依頼 洞窟に潜む魔物を討伐せよ! 戦姫達の場合
この物語も短編です。先に投稿した勇者編と同じ洞窟を舞台にしていますが、繋がりはありません。
文字数も一万字以内です。気楽に楽しんでください。
わたしの名前はシュランツェ。人々からは戦姫とも呼ばれているわ。
今はある依頼を受けて洞窟を歩いているの。
でも何も起こらずに、ずうっと歩いているだけ。
もう我慢の限界!
わたしは振り向き、後ろを歩く全身鎧を着込んだ騎士を睨みつけた。
「はあ〜。ねえいつまで歩くのよ? ここで場所合ってるんでしょうね?」
わたしの問い掛けに答えたのは、お城からずっと一緒に旅をしている護衛騎士のルベルト。
「姫様。依頼の場所はここで間違いありません。もう少し歩いていれば現れるはずです」
ルベルトは今年で三十歳。
鋭い目つきの灰色の瞳を持ち、銀髪を短く刈り込んで同色の髭を口のまわりに蓄えている。
どんなに暑かろうが寒かろうが、その重厚な兜と鎧を脱いだ所を見た事がないわ。
今も、彼が歩くたびに鎧がガッシャガッシャと鳴って洞窟に響き渡っていた。
大きな音を立ててるんだから、魔物もこっちにやってきてくれないかしら?
そしたら、すぐに倒してこんな所からおさらばしてやるのに!
わたしは、籠手をはめた両拳をガツンとぶつける。
「姫様。そんな大きな音を出したら今回のターゲットに逃げられてしまいますよ」
「わかってる。気をつけるわよ」
「それならいいのです」
何よ、その冷静な態度。わたしはこんなにイライラしてるのに。ムカつく〜!
けど、わたしは、もう十六の大人。子供じゃないんだから文句なんて言わないわ。
言わないんだから。
わたしには、ルベルトの他にもう一人の仲間がいるの。
今は先行して奥を偵察してもらっているわ。
それにしても、この中はジメジメしていてほんと不快。
わたしのツインテールに結った蜂蜜色の髪や、着ているドレスがべタべタよ。
でも、ここが他の洞窟と違うのは壁に等間隔に置かれた青白い炎ね。
それが灯りになっているおかげで、わたし達は松明を持たずに進んでいける。
両手が自由に使えるって良いことよね。
わたし達が、何でこんな所にいるのかと言うと、ここの近くの村からある依頼があったから。
ある夜。魔物の襲撃を受けて、そいつの撃退に成功したんだけど、かなり大きな被害が出たそうなの。
それで、洞窟に逃げ込んだ魔物の討伐依頼をわたし達が引き受けたという訳。
因みにそれの正体はよく分かってないわ。
村人達が言うには……。
「とにかくでかいんだ」
「遠くからでも腐った匂いが漂ってきたんだ」
「とてもおぞましい姿をしていたの」
これだけじゃ相手の正体なんて分からないわ。
まあ、少なくとも村を襲うなんて奴は悪い魔物に決まってる。
わたしの旅の目的にはぴったりの相手じゃない。
「む? 姫様」
しばらく歩くと、ルベルトがわたしを呼び止めた。
わたしは、その声に何かを警戒しているような響きを感じて身構える。
二人して耳を済ましていると、曲がり角から微かな足音が聞こえてくる。
それが段々と大きくなって、こっちに近づいてくるみたい。
ルベルトが無言で、わたしの盾となるために前に出る。
彼は左手の大盾を身体の前に持ち、右手には愛用の長剣を下段に構える。
わたしも、お母様から受け継いだ宝玉がついた籠手と膝まで守る足鎧の具合を確かめる。
曲がり角から現れたのは、白のシャツに、黒のベストを着て同色の半ズボンを履いた少年だった。
あれ? もしかして……。
ルベルトも正体に気づいて構えを解いた。
「お待たせしました……って、二人共、何で戦闘体勢なんですか? 僕ですよ」
「分かってるわ。全く紛らわしいのよ」
わたしの言葉にルベルトも重々しく頷く。
「失礼した。だが君は気配が無さすぎる」
そう言いながら、腰の鞘に剣をしまう。
「すいません」
そう言って彼は、ぺこりと頭を下げた。
すると、女のわたしでも羨ましいほどの、ふわふわのウェーブがかかった銀髪が揺れる。
曲がり角から現れたのは、わたし達の仲間で、とても美しい天使のような少年だ。
磨かれた宝石のような緑の瞳を持ち、まるで人形のように白く滑らかな肌。
きっと女性物の服を着せたら、誰も彼が男なんて気づかないと思うわ。
けれど彼が背負っている物が、見る者に不気味な印象を与えていた。
それは当人の身の丈もある、とても重そうな両手剣。
柄頭から幅広の剣身の切っ先まで、光も吸い込むほどの漆黒で統一されていた。
初めて会った時に彼は笑顔でわたし達にこう言ったわ。
「僕、この剣に呪われてるんです」ってね。
彼の名は呪詛剣使いユリクフ。
天使の姿を持つ悪魔のような少年よ。
ユリクフに偵察させたのはちゃんと理由があるのよ。
彼、全く気配がないの。
役に立つ反面。さっきみたいに、わたし達も気づかない事があるのが玉に瑕ね。
「それで、魔物はいた?」
「いえ。シュランツェさま。この奥は広い空間になっていて、そこには様々なゴミが置かれてました」
「ゴミ?」
「はい。ガラスの器に長い棒。それと大きい鍋みたいな物です。後、部屋の中央に巨大な生ゴミがありました」
何よ。ここはゴミ捨て場なの?
「その生ゴミ? について、もう少し詳しく教えてくれない」
ユリクフは少し考えてから、人差し指を立てて答えた。
「えっと、色は青黒くて、なんかブヨブヨしていて……後、腐ったような匂いを発していました」
う〜ん。それが魔物なのかしら? でも村人の証言は、腐った匂いしか合ってないわね。
ルベルトが通路の先を警戒しながら、わたしに尋ねてきた。
「姫様。如何いたしますか?」
「そうね。話を聞いただけじゃ何とも言えないわ。取り敢えず、その奥の部屋を見てみましょう」
「かしこまりました」
ルベルトは頷くと、先立って曲がり角に向かって歩き出す。
「行くわよ。ユリクフ」
「僕も行くんですか?」
「当たり前でしょ。早く来なさい」
わたしは、嫌そうな顔をするユリクフの手を引っ張りながら、ルベルトと共に奥の部屋に向かった。
ユリクフが言っていた場所にはすぐついたわ。
そこは円形の部屋で、入り口は一つだけ。
中に何を入れるのか分からない大小様々なガラス瓶。
更には大きな鍋に、ものをかき混ぜる為の棒みたいな物もあるわ。
それだけでも変てこりんなのに、中央にある物が更にこの部屋を特異なものにしていた。
「くさい……」
わたしは思わず手で鼻を覆う。けれども肉が腐ったような臭いは完全には遮れなかった。
「姫様。そのような言葉は控えるべきです」
「分かってるわよ!」
ルベルトもこの臭いを嗅いでるはずなのに、鼻を抑えようともせずに、油断なく辺りを見回していた。
「いや〜、改めてすごい臭いですね。これは」
普通じゃない人がもう一人いたわ。
ユリクフはニコニコしながら鼻をクンクンさせている。
「やっぱり臭いの原因はアレですね」
彼が指差したのは中央にある青黒い塊だった。
「何なのアレ?」
わたしの疑問に答える者は誰もいなかった。
青黒く肉みたいなブヨブヨとした外見。その塊が部屋の中央に放置されていた。
あんなの絶対に触りたくないわね。
ユリクフが手を挙げて提案する。
「シュランツェ様。取り敢えず僕が近づいて見てみましょうか?」
それを許可するかどうか、わたしは考える。
今まで正体不明な物に近づいて、いい事なんて一つもなかった。
けど、正体が分からないとどうしようもない。
うん。結論は出たわ。
「そうね。取り敢えず近づいてみましょう……任せるわよルベルト」
そう言って、わたしは大盾を持った彼の方に目をやる。
「お任せあれ」
ルベルトは短く答えると、自分とわたし達に防御と状態以上無効の耐性魔法を掛けて、腰の鞘から剣を抜いた。
「わたし達はここで待機よ。何かあったらすぐ動けるように!」
「はーい。気をつけてくださいねルベルト様」
ユリクフは構えもせずに微笑みながらその場で様子を見守る。
わたしはいつでも動けるように両手両足に力を込めた。
ルベルトは兜の面頬を下げると、油断せず慎重に近づいて行く。
そして、手の触れられる距離まで来たところで一旦止まった。
わたしは彼に声をかける。
「その距離から見て何かわかりそう?」
「……いえ姫様。ここから見ても何とも……ただ臭いだけはキツくなっています」
ルベルトは剣の切っ先で肉の塊を軽く突いた。
するとその穴から緑の液体が流れ、同じ色の煙が噴出す。
「「「!」」」
離れていたわたしでも吐き気を催すほどの強烈な臭いが辺りに漂う。
推測だけど、この臭いからして毒を持っていそう。事前に魔法をかけてもらってよかったわ。
至近距離にいたルベルトは、顔色ひとつ変えずに数歩後退する。
「姫様。こいつが件の魔物かと……!」
彼がそう言った直後、その言葉に答えるように肉の塊が動き出した。
わたし達の目の前で青黒い肉の塊が姿を変えて行く。
まず肉の一部が左右に伸びて腕になり、その先端には四つの指が出来た。
次に胴体から二本の足が生えて立ち上がる。
肉の塊はわたし達が見上げるほどの大きさの巨人となった。
上を向きすぎて、わたしの首が痛くなりそう。
でも、それだけで終わりではなかったの。
巨人の顔に当たる部分が裂けて、大きな一つ目と口が現れる。
「「「…………」」」
わたし達は、あまりにもおぞましい光景に声も出なかった。
そのまつげが生えた目も、肉感的な唇を持つ口も、どう見ても人間のそれにしか見えなかったから。
巨人の目がキョロリと動いて、わたし達を見つめる。
やがて視線がわたしの身体を舐め回すように見つめて来た。
大きな一つ目がわたしの事を、極上の獲物を見つけたみたいにニヤリと笑っていた。
「……さま。シュランツェさま」
「はっ!」
ユリクフの一言で、わたしは我に帰る。
「な、何?」
どうやら、目があってからしばらく、ずっとそのままだったみたい。
「いつまで見つめあってるんですか? 戦うんですか? それとも逃げるんですか?」
ルベルトも、動かない巨人に注意を払いつつ、わたしの指示を待っているようだ。
パーティのリーダーであるわたしが、しっかりしないでどうする!
わたしは気合いを入れるために、両手で自分の頰を叩いた。
「戦うわよ。村の平和の為に目の前の魔物を討伐します!」
わたしは右手を腰に当て左手で魔物を指差した。
「承知」
「はーい」
二人の返事を聞いてわたしも動き出す。
「いつも通りに行くわよ。わたしとルベルトが前。あんたは後ろに下がってなさい」
ルベルトは補助魔法をかけながらパーティの盾となり、ユリクフは後方から攻撃。
勿論わたしは接近しての攻撃役。
これがいつもの陣形よ。
わたし達が攻撃の意思があると読み取ったのか、巨人も動き出す
異様に赤い唇が開き中から歯と舌が覗いて吠えた。
「ンオオオオオオオオ!」
なんと巨人の口から出たのは女性の声だった。
ホント気持ち悪い。こいつ一体なんなのよ!
「んー……分かった。シュランツェさま分かりましたよ」
「何がよ!」
わたしは怒鳴りながら、後ろにいたユリクフの方に振り向く。
「こいつの正体はミートゴーレムです」
「ミートゴーレム?」
「魔法使いが自らの護衛として作る魔物で、その作り方はですね……」
「姫様!」
ユリクフの解説に聞き入っていたわたしの前に、ルベルトが大盾を構えて割り込む。
その盾に巨人の右拳が叩き込まれた。
肉の塊とは思えない重い音が響き、衝撃でルベルトの身体が少し後ろに下がる。
こいつ見た目通りかなりのパワーね。
でもこっちだって負けないわ。
「……むう」
巨人の拳を、ルベルトは左手で持つ大盾で完全に防いでいた。
「むうん!」
そのまま力任せに押し返す。
バランスを崩したミートゴーレムは、よろけて後ろに下がる。
ルベルトは、ほんの一瞬だけ王家の紋章が描かれた盾の表面を見つめていた。
「…………」
視線の先には、汚らしい汁が糸を引いてべったり付いていたの。
彼、何も言わないけど、あれは絶対怒ってるわ。
ルベルトが魔物の攻撃を防ぎながらわたしに声をかける。
「姫様。早く終わらせましょう」
「ええ。じゃあ、相手を引きつけておいて! それから、あんたも動きなさいよ」
わたしはユリクフの「分かってまーす」という声を聞きながら走り出した。
ミートゴーレムの目がわたしの方を見たけど、突然大きな音が鳴って、そちらに首を向ける。
それはルベルトが鳴らした音だった。
「こっちだ化け物」
彼は右手に持った剣で大盾を叩き、ミートゴーレムの意識を自分に向けさせる。
「いただき!」
わたしは隙だらけになったミートゴーレムの懐に潜り込み、勢いを殺す事なく左の拳で殴りつけた。
そこの肉がえぐれ、緑色の汚い液体と煙が勢いよく吹き出す。
それを見ておもわずこう叫んじゃったわよ。
「うわっ 汚っ!」
文字通り汚い言葉を使ったので、ルベルトがこっちを睨むのが分かったけど、しょうがないじゃない。
わたしは籠手に付いた、得体の知れないネトネトを慌てて振り落とした。
「……あいつ。殴っても効果ないみたい」
肉をごっそり抉ったのに、巨人にダメージは一切入ってないみたいし、こちらにも気づいてもいないみたい。
さっきからルベルトの方ばかりずっと攻撃してるわ。
でもそれでいい。彼のお陰でわたし達は攻撃に専念できるのだから。
「シュランツェさま。次は僕が攻撃してみますね」
「任せたわ」
わたしは巻き添えを食わないようにミートゴーレムから離れた。
「よし出番ですよ」
彼がそう言って、背中の両手剣の方に目をやると、剣がひとりでに動き出す。
「じゃあ、あの魔物をバッラバラにしちゃってください」
ユリクフが微笑みながら、そう言って真っ直ぐ人差し指で巨人に狙いをつけた。
すると、両手剣は矢のように飛んで、ミートゴーレムの腹に深々と突き刺さる。
巨人から吹き出す液体が地面を緑に染めていく。剣は更に深く己の刃を潜り込ませた。
「ンオ?」
やっと自分が攻撃されていることに気づいたのか、ミートゴーレムが自分の身体に刺さった両手剣を抜こうと掴みかかる。
それを見たユリクフは優雅に指を上に向けた。
「おっと」
すると、それを追うように剣も巨人の身体を斬り上げながら上に登っていく。
両手剣はゴーレムの腹から頭部まで一気に斬り裂いた。
ミートゴーレムは切断面から血のように緑色の液体を流しながら、剣を捕まえようと手を伸ばす。
「そんな、のろい動きじゃ捕まりませんよ」
ユリクフの指に操られた両手剣は、魔物の追撃を掻い潜り、逆に巨人の身体を切断していく。
右肘を斬り、流れるように右の膝を断ち切って、ミートゴーレムに膝をつかせた。
ゴーレムは懲りずに、捕まえようと左手を伸ばす。両手剣は避けようともせずに逆に突っ込んで斬り込みを入れる。
「じゃあ、これでおしまいです」
ユリクフがミートゴーレムの身体に沿って指を動かすと、両手剣はその通りに舞い踊り巨人の身体を斬り刻む。
一分もかからないうちに、バラバラになった巨人は原型をとどめない肉片になっていた。
「はい。ご苦労様です」
両手剣がユリクフの背中に戻る。
わたしは、その剣を見て思わず尋ねてしまう。
「あなた……それ気持ち悪くないの?」
剣身には肉片と液体がこびりつき、ひどい臭いを発していたからだ。
「大丈夫ですよ」
その直後、両手剣に付着していた汚物を吸い込んでいた。
「……『あまりおいしくはない』って言ってますね」
剣と会話できるユリクフは、苦笑しながら感想を代弁した。
「あっそう……」
わたしはユリクフが倒したミートゴーレムの肉片の方に目をやる。
バラバラにされた断面からは、今も緑色の液体が流れ煙が上がっていた。
動く気配はなさそうだけど油断はできない。
「しばらく様子を……」
見ましょうと言いたかったけど、それを遮る光景がわたしの黄色の瞳に飛び込んできたの。
肉片一つ一つが動き出していた。
斬り刻まれた肉片達は、ズルズルと這いずりながら一つに集まると、再び巨人の姿を取り戻す。
言葉が途中で途切れたわたしを見て、ユリクフが話しかけてくる。
「まだ様子を見ますか?」
「見ないわよ!」
全く、どんな時でもマイペースなんだから。
けどあの魔物は殴っても斬っても倒せそうにない。これはわたしの切り札を使うしかないわね。
「あいつを倒すために、籠手と足鎧の力を解放するわ! 二人は、あいつの動きを止めて」
わたしは魔法を一つも習っていないけど、ある方法で魔法を使うことができるの。それをあの化け物にぶつける!
「…………」
「分かりました」
ルベルトは無言で頷き、ユリクフは口元を綻ばせながら返事をする。
先に仕掛けたのはルベルトだ。
「奴を引き付けます」
自分に防御魔法と耐性魔法をかけてから、大盾を剣で叩きながら前に出る。
「ンオオオ!」
また女性の声で吠えながらミートゴーレムが彼を狙って殴りつける。
ルベルトは焦るそぶりも見せずに、しっかりと盾で受け止めた。
攻撃を防がれたミートゴーレムは、一度で攻撃をやめずに邪魔な盾ごと叩き潰す勢いで何度も殴りつける。
ルベルトはそれを全て防ぎながら、隙を見つけては長剣でその拳を狙って斬りつけ突き刺す。
ミートゴーレムは苛立ってるのか、ずっとルベルトを攻撃し続けていた。
囮になってくれている彼の為にも、さっさと決めないとね。
「ユリクフ。あいつの足を狙って!」
「はい。じゃあ、またお願いしますね」
ユリクフに言われて、両手剣が再び浮き上がり飛んでいく。
彼が狙うのはミートゴーレムの巨体を支える足だ。
ゴーレムは今だに目の前のルベルトを攻撃する事に夢中になっていた。けれど突然バランスを崩してぐらつく。
ユリクフの両手剣が左足の脛を切断したからだ。
「ルベルト様。援護します」
左足を斬られたミートゴーレムは残った足と手で身体を支えて倒れるのを防ぐ。
どうせ再生するでしょうけど、しばらく動くことは出来ないでしょう。
「姫様。今です」
「シュランツェさま。一番おいしいところは譲りますよ」
「二人共よくやったわ。後はわたしに任せなさい!」
わたしは動けなくなったミートゴーレムに向かって駆け出す。
こちらに気づいたゴーレムは、わたしを潰そうと左手を振り上げた。
このままの速度じゃ避けられずに潰されてしまう。
そう思ったわたしは、全速力で走りながら呪文を頭の中で唱え、発動の言葉を口にする。
「吹け。駿足の烈風!」
すると、右足に装着した双子風の足鎧から風が起こり、わたしの身体は吹き飛ぶように加速した。
ミートゴーレムの左手がわたしを叩き潰す。
けど残念! それは残像よ。
わたしは一気に距離を詰め、氷炎の籠手の魔法を発動。
「貫け。堅氷の鋭槍!」
右の籠手から全てを貫く氷の槍が出現した。
わたしは巨人の頭を狙って、右手を真っ直ぐ突き出す。
しかしミートゴーレムは頭部を動かして、わたしの攻撃を交わす。
代わりに、避け損なったゴーレムの左肩に直撃した。
ミートゴーレムの肩に大穴が開き左腕が吹き飛んでいく。
そのの左腕は、錐揉みして吹き飛びながら一瞬にして凍りつき地面にぶつかって砕け散った。
「ンオオオオオオオオオ!」
ミートゴーレムは身体の一部を失って悲しいのか、一つ目から涙を流しながら泣き喚く。
その間にも肩に開いた傷がわたしの魔法で凍っていく。
ゴーレムは凍りつく自分の一部を、残った右腕で引き剥がした。
あのまま行けば、全身凍りついて終わりだったのに残念。
わたしの籠手と足鎧の魔法は一日一回ずつしか使えない。
残っているのは左の籠手と左足の足鎧だけ。
わたしはまだ使っていない左の籠手を見つめて祈る。
お母様。わたしに力を貸して。
「いくわよ。不細工なゴーレム!」
わたしは再び駆け出した。
「ンオオオオ!」
ミートゴーレムは威嚇するように声を上げて、わたしを防御魔法ごと叩き潰す勢いで殴りつけてきた。
わたしがそれを避けると、今度は手を広げて叩き潰してきたので、それを横に交わす。
次に薙ぎ払うように腕を振ってきたので跳躍して避ける。
ゴーレムの一つ目が飛び上がったわたしを追っていた。
空中でどうやって避けるんだ。とでも思ってるのかしら?
ミートゴーレムは下からわたしを握りつぶそうと右手を伸ばす。
そんなものに捕まらないわよ。お馬鹿さん!
「駿足の烈風!」
わたしは左足の風の魔法を発動させて、空中を移動。
真っ直ぐ勢いを付けたまま頭から降下して、握り締めた左の拳をミートゴーレムの目に叩き込む。
そして左の籠手の魔法を発動させた!
「燃え爆ぜろ。爆炎拳!」
魔法の炎が、ミートゴーレムの頭から身体全体に達して、内側から破裂するように大爆発。
わたしは空中で回転し、危なげなく着地して振り向く。
ミートゴーレムは跡形もなく、そこにいたであろう場所に大きな穴が開いていた。
討伐成功ね!
「はあ〜」
後ろを歩くルベルトが、わたしのため息を見て注意してくる。
「姫様。これで今日、三十五回目ですぞ」
「分かってるわ。けれどため息も出ちゃうわよ」
今、わたし達三人はミートゴーレムを倒し洞窟の出口を目指して歩いているところ。
討伐に成功し意気揚々と帰ろうとしたところで、ユリクフがこう言ったの。
「シュランツェさま。魔物を倒した証拠が無いんですけど……」
「あっ……ああっー!」
そう。依頼された魔物を討伐したら証拠となる品を持って帰るのが普通。
なんだけどわたしの切り札で、ミートゴーレムは跡形もなく吹き飛んで燃え尽きちゃったのよね。
「村に帰ったらとりあえず、ここの魔物を倒したことを説明して村人をここまで連れてくる……? でも、魔物の影も形もないしなぁ。うーん、どうすればいいのよ」
わたしは腕を組んで考えるけども、何もいい考えは思いつかなかった。
「大丈夫だと思いますよ」
ユリクフは鼻をスンスンしながらそう言ってきた。
「何でよ?」
「きっと村の人達は僕達が魔物を倒したって信じてくれますよ」
そう言ってまた鼻を動かすユリクフ。
わたしはチラリと最後尾を歩くルベルトの方を見たけど、彼も黙って頷くだけだった。
一体どういうことなのよ!
結局、ユリクフの言っていた意味が分かったのは、わたし達を出迎えてくれた村人の反応だった。
みんな、わたし達が近づくと顔をしかめ鼻をつまむ人もいたわ。
そう、わたし達三人共ミートゴーレムのひどい臭いがしみついていたの。
わたしの鼻は、いつの間にか慣れちゃって全然気づかず、その時はとっても恥をかいたわ。
けれど、そのお陰? で無事に依頼成功となって報酬をもらい、わたし達三人は次の村へ。
わたしは次の目的地がある方角を指差した。
「二人とも行くわよ。沢山の困った人がわたし達の助けを待っているのだから!」
シュランツェ編 完
最後まで読んで頂き有難うございます。
楽しんで頂けたでしょうか?
お気に召さなかったらすいませんでした。
この戦姫編も後々、長編を書く予定です。
是非とも感想や意見など、なんでもいいので、この物語の感想頂けると嬉しいです。
同時期に勇者編も投稿しました。
まだ呼んでいなければ、是非そちらも呼んで見てください。