1 音源を作ろう
物事には順番というものがあるのよ、と彼女は言った。
だがそれはどんな順番なんだろうか、と言われた彼女にはよく判らなかった。何故なら言われた彼女には言った彼女のヴィジョンがいまいちよく理解できなかったからだ。それは言われた彼女に理解力が不足していたからではない。言った彼女のヴィジョンが言われた彼女にとって突拍子もないものだったからだ。
まあありがちなことである。
*
「音源を出そうか」
とリーダー殿はのたもうた。ん?とTVの中の巨大クリスマスツリーを眺めながらみかんをむいていたMAVOは問い返した。
ミーティングである。本日の議題は二つ、とリーダー殿はのたもうた。その一つ目が先の台詞である。
「音源… ってことはCDだね」
「そ。いー加減ここいらでステップアップせねば」
「そーだね… アルバム? 何曲入り?」
うー寒い、と言いながらこたつに足を突っ込んでいたFAVが訊ねる。冷え性なんだ、と言う。
「まあ一時間近い方がいいな。どーせCDは七十四分入るんだから、できるだけ有効に使わねば」
「ななじゅうよんぷん」
はあ、とP子さんが復唱する。
「七十四分というと、だいたい一時間ちょいですか」
「もうちょいあるぜ。一時間十四分だから」
「と、するとだいたい十三、四曲ってとこかな」
「長い曲入れれば十二曲くらい」
いずれにせよ、大仕事になりそうな予感が… メンバーの誰にも、した。
よいしょ、と長方形のこたつの、長い方の、TVに面した方にMAVOが居たのだが、HISAKAはその隣に入り込む。それにしても寒くなったわね、とか言いながら。
FAVとTEARは狭い方の辺に対面して座っていた。別に横に座ればいいのに、とFAV以外の誰もが思っている。いや別にFAVとて今更隠している訳ではない。ただあまりバンドの話している時に馴れ馴れしくなるのが嫌だっただけだ。まあ当の思われている本人も、実際はバンドのことに関しては非常に真面目だったが。そして入り込んで、MAVOの視線とTVとがかち合わない位置にP子さんが座っていた。
こたつ盤の上にはみかん篭が置かれている。既にMAVOの前には二つ三つ、むいた皮と筋が置かれている。
「で、何処のインディーズレーベルから出す訳? それともそれを今から相談しようっての?」
「そのことだけどね」
FAVの問いにHISAKAは首を回しながら、
「まあ色々と話はあったのよ」
「ほお」
四人してうなづく。
「インディだけじゃなく、メジャーからも話がない訳でもなかったのよ」
「はあ」
これには四人とも目を見開く。そんなことがあったのか。マリコさんがお茶ですよ、と丸い盆に急須と湯呑みを人数分乗せてくる。そしてP子さんの横に座った。やがてこぽこぽ、とお茶を注ぐ音が全員の耳に届く。
「だけどねえ」
「だけど?」
のぞきこむようにしてMAVOが問いかける。
「どーにも、あんた達に話すのも馬鹿馬鹿しいよーな話が多くて、悪いけど握りつぶしました」
「…」
は? とFAVとTEARは目を丸くした。
「何、メジャーから話があったってのは凄いじゃん」
「…TEARさあ… あんたもしももっとぴらぴら、女の子仕様の『衣装』着ろって言われたらどーする?」
「へ?」
「話はあったのよ、ただし、『女の子バンド』としてね」
「げ」
弦楽器隊三人が顔をしかめて見合わせた。確かにHISAKAが「握りつぶす」はずである。
「しかも曲はこっちで用意する、売れる曲を渡せるシステムがあるからどーのこーの… あまり馬鹿馬鹿しかったんで、途中までしか話記憶してないのよねえ」
「なるほどそれなら判る」
そうつぶやいてTEARはみかんを一つ取る。
「音聞いたことねーな、そりゃ」
「だから音源が要るな、と最近非常に思った訳よ」
納得、と全員がうなづく。P子さんはお茶をずずっとすする。
「じゃあ、インディの方は?」
とFAV。
「うん。それも一応話は聞いてみた… だけどどーも引っかかる」
「引っかかる?」
「説明があいまい。特に売れた盤と収入の関係が」
「と、言うと」
「つまり、何に対してお金が支払われるか、ということなんですが」
それまで黙っていたマリコさんが口をはさむ。全員の視線がそちらへ集まった。TVからは天気予報のテーマソングが流れている。
「例えば、私達がそういうものを作るとします。そこで、私達が… とにかくおおもとの物を作ります」
まずそういうものがありますね、とマリコさんは近くのメモ用紙を取って、赤の細いサインペンで「オリジナルのもの」と書き込んだ。視線が集中する。
「で、そこからが違うんです。インディで出す時、大きく言って二つ方法があります。一つは、現在あるインディーズ・レーベルに製作を依頼して、そのレーベルの持っている流通経路に卸し、ある程度の売上に対する収入を得る、という方法です」
「流通経路?」
紙に線を書いていくマリコさんにMAVOが訊ねる。
「つまり、何処で売るか、ということです。ねえMAVOちゃん、インディのレーベルのCDって、普通のレコード屋で見ますか?」
ううん、とMAVOは首を横に振る。
「凄く大きいか… でなかったら、小さいけどロックならロックって専門みたいになっている店とか、中古の店とか」
「ですよね。で、その売っている店でも、あるレーベルのものは置いてあるけど、あるレーベルのものはないってこともある訳です」
あ、そういえばそうだな、とFAVはつぶやく。
「それがそのレーベルの流通経路ってことです。だから、そのレーベルに頼めば、全国の、そのレーベルが『置かせてもらっている』店には自動的に並ぶ訳ですよ」
「ほー」
「で、問題はそこなんですが」
何だ何だ、とHISAKA以外のメンバーの耳がダンボになる。
「話があったレーベルの場合、最初にある程度の金額を私達に払う、という形態なんです」
「金が入るのはいいことではないのですか?」
とP子さん。
「例えば、全く売れる見込みがない作り手ならそれでいいんです」
きっついなあ、とTEARは顔をややしかめる。
「ただあなた達は売れる予定なんでしょう? だとしたらそういう所に頼むのは間違っています」
「どうして」
「つまり、その金で原盤権を譲り渡す、ということに等しいからです」
「…?」
「さっき言いましたよね」
赤ペンでメモの「オリジナルのもの」を指す。
「これがあれば、何枚でもコピーが作れる訳です」
「あ」
FAVはそうか、と思い当たる。
「つまり、もしもあたし達がもっともっと… 例えばメジャーとか行って売れた時に、勝手に昔の作品をコピーして売り出して儲けるって」
「その時にも私達にはその利益は入ってこない訳です」
「ああそれはまずい…」
P子さんもつぶやく。
「で、レーベル依頼の場合のもう一つは、原盤… オリジナルの権利はずっと私達が持っていて、だけど収入はその売れた分の何パーセント、とか、決めた分だけになる場合」
「それだと、売れない奴だと全くの大損ってことだな」
「そうです。だから、ある程度の製作費を自己負担、という形もよくあります。まあそれでも最初のプレス分完売すれば最終的にはバンドの利益にはなるんですが」
「まあそっちだったらまだいいんだけど、そういう方面からは話が来なかった、というのもあるし… どーも流通の面でも気にはなるのよ」
HISAKAが口をはさむ。
「と言うと」
「果たしてどれだけの人間がインディーズ・コーナーで買うか」
「でも買うにはそういう方法しかなくはねえか?」
「誰が買うか、が問題よ」
「あたし達のファン…」
とMAVO。
「それじゃあたかが千枚プレスったって完売しないわよ。都内でライヴやって、そこに来る子達が全員買ったとしてもね」
「じゃあ」
「まあその点はもう少し熟考が必要ですね」
マリコさんはこの辺でいいかな、と話を引き取る。
「で、とにかく現在あるインディーズ・レーベルにわざわざ頼むのも何ですし… まあそうすると、残るは、私達が作って、私達が売るという自給自足体制ですよね。その場合、それを流通…売りさばくのも私達の責任ということですし、売れた分だけ、非常にお金の問題も入り口と出口の関係がはっきりしたものになる訳です。ただ問題は」
「すごく手間がかかりそう…」
「そうですね。手間だけはかかります」
あっさりとマリコさんは言う。
「でも長い目で見た場合、メリットはあります」
「長い目ね」
どれだけの長期展望をこの女は持ってるんだ、とFAVはHISAKAを見る。
「まあ判り易く言えば、手間はかかるけど、人に左右されない方向で行きたいの。それでここの所何だかんだとマリコさんとあたしであちこち走り回ってたんだけど」
「あ、もしかしてあんた、あたしとMAVOちゃんが横浜でこのヒト(とFAVを指す)見に行った時にいなかったのって」
「そ。あん時はインディのCD作っている工場と、ジャケット作る印刷工場のはしごしてたの」
「『はたらくおじさん』みたいだねっ」
MAVOは笑いながらみかんを口に放り込む。
「つまり個人だろうが何だろうが、そういう所にちゃんと原盤なり版下なり持っていけば、規定の料金で作ることはできるのよ。そしてまあ、例えば作れば、一応この中では一番広いここに何千枚ものCDが置かれることになる、と」
「…それはなかなかスペース取りますねえ」
再びP子さんはお茶をすする。彼女の背からバラエティ番組の笑い声が聞こえる。
「『作る』段階に関しては、調べたの。録音を頼めるスタジオのレンタル料だとか、その録音にしても、何チャンネル使えるとか…で、その録音が出来れば、ある程度の期間と資金があれば、CDもプレスできる。ジャケットのプラスティックケースも、大量に現金買いならずいぶん安くできるらしいし。中に入れるものも、印刷所に頼めばいい。作るのはだから、そんなに問題ないのよ」
「…で?」
HISAKAとマリコさん以外の人間は非常に不吉な予感がした。かなり厄介であろうことをリーダーはあっさりと口にする。と、なれば、次に来るのはもっととんでもないことだろう。それは誰もが予測できたことだった。
「問題は流通よね」
全員うなづく。
「個人だの何だと、流通に乗せたくとも信用がないのよね」
「まさか…」
「だから、会社、作ろうと思って」
はい? と全員が目をむいた。
あのP子さんすらその瞬間は声を立てたのだ。
「いや、会社作るのは実はそんな難しくないのよね」
そうは言われましても。リーダー以外のメンバーは、とにかく何と言っていいのか判らなくなり、とりあえず目の前にあったお茶に手を伸ばし、一気に呑んだ。P子さんは既に空になっていたので、マリコさんに、おかわり下さい、と頼んだ。じゃあポット持ってきますよ、とマリコさんは言ってその場を立った。
「あんたが作るの?」
「うん。その位はできる」
その位、などとあっさり言う奴などTEARは見たことがない。急にTEARは真面目な顔になり、
「だけどスポンサーだからって独裁敷いたりはしないよな?」
は? とHISAKAは鳩に豆鉄砲、な表情になる。三秒後、苦笑しながら、
「そんなこと、考えもしなかったわ」
「でもなあ。全部が全部あんたの負担、というのはちょいと」
「だったら、歩合制のインディのやり方を取ればいいわ」
「と言うと」
「あたしが会社を作る。だけどそれは会社の経営者のあたし、であって、バンドのあたしじゃない、と思って。で、バンドの方では、きっちり当分して、製作費用の何パーセントを負担する。で、その利益は、もちろん還元… いや、返す、という形」
「OK、その方がいい」
「あたしとしてはその方が面倒なんだけどね。それにレコーディングで時間取られると、あんた達バイトもやりにくくなるだろーし」
ん、とFAVとTEAR、一人暮らしのバイト組は顔を見合わせる。P子さんは多少首を傾げるが、自宅である分はまだ余裕がある。
「でもしなくちゃならないんだろ?」
「そう。ここいらで『名刺』作って顔見せに回らない限り、あたし達の顔も音も全国で知られない」
「うちら雑誌にはさほどウケ良くないもんなあ…」
雑誌関係の情報をよく仕入れるFAVはそう感想を述べる。きつい化粧のバンドは雑誌関係にはこの頃、ウケが悪かった。見かけばかり派手で、実際の演奏がおざなりになっている、という意見が多かったのである。
「見かけが化粧どろどろで、やっていることがこれまたどろどろなら、結構インディー系よくのっける雑誌なんかは推すのよ。で、恰好はまあメタル、で、演奏真面目にやってますっ!てのがいわゆるハード・ロック系の雑誌。メジャー系の雑誌はライヴハウス・バンドより外で演奏してる連中にカメラ向けるし」
「需要と供給ですよね」
ポットを持ってきて、再びマリコさんがこたつに入りながら言う。
「でもその雑誌に、いくら嫌われていても、広告を出すことは可能でしょう?」
「まあ、広告料を出せばね」
「だったら利用はできますよ」
にっとマリコさんは笑った。TEARはびっくりする。この人のこういう表情を見るのは初めてだった。
「ま、とにかく作ることに異存はないわけよね」
「ない」
「いーよ」
「構いませんよ」
「いつ頃?」
MAVOが問う。
「今ある曲だけで入れるんじゃないんでしょ?だったらもう少し後になるよね?」
「うん、来年に入ってからの方がいいと思う。何しろ今月はイヴェントが忙しい」
「イヴェントか…そーいえばオキシはカウントダウン・パーティあるんだったよね」
「FAVはオキシはそう出たことないからね。そ。年二回の大行事。クリスマス・パーティはクラブ・フィラメントの方であるから」
「フィラメントか」
クラブ・フィラメントもまた都内の、オキシドール程度のキャパシティを持つライヴハウスである。そこで演奏するバンドもまた、オキシドールとだぶる場合が多い。ただ、地理的な関係から、都内以外の、埼玉・群馬方面のバンドもやってくることが多い。
「そうなってくるとあたしまた遠いな…」
「まあそん時はうちに泊まればいーさ」
とTEARはぬけぬけと言う。べーだ、とFAVは対面の相手にアカンベーを返す。TEARはにたにたと笑う。何だかなあ、とそれ以外はため息をつく。
「まあFAVさん側の方もあるのよ、二十七日、BAY-77で」
「ああ、あそこ」
「あれ、そこって」
「あん時あたしとMAVOちゃんがF・W・A見に行った所じゃねえ?」
「そーだわ。あたしのテリトリーだわ」
「ま、その三ヶ所押さえとけば年末はOKかな、と」
リーダーはにこやかに言う。だがメンバーズは師走、という言葉の意味を考えずにはいられなかった…
*
「あ、決まったんだ」
「マナミ」ことアカサカナホコは一週間ぶりの友人「エナ」ことタカハシトモコに言う。
朝十時。たいていの店が開く時刻である。お茶の水駅で待ち合わせて、神保町方面へと坂を下っていた。マナミがいきなり「古書店街巡りをしようっ」と提案したためと、午後のミーティングの時に欲しいから、と邦楽系音楽雑誌全部買ってきてくれ、と頼まれたからである。「領収書ちゃんともらってきてね」とマリコさんは電話口で言っていた。
どれだけ派手な恰好しようと、ロックバンドのスタッフをしていようと、志望校が服飾系専門学校であったしても、マナミは本は結構好きだったし、エナも同様だった。どちらかというとエナの方が本は好きである。彼女の志望は同系列の大学の国文科だった。
「うん。まあ内申の方も何とか通ったし、あとは学年末(試験)だけかな」
「んでも、それで悪かったら行けないってことない?」
「あ、それは大丈夫。だいたいそのためのエスカレーター校なんだから。…そういうマナミ、あんたはいいの?」
既にPH7のメンバーに付けられた「コードネーム」は二人に定着していた。もともと自分の「名前」自体いまいちお互いに呼ばれるのがしっくりこなかっただけに、ほとんど強制的につけられたこの「コードネーム」はなかなか面白かった。それに「タカハシ」だの「アカサカ」より、文字数が少なくて呼びやすかったということもある。
「まあ大丈夫でしょ。とゆーか… 行きたいのは専門学校だからさあ、申込さえ間違わなければ」
「あんた時々抜けてるじゃない」
「あんたがそれを言うか?」
かさかさと足元の枯れ葉が音を立てる。時々吹く風はビルの間を通り抜けるとき、勢いよく色とりどりのそれらを舞い上げた。
坂の途中の、メーカー直営の楽器屋から勢い良く音が溢れ出している。さほど大きくない店のショーウィンドーには洋楽ロックのギタリストと、メーカーのモニターになっているらしい邦楽ロックのベーシストのポスターが並んでいた。ふと足を止めてエナはつぶやく。
「モニターになっている人達ってさあ、やっぱりただで楽器もらってるのかなあ」
「どーかなあ… 売れてる人ならさあ、モニターになった人のモデル作ればギター小僧とかが憧れて買ったりするし… どーなんだろーなあ」
「うちのひと達も早くそうなれたらいいねっ」
「うん」
そしてまた坂を下っていく。スクランブル交差点で立ち止まる。信号の間隔は長い。遠くに「あと何十秒です」と告げるランプが色薄く見える。
ふとマナミはちら、と横を見ると友人に言った。
「今日の服可愛い」
「そお? こないだ買ったんだ」
エナはひらひらっと笑い、自分の焦げ茶色のAラインのコートを指す。コートよりやや濃いめの色のスカートは長い。小さなボンボンのついた黒の靴下にかかるくらい長い。
「へえ」
「マナミのも恰好いい。何処で買ったの?」
とマナミの短い巻きスカートを指す。
「あれ? これ去年も着てたぜ? …あー、やや裾は詰めたけど」
「へー …ああそーいや、同じ柄の、長いのは見たような記憶が… 自分で詰めたの?」
「まーその程度ならできるでしょーに?」
「嘘ぉ、信じられない…あたし駄目だよお、そうゆうの」
「あれ?」
信号が一斉に青に変わった。
「ほら行こ。ここの信号、間隔短いんだ」
ぽん、とマナミはエナの肩を押した。マナミの黒タイツに包まれたすんなりした脚がきびきびと動き出した。
信号が点滅する。
「あーっ」
都内の大通りの車は容赦がない。二人は駆け出した。
絶対に信号の間隔が短すぎるよー、とかぶつぶつ言いつつ、まずは音楽雑誌を買うために新刊専門の大きな本屋へと飛び込んだ。マリコさんの言った…ひいてはHISAKAの注文は、「邦楽ロック関係の雑誌全部」だった。
「全部、って言ったんだよね…」
「うん…」
「何処までがロックかなあ…」
「うーん…」
二人は棚をにらんで悩む。ロックロックと簡単に言うが、それなりに細分化する奴は細分化する訳である。
「まあこのへんは絶対よね」
とマナミはやや高い所に置いてあったハードロック系の「CLUSHSTONE」誌だのギター専門誌の「マンスリー・ギター」を手にする。
「ここは結構ごった煮っぽい」
とエナは「M・M」と「ミュージック・ファイル」と「PHONE-PHONE」を取る。
「ふぉんふぉん? これもそうなるん?」
「いちおうロックバンドも出ている」
「『M・M』は結構HISAKAさん読んでるみたいだからいいけど… まあいいか」
その他、チケットサービスの社が出している「MC&L(マンスリー・チケット&ライヴ)」だの楽譜関係を良く出している社の「NEW ROCK」だの、都内のタウン誌だの、とにかく手当たり次第に抱えてレジに持って行った。二万くらいの金が一気に飛んだので二人はびっくりした。確かに軍資金はもらってあったが、その時は、こんなに要るんですか、とマリコさんに訊ねたくらいである。
入れてもらった袋はずっしりと重かった。
「だいじょーぶ? エナちゃん」
「大丈夫。だってどう見たってあんたの方が重いじゃん」
「あたしは力持ちだからいーのよ。人間には適性というのがあるんだよ」
「ま、そーだけど」
「現にあたしゃ服は縫えるけど料理はからきしだ」
あ、そうか、とエナは思った。さりげなくこの友人は少し前の会話をフォローしていた。
そういう所は優しいんだよな、とエナはくすっと笑う。
だがあまりの重さにその日予定していた古書店巡りは延期になったのは言うまでもない。