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青い空の下  作者: カリーヌ
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青い空の下

赤煉瓦の壁にオレンジの街灯が蛍の様に舞う夜小樽の町。

その町の港の見える場所に、その喫茶店はあった。


時代を感じさせる重い木の扉を開くと「いらっしゃいませ」と丸みのある優しい声が私を迎えてくれた。


私が訪ねたのは昼間だったので、清潔な空間は明るくしかしカウンターの向こうには沢山のお酒の瓶が並ぶ事から、夜は飲み屋と化すのであろう事が窺われた。飲み屋と言うとあまり適さないかもしれない、和洋折衷の戦後日本的な物が、錆を拭い、磨き上げられたという感じだろうか。和洋、今昔折衷。不思議ながらも落ち着く空間になっている。


私は席に座ってメニューを開いた。


見たところ60歳と思しき婦人の姿は無い。30代後半位の女性が注文を取りに来た。


私はアイスコーヒーを頼むのももどかしく、しかし何か頼まないと申し訳ないので横目でメニューのランチの時間がギリギリ間に合うのを捉えて注文しながら、早速話を出した。


「あの・・・」と言う。

頭の整理は出来ていなかったので、とりあえず言葉が出るに任せる。

「こちらは小樽でしょうか?」

「ええ、ここは小樽ですよ。」

戸惑う事無く答えるお店の人。私の方が、店の名前を答えられたのか町の名前を答えられたのかと、戸惑う。


私は説明する腹を括った。

「このお店のご主人ですか?」

「主人は向こうですが・・何か?」


「長い話になるのですが、少し聞いて頂きたいのですが。」


時間は3時前。店は丁度空いていた。奥からご主人が出て来てくれて、私は60歳の婦人の話を切り出した。




夕方6時を目の前にして、私は席を立った。


その日ご主人から聞いた話は簡単なものだった。ほとんど私が話していた。

間、食事もしたりしながらつい長居になった。


ご主人は言った。


「それは私の大叔母かもしれませんね。」


この喫茶店は、ご主人の大叔母様が立てた物らしい。だが今年で78になると言う。


散歩道の彼の話に私の聞き違いがあるのか、それとも彼のいい加減だったのかもしれないと思ったが、そうでは無かった。


婦人は63歳で亡くなっていた。

生きていれば、今年78になるらしい。



ここに来て私が知る事が出来た事は、その事と、


婦人の実家が私の住む町の田舎の方である事。


そして、夫人が亡くなった63歳のその盆からずっと、知らないとこから花が添えられるという事だった。この事は初め誰も気が付かなかったと言う。お盆といえば皆でお墓参りに行くが、都合が付かず、日にちをずらして行く者も多い。知らない内に花は増えたりする。だがやがて、毎年同じ花が添えられるが誰も覚えがないという事に、誰かが気が付いた。その後もずっと続いているのだと言う。

「今年もありましたよ。」そうご主人は言った。




私はお礼を言って店を出た。


家に帰ったら、私の町の何か、お土産をお礼に送ろう。そのお土産は、大叔母さんの育った町の物だ。




これだけと言えば、これだけの話だ。


こんなにもと言えばこんなにもと言う話だ。



国際的に追われている人を相手に、これ以上私が何を得る事が出来るだろう。



私は北海道の空を見上げた。


ふふと、笑う。私は今、北海道に立っている。彼に一杯食わされた気もするけれど、楽しかった。私は夢中だった。こんな嬉しい冒険をする事が出来た。


彼は、大学に進学した時既に情報員だったのかもしれない。航空機事故は本当に起き、彼の身柄が上がらなかったのは名前が違っていたからかもしれない。

彼はその後国に帰り、彼女が63になり亡くなるまで、遠くから見ていた。だから彼の中では彼女は未だ60過ぎの、63歳。その時彼は65歳だったはずだ。

2人はずっと、思い合って年を取ったのだ。


今年のお盆、私が聴いた時彼は「お墓参りにはまた改めて行きましょう。」と答えた。彼は、その為に日本に帰って来たのかもしれない。まずは彼女の実家に、そこでお気楽なお散歩お姉さんと話し、ここに花を手向けに来た。


お気楽お姉さんの気も知らず。





本当の事は、誰も知らない。




でも間違い無く、彼はどこかで自分の生活を築く事だろう。追っ手やなんやかやには目もくれず。

追っ手を振り回しながらも素知らぬ顔で彼は自分の生活を築くだろう。そう例の、ミラクルで。




それは日本では無いかも知れないけれど、もしかしたら彼も同じ空を見ているかもしれない。またどこかで会える気がしていた。





この青い空の下。

















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