スマホとして生きる覚悟
車の中は静かだ……。
俺のお通夜は終わってしまったんだろうか……。
(そ、そうか! アヤノはお通夜のあいだ、スマホの電源を切ったんだな!)
俺はスマホだからな……。
電源を切られてしまったら、まさに手も足も出ないってわけか……。
無言の車内で、アヤノは素早くロックパターンに指を滑らせ、画面ロックを解除した。
(な、なんだ? めちゃくちゃ難しいパターンじゃんか!)
俺は一発で覚えることが出来なかった。
っていうか、俺はスマホなわけだから、機械になったはずなのに、記憶力は悪いのね……。
これはアヤノに何回かパターンを見せてもらわないと覚えられないですわ、っと!
ブブブ……。
「あれ?」
スマホに画面ロックがかかる。
俺がかけたのだ。
でも、同時に少しブルっちまった。
まだなかなか自分の身体の扱いに慣れない……。
「どうした? アヤノ?」
「えっ? ……、なんか画面ロックに勝手に戻っちゃった……」
「おかしいな……、今度会社に持って行って調べて来ようか?」
「うん……、でも携帯ないと落ち着かないよ……、友達と連絡も取れないし……」
「そうだよな……、じゃ、学校の帰りに会社に寄りなさい。都合のいいときでいいから」
「うん……、わかった……」
アヤノとアヤパパはそんな会話をしているが、アヤノはもう一度スムーズな指の動きでロックパターンを入力し、未読のラインメッセージを読み始める。
俺は念のためもう一度……。
「あれ? まただぁ〜……、いゃだなぁ……」
(ほんとごめん! 後1回で覚えますから!)
イライラした手つきでスマホを操作するアヤノ、そして、必死にパターンを覚える俺……。
「ほんと、調子悪いんだな……ソレ」
アヤノはラインメッセージが全て既読になると、スパスパともの凄いスピードで返信を入力していき、今度はアプリを立ち上げて、まとめサイトを見始めた。
メッセージはどれもアヤノを心配している友達からで、アヤノは丁寧に、でも簡潔に返信した。
まとめサイトをアヤノは真剣に見ている。
タイトルを選択すると、サーっと流れるようにスクロールしながら読み、また次へ……。
(!?!?!?)
『ブサメンリーマン、正義の味方になれずwwwwwww』
『無職ブサメン女子助け死亡wwwwwwww』
『無職ブサメンクソリーマン、実はストーカーだったって草wwwwww』
もう情報が錯綜しまっくとる状態で、なんでこんなに俺がディスられなきゃならんの?
被害者である俺の顔写真がニュースに流れたせいで、俺は「ブサメン」扱いだ。
(えっ? 俺ってやっぱりブサメン枠なの?)
少しは希望を持っていたのに、こうして叩かれるとマジで凹む。
それぞれのスレッドに書かれている内容は、どれも大したことはない。
俺が正義の味方を気取って可愛い女子を助けて、きっとそこには下心があって、そして虚しく殺された。
まあ、そんな内容だ。
「あっ!」
(へっ?)
アヤノは一つのタイトルを見て声を出すと、素早くその内容を開く。
俺も一緒に見る……。
(な、なにぃ?)
『アイドル候補生、襲われてレイプ未遂、助けたファン死ぬwwwwww』
(こ、こいつら……、なんにでも「w」を付けやがって!)
って、アイドル候補生?
アヤノがアイドルなの?
いやいや、レイプ未遂って、そんな感じじゃないでしょ、現場は……。
「もうっ、サイッテーだなぁ。アタシ、アイドル候補生じゃないし……」
「そんなこともネットに書かれているのか?」
「もっサイッテー、有る事無い事メチャクチャだよ……。私のオーディション履歴とか載ってるし……、どこで調べてんの? これ?」
「全部落ちてるのになっ!」
「パパっ!」
な、なんと!
アヤノはアイドルを目指しているのか……。
では、その口の悪さは少しは控えたほうがよいのではないか?
しかし、アヤノレベルの可愛さでもアイドルは落ちちゃうのね……。
キビシー!
「どうするんだ? もうアイドルはやめるのか?」
「もうっ、パパ……、まだアイドルじゃないし、落ちまくってるし……」
「アヤノは成績も悪くないんだし、普通に大学に行ったほうが楽しいと思うぞ」
「そうよ……、心配よ……。あなたがアイドルを目指してたから……、こんな目に遭ったのかも……」
「ママ! パパ! 違うよ……、関係ないって!」
「そう……、でもママは……心配よ……」
「救われた命よ……、アタシは光り輝かなきゃダメ……。そして……井上さんの事も忘れない……」
(おぉ……、アヤノちゃぁーん……)
「井上さんのご両親、とても良い方だったわね……アナタ……」
「あぁ、そうだなぁ……。息子さんを亡くしているんだ……。俺たちを恨んでもおかしくない……」
「アタシね……、井上さんのお父さんが言ったように、この事を足枷にはアタシもしたくない……の……」
(足枷って何でござるか?)
「そうか……」
「うん……、まだまだ気持ちの整理はつくわけないよ……、でもね……、井上さんの最期の一言、『もう大丈夫だ!』って言葉はね……、一生忘れない。自分が死ぬと分かっていても、井上さんは最期までアタシを心配してくれた……、アタシは大丈夫! そう思える日が来ると思うの……」
(おー! 響きましたか、あの言葉。でもね、確かにあの時、自分の最期を感じてはいたけど、まさか本当に死ぬなんて思ってなかったんだよなぁ……。アヤノに格好付けようとしたことは実は否めない……ま、いっか……)
「アヤノは……、強い子だな……」
「強くなんかないよ……、でも、アイドルは目指すよ……」
「そうか……」
「アタシは……やる……」
車内でそんな会話が繰り広げられているなか、俺はまとめサイトをよく読んでいた。
アヤノはいつの間にか、携帯を握りしめたまま、手をシートのアームレストに落としている。
まとめサイトにはアヤノの事がたくさん書かれており、いろいろなことが分かった。
・本名は水谷亜矢乃、希望芸名は水谷アヤノだ。
・高校1年生で、名門霧島女学園に通っている。偏差値は68??? マジ?
・アイドルを目指し数々のオーディションを受けているが全滅中。
・気が強く、セクハラしようとした審査員を殴った伝説あり。マジかよ!?
・ブログ開設でそのルックスからネットで人気が出た。
・ファンもいるが、芸能事務所には所属しておらず、特に目立った活動はしていない。
・ルックスとスタイルは抜群だが、歌が下手だという噂。
まあまあ、こんなところだ。
気が強く自信家、自分は絶対にアイドルになれると思ったが、なかなかなれないって言った感じだ。
しかしまあ、素人なのに、ここまで情報が出回るなんて、ネット社会は怖いわぁ〜。
俺の会社名まで出てたし。
アヤノが脱力している間に、俺はまずスマホを一度画面ロックし、自分でロックを解除してみた。
(おっ、イケるぞ!)
しかし、待てよ?
俺自身がスマホだとしても、他人の、それも女子の携帯を覗き見しても、いいんだろうか?
倫理的な問題?
うーーーーーーーーん。
俺はもうスマホだし、機械だし、この中にある情報はアヤノの情報だとしても俺の中にある俺の情報でもある。
俺が俺自身の中を覗くっていう考え方も出来るし、アヤノのプラベートを覗くとも言える。
つまり、俺は俺で、アヤノはアヤノ、でも俺はアヤノで、アヤノは俺……、よく分からん。
(まっ、いっか!)
俺はアヤノのイチ所有物として、アヤノのために俺の全機能を使う。
そして俺は……
(アヤノのファン第1号になる!)
ブブブ・ブーッ、ブブブ・ブーッ……。
(あっ、ヤベっ、またブルった!)




