっと息をついた。


 あの人、誰だったのかな~とつらつら考えながら、水色のスポーツブラを外し、同じ色のパンツをするりと脱ぐ。


 目つき悪くて背が高くて、ちょっと髪にモフみがあって。大きな狼みたいな感じの男子。


 わたしのことをナオと呼ぶ、知らない誰か。


 誰かと問えば、寝ぼけてるのかと叱られた。


 なんか馴れ馴れしいけど、昔の友達なのかなあと思って、名前は? ともう一度聞けば、にらみつけられた。


 それでもまったく思い出せなかったし、だんだん頭痛もしてきた。


 だから「なんかよくわからないけど、ごめん。眠いからもっかい寝る」と言って、肌掛けをかぶって拒否した。


 たぶん人違いじゃないかと思う。


 でも、しいていうなら。




「モフみ……」


 あの髪をみていたら、もふもふと戯れたくなってたまらなくなった。


 なでなでしたい。もふもふしたい!

 ぎゅー❤ ってしてすりすりしたい!!


 ちりっと頭に火花が散る。


 うわ、と声をもらしてぎゅっと目をつむって耐え忍んで……。


目を覚ましたらまた二度寝していた。


 すっかり汗をかいて気持ち悪かったから、看護婦さんにひとこと言ってシャワーを使わせてもらうことにしたのが、さっきまでのこと。



 

 備えつけのせっけんを泡立て、首筋から胸へとすべらせる。


 小さなふくらみを往復して、おなかへ泡を伸ばす。


 ちょっとふっくらしている。


 太っているっていうほどじゃないけど触るとふにふにしている。


 軽くつまむとみにょんとした弾力とともにほんの少し伸びた。


 あっ、軽くじゃない。だいぶつまめる。

 ぷにみやばい!


 このお腹のぷにぷにをどことは言わないけど別の場所にほしいなー。


 と胸をなでなでして、ため息をついた。



 体を洗って、髪も洗って、ミルク状の洗い流さないトリートメントをなじませて、ドライヤーをかけて。


 バスタオルで体をふくと、なんといつの間にか新しいパジャマが置いてあった。


「ん~~?」とはてなマークを飛ばしながら、そっと袖を通してみる。


 サイズはぴったりだったから、もう一回驚いた。パパかママが持ってきてくれたやつを看護婦さんが置いてくれたのかな?


 そんな感じのことをつらつら考えながらぺたぺたとスリッパを鳴らし、売店へと向かう。


 それにしても、なぜか道がわかるのがすごく不思議。




 売店まであと少しというところで、ふとバルコニーの扉を開け、花壇の中央にある桃の木を見上げた。


 薄紅色の花弁が咲く、その大樹。

 桜じゃない、桃だって、最初からわかっていた。

 

 すうっと目を閉じ、浅く、深く呼吸する。


 吸って~~、吐いて。すって~~、はいて。


 自分を「調律」する。

 唇にのせて、五線譜を奏でる。


 かごめかごめ、はないちもんめ。欲しい子だあれの、かごめかごめ。


 ふと悲しくなって、駆け足に旋律を改変して、やや無理やりにフィナーレへと締めくくった。


 そっと目を開けると、きらきらとなにかがふっていた。まるで……「雪」みたいな。


 手のひらに載ったそれは溶けることなく、淡い花びらを残した。




「ナオ」



 声に振り向く。


 薄紅色の花びらが舞い散る花吹雪の向こう、やや背の低い、痩せた男性が立っていた。


 年齢はたぶん20代……後半ぐらい? 


 爽やかな顔立ちに優しい目。

 黒い、どこかふわふわしてそうなストレートヘア。


 おまけに白衣を着ている。

 そんな人がこちらに近づいてくる。


 あと一歩のところで男性は立ち止まった。


 そして、ほっとしたような顔をみせ、一瞬でそれをしまってきりっとしたポーカーフェイスになった。




「ずいぶん探した。シャワーが終わったら僕が来るといったろう。それも忘れてしまったのか?」


 やや硬い口調だったけど、どこかぬくみのある、あたたかいものをまとったそれだった。


「優しさ」と名付けてもいいその感触にくすぐられ、ふんわりと心がとけて、ほどけた。


 思わずその細い体に、ぎゅっ。と抱き着く。


「うさくん」


 口にして、納得がいった。

 この人はわたしの味方だ。


 名前はうさくん。

「雪うさぎ」だから、うさくん。



「その名前で呼ぶのはダメだといったよね? 仕方ない子だな」


 言いながら、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。


 あたたかい広い胸に包み込まれて……頭がふわふわしてくる。


「じゃあ、うさくん先生」


「もっと悪くなった」


 嫌そうな言葉尻だけど、口調は柔らかくて。


 あ~~もう。もふもふのぬくぬくだ。


「え~~」


 口をとがらせて不満を訴えるフリをすると「はい、おしまい」と、ぱっと離された。




「病院内で抱き着かないこと。ヘタしたら事案だ」


「しあん?」

「それは青色だね」


「じいん?」

「出家でもするつもりなのかな」


「わかった……じゃーんだ!!」


 腕を広げて、サプライズをして驚かせる体でキメた。


「相変わらず斜め上を爆走中だね」


 呆れたように低い声で目を細めたけど、その目じりは笑っていた。


「わたし、なう・おん・せーるだね」


「英語力は相変わらずか……いくらで買えるのかな」



「ひゃくまんえん」


「ポケットマネーで買える額だけど……どうしようかな」



「臓器売らないでね?」


「別の意味で事案だね。ブラックジャックも真っ青だ」



「ほわいと・うさうさじゃなくて?」


「一気に魔法が使えそうなアニメになったな……」



「よし! わたしはぶるー・にゃおにゃおに立候補しておくね!」


「清き一票を、そっと無効票として処理しておこうか」


「もーー、しょっけんらんようダメゼッタイだよ~~!!」


「はいはい。診察室へ行くよ」


「な……っっ。お医者さんごっこ……!?」


「どうしても事案にしたいみたいだね……。そろそろお口チャックしようか?」



「げんろんのじゆうを奪うとは! ゆるすまじウサットラー!」


「兎なのか虎なのかよくわからない独裁者を生み出したね」



「えろえろえっさいむ! ソーセージの国をおさめし呪われた男よ……悪霊たいさぁん!!」



「どこのエクソシストなんだ……やたらアホくさいぞ」


「のんのん。あいあむ・えくそしすたー」


今日こんにちのシスターも株を上げたね」


 


 そんな軽口をたたきながら、バルコニーを出て階段を上がり、診察室へと通される。


「おじゃましまぁす」

「そこに座って」


「はぁい」


 おとなしくパイプ椅子に座った。


 うさくんはまたきりっと顔を引き締めて、カルテと薄いなにかを取り出した。


 薄い紙、ううん、写真だ。

 それをボードに貼って、こちらを向く。



「結論から言うと……」


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