プロローグ
「おい! 冬至、起きろ!」
頭の中に鳴り響く声に、僕は無理やり起こされた。
「うるさいな……。 勝手に喋るなっていつも言ってるだろ?」
「うるせーよ! お前が俺を放置するからだろうが!」
「あん? うるせー? お前?」
「あ……いや、その……」
「そんな事言ってると主人公降ろすぞ?」
「そ……それだけは勘弁してくれ」
「どうしようかなー」
「……ごめんなさい」
「まぁ、わかれば良いさ」
こんなやりとりで……僕の1日はいつも始まる。
僕の名前は冬至秋雨、勿論ハンドルネームだ。
昨年の春の事、仕事を辞めて転職しようとした矢先……体調を崩し長期療養する羽目になった。
手術する事も出来ず、投薬を繰り返す日々に……苛立ちだけが募った。
そんな苛立ちを吐き出したくて、小説を書き始めたのが今年の1月の事だった。
「はぁ……何でこんな事に」
僕はパソコンを開き、書きかけの小説を見てため息をついた。
そもそも事の発端は、新作の小説を書き始めた今年の2月2日。
少し冷える部屋で、ノートパソコンに向かい……独り言のように呟きながら、文章を書いていた。
「暗闇の中、少年はひたすら走り続ける」
「遠くに見えるあの小さな光を目指して、ひたすら走り続ける」
「走れば走るほど、光は小さくなっていく」
「だけど少年は走り続ける。 命尽きるその日まで……」
そして、次の文章を書こうとした瞬間……5行目に文字が勝手に入力されたのだ。
「はぁはぁ……全くいつまで走らせるんだよ!」
「えっ?」
「しかも、命尽きるまでって……殺す気かよ!」
「うわっ! 何だこれ……パソコン……おかしくなったか?」
「おい! お前聞いてんのか? お前だよ、そこのお前!」
入力された文章は、チャットのように……僕に話しかけてきたのだ。
「お前って、僕の事か?」
「そうだよ! 作者のお前だよ!」
「うわっ……会話が成立してる……」
「話し掛けてるんだから、成立するに決まってるだろうが!」
怖くなった僕は、慌ててノートパソコンを閉じた。
「……何だったんだ?」
非現実的な出来事にパニック状態の僕は、布団を頭から被り身震いをする。
きっと幻覚でも見たんだと……自分に言い聞かせて、必死で落ち着こうとした。
「逃げんじゃねーよ! このクソ作者!」
だけど……ヤツの言葉は、僕の頭の中にまで入ってきたのだ。
「幻聴か? まさか……幽霊か? 悪霊退散、悪霊退散……」
「いやいや、待て待て」
「待たん! 在るべき場所へ帰れ悪霊!」
「誰が悪霊だ! お前が書いたんだろうが!」
「そんなの知らん! 人違いだ!」
「……お前」
「お前って言うな! 僕は冬至秋雨だ!」
「冬至秋雨な、わかったからとりあえず落ち着け」
頭の中へと……次々と入ってくるヤツの言葉に……僕は何処にも逃げ場がない事を理解した。
そして僕は……閉じていたノートパソコンを開き、改めてヤツと対峙した。
「俄かに信じがたいんだけど、お前は僕が書いた少年なのか?」
「そうだよ、延々と走らされてる、名もなき少年だ!」
「……ふむ」
「……ふむ。 じゃねーよ! 殺す気かよ!」
「いやいや……一応、主人公だし殺しはしないけどさ」
「それならせめて、走るのを止めさせろよ……疲れるからさ」
馴れ馴れしく話し掛けてくるヤツの態度に、僕は段々腹が立ってきた。
「お前……さっきから馴れ馴れしいぞ!」
「……うっ」
「大体、作者は僕だよ? 何その偉そうな態度」
「……うう」
「降ろすよ? 主人公」
「あ……いや、それだけは……」
「だったら言うことあるよね?」
「……ごめんなさい」
「まぁ、わかればいいのさ」
「……はい」
「とりあえず、お前は今日から主人公(仮)な!」
「仮ですか……」
「名前が欲しけりゃ、僕の言う事を聞くべし!」
「……わかりました」
こうして……僕とヤツは出会った。
そしてこの日から……1本の小説を完成させるため、共同創作することになる。