彼女のストーリー
「私は本当なら、今、ここにこうしてはいないのよ。」
私が今ここに書くのは、彼の話を聴き自分で解釈した内容であり、その事実とは若干違いがあるかもしれない。予め・・・・・。
マアムはそう言う。
時は、マアムがまだ14の年に遡る。マアムが今60を超えるとするなら、45年より前という事になる。
ある者にすれば、化石と化するかに思われる遠い昔。そうかもしれない。その時間の中に、マアムの人生がある。たどればキラキラと光を放つであろう、今の人と同じ、その時一番だった時間が見える。
その時14だった彼女をマアムは思う。
「私は田舎育ちで、家は5つも6つも山を持つような、父は鉄砲を担いで山に入り、まだキジバトなども撃つ事が出来る、そんな時代と環境で育ったの。」マアムは語り出す。
店の片隅に、遅くまで残った数人のお客と、飲み掛けのお酒のグラス。蝋燭の様なほの白い照明の中。
その時代、田舎育ちではあったが、マアムの家には生きるに必要と思われる沢山のものがあった。生まれた頃まで遡れば、まだ戦争の名残があり、食べるという事が出来ない者もいた。マアムの家には山もあり、畑もあり、食べるに困った子供たちが、毎日の様に集まっては善を囲んだ。入れ替わり立ち代わり。決まったメンツがあるのではない。来たい者が集い、腹が減った者が集い、母が大量に作る今日ある物を皆でワイワイと食べたという。
いつも沢山の人に囲まれていた。何処の子か分からない子が混ざる事もあった。
マアムの兄弟姉妹だけでも7人。マアムはその中の一番下で育った。
マアムの父親は酒好きで、夜になるとまだ幼い子供たちを膝に乗せ、毎晩晩酌をしたという。子供が大好きな人だった。
そんな場所で、マアムは14の年まで育った。
そして14。
マアムの父親の姉妹に、都会の呉服屋に嫁いだのがいたのだが、そこに子供がいなかった。
呉服屋は、老舗だった。跡継ぎに一人ほしいと言う。
その相談を受けたのが、マアムの父親だった。
本当なら男の子が欲しかったが、マアムの兄弟は上の方ばかりに固まっていて、下三人が女だった。一番上の兄など、もう結婚していた。その他の男兄弟ももういい大人で、何より田舎で山に入りキジバトを撃つような生活をしてきたのばかりだ、今更都会の呉服問屋で、ソロバン弾く様な生活は傍目にも無理だった。
まず、教育から仕込まないといけなかった。
呉服屋の、父の妹は、一番下のマアムを欲しがった。女の子でも良い。若い子供をもらい受け、きちんとした教養を身に着けさせ、婿を取ろうと考えた。
マアムは、良くわからないまま都会の高校を受験する事になり、受かった。
事は、進んだ。
田舎と都会というのは、都内と郊外みたいな話では無い。
山の中から呉服屋までの距離は、飛行機を要した。
大勢の、それこそ誰かも分からないような子供たちまで時に一緒に育ったと言ってもいい、しかも、深い親の愛情の元。そんなマアムが、ホームシックになった事は、想像が付こう。
しかしその距離は、14のマアムが泣いて帰れる距離では無かった。
マアムには沢庵みたいな教育係りが付き、立ち振る舞いから指導が入った。
雨の降る夜、曇るガラス窓に故郷の名を指で綴り、一人泣いたという。
そんな所に、一人の男性が現れた。
呉服屋の知り合いの子で、こちらの大学に通うに当たり、その間呉服屋に下宿する事になったのだ。
山育ちのマアムとは違い、色白で背の高い端正な青年だった。