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救われた命

~~ 省電力モードから復帰 ~~


「さて、メソメソしてちゃダメだ! 着替えよう……」


 アヤノはそう言うと、素早くパターンロックを外し、ラインを立ち上げる。

 幾つかのメッセージを読み返信する。

 みんな、アヤノを心配している友達からのメッセージにようだ。


 ってか……、正面からまともにアヤノの顔を見るの……、初めてだな……。


 何度も言うが、黒髪のショートヘアは肩にかかるか、かからないか……。

 顔はこう、シュンとした感じで、頬に余分な肉は付いていない。

 目は大きく、力のある瞳は、かなり印象的だ。


 何度も言うが、強い意志を感じる……。


 そうだな……、この子が「私はあなたとは付き合えない」と言えば、その言葉は絶対的で、どうあがいても、永遠に付き合うことはできないのだ……、と、そう思わせる、って感じかな。


 一言でいうと、気が強そうってことだ。


 うーん、俺は子どもの頃から、こんなタイプの女子は苦手だったな。


 可愛くて、強い子……。


 そして、優しい子……。


「制服でいいよね……」


 そう言ってアヤノは、俺を充電用クレードルに差し、クローゼットを開ける。


「たしか……、もう一着あったよね」


 今着ている制服と同じものをクローゼットから取り出すと、なんの躊躇いもなくスカートを下ろす。


(ん!?!?)


 俺は反射的に目を逸らした。

 無意識に背面カメラに切り替えたので、俺の視線は壁側を向く。


 そ、そうか……、俺、スマホだもんな……。


 チラッ、とインカメラに切り替えてみる。


(ぬおっ!)


 まだ急いで背面カメラに戻す。

 下着姿のアヤノが映ったからだ。


 妹だと思え……、妹だと思え……。

 このままアヤノのスマホとして生きるのであれば、慣れなければいけない……。

 妹だと思え……、妹だと思え……。


 思えるわけが……ない。


 しばらくすると、アヤノは俺を手に取り、部屋を出た。

 俺はまた、ロックパターンを見るのを忘れていた……。


「パパッ!」


「おぉ、アヤノ、大丈夫か?」


「う……うん……、今はね……」


 ちょっとした沈黙が発生する……。

 な、なんか気まずいな……。


「井上さんは気の毒だった……、彼がアヤノを助けてくれなかったら、アヤノが殺されていたかもしれない……」


「……うん……」


「でも……、アヤノは生きている……」


「うん……」


「救われた命だ……、大事に生きなさい……」


「う……ん……、ヒグッ……うぅ……」


 父がそう言い、娘が泣いた。


(えぇ、父ちゃんやなぁ~)


 俺も泣いた。(涙は出ないけど……出ないよね?)

 アヤノは俺を下げた手に持っているので、俺はアヤノパパの顔は見れない。

 見えるのは家の中だ。


(割と大きな家だなぁ)


 俺の住んでいた家の近くなはずだから、東京都下の新興住宅地だ。

 まあ、俺はアパートだったけど……。


 アヤノは良い家庭で育ったんだろうな。

 と思うと、俺は、何だか嬉しかった。


(変だな……、別に俺の家庭ではないんだけど……)


 車に乗り(もちろん俺も一緒に)、俺のお通夜の会場を目指す。

 スマホはアヤノの制服のポケットの中だ。

 なので、真っ暗……。


「アヤノ……、井上さんのご家族には、何も言わなくていいからな。お前はついつい、色々と話してしまうから……。ただ、命を助けられたことを感謝して、ご冥福を祈りなさい。」


「う……、うん……、わかってるよ……」


(お父様、よく分かってらっしゃる! この子、ちょっと口がよく動くんですよ……。もうそのせいで犯人がキレちゃんたんだもん……。黙ってれば可愛いんだけどなぁ~)


 なんて、俺はアヤノのことを知ったかしているが、何一つ知らない。

 そう、彼女の苗字もわからないのだから……。

 スマホのロックパターンだって知らない……。


「い、井上さんは……、立派な人だもん! ネットで色々言われてるってカオリが言ってたけど、みんな……、周りの大人たちがみんなアタシのことを見て見ぬ振りするなかで、一人だけ、助けてくれたんだもん……」


(ちょ、ちょ、ちょ、ちょ~~っと! ネットで何言われてるの? 俺が? 超気になるんですけどぉぉぉ)


「彼がアヤノのストーカーだっていう……、例の話か?」


(えっ? えっ? マジかよぉ。そんなの俺、全然違うってば。アヤノの事なんて初めて見たし、マジかよぉ~)


 ブブブ・ブーッ、ブブブ・ブーッ……。

 ブブブ・ブーッ、ブブブ・ブーッ……。


「あっ、電話? んっ……、あれ? まただ?」


(あっ、ヤベッ、ついついまたブルっちまった……)


「どうした?」


「なんかね、ちょっとこのスマホおかしいの……、たまにバイブが動くんだよ……」


「本当か?」


(まずいまずい……、いや、違うんです……、私がその……)


「電話もメールも……、ラインも来てないんだよね……」


「それは変だな……、明日レポートしておくよ。試作品とは言え、製品化の最終段階だからな……」


「うん……、パパ……」


(おおおおお、そういうことなのね~)


 俺は最新型スマホのプロトタイプですかぁ~。

 どおりで、見たことない機種だと思ったよ。

 ってことは、お父様はスマホメーカーにお勤めで?

 なんだ……、もしかして、俺の仕事のおおもとのお客様企業か?

 

 まあ、でも、俺の仕事なんて、そんな最新ガラパゴススマホの機能のほんの一部の小さな機能を開発するだけの、超末端のプログラムのお仕事でしたよ……。

 会社……、ブラックだったし……。


 あっ、あぁ~あ、またロックパターン見るの忘れた!


 アヤノは俺を持ったまま、ラインをしている。

 例のカオリって友達とだ……。


【もうすぐお通夜に着くよ】


【アヤノ大丈夫? ストーカーって話があったけど……】


【大丈夫だよ! そんな人じゃなかったって! どちらかと言うと捕まった犯人がストーカーだよ】


【(怒りのくまちゃんスタンプ)】


【でも、その人、毎週コンビニでアヤノのことを待ってたって、ネットに書いてあったよ】


【アタシ、井上さんのこと見たことないし、そんなのデマだよ】


【(OKのお笑い芸人スタンプ)】


【とにかく、アタシは亡くなった人のことをそういう風に言う人も、書き込む人も、そんなのは信じないよ】


【うん、アヤノ、いつものアヤノだね。良かった。(ハートのスタンプ)】


 ってな感じのやりとりだ。

 アヤノはしっかりしてるんだなぁ。


 俺の見た目はどちらかと言うと、ストーカーとか言われても、違和感ないもんなぁ。

 彼女いない歴が……

 いや、そんなこと、もう考えるのやめよう!

 俺はもうスマホなんだから!


 しかし、ネットは酷いもんだ。

 俺は、まあアヤノが可愛かったから助けたっていうのもあるが、とにかくあの場の雰囲気が嫌だったんだ。

 絶対的に腕力が強いものが、腕力は弱いけど、意志の強い者を屈服させるような。


 アヤノはあの時、その絶望や諦めのなかで、強く光っていた。

 まあ、そんな気がしたんだよ……な……。


 そうこうしているの間に、車は葬儀場に着いた。

 俺のお通夜が始まろうとしている……。


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