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人生で積み重ねたものが……無い!

 黒い髪のショートカットの女の子は、下を向いたまま、少しだけ顔を俺のほうに向けていた。


(み、見ないでくれぇ! 俺に助けを求めないでくれぇ!)


 俺は心の底からそう思った。


 見ず知らずの若い女の子のために、たとえそれが超可愛い女の子だったとしても、俺の人生を台無しにするつもりはない。

 俺が今まで積み上げてきた色々なものを犠牲にはしたくないのだ。


「たす……け……て……」


 女の子と目があった。

 うっすらと涙を浮かべたその瞳は、絶望と諦めを表していた。


 助けてあげたい、あげたい……けど……、俺には……、積み上げてきた人生が……。


「おいおいおい~、なに助け求めてんだよぉ、おまえよぉ」


「おいおい、兄ちゃんも、なにこっち見てんだぁ、てめぇ、よぉ」


「もう、さらっちまおうぜ、このガキよぉ~」


「この位置、防犯カメラの死角だかんなぁ~、おい!」


「クルマだぁ、クルマ、おいシゲルぅ、エンジンかけろやぁ」


「ガキ、てめえ、俺のクルマにチャリ倒しやがってよぉ、よぉ~く見ろや、ほら」


「おまえ、どんだけデケエ傷つけてんだよぉ、人様のクルマによぉ」


 その車を見ると、傷なんて一つもついていない。

 いや、よく見ると、少しは傷がついているかもしれないけど、夜の暗さだと分からない程度だ。

 でも、まあ、自分でチャリを倒して車に傷をつけてしまったのなら、仕方ない。


 一人の女の子、それも中学生か高校1年生くらいの小さな娘に、大人が寄ってたかって、本当に酷い話だ。

 まあ、でも運が無かったとしか言いようがない……。

 こんな男どもに絡まれてしまうとはね……。


 俺がコンビニに入ろうとして、自動ドアが開いたとき。


「アタシじゃないよぉ! 見てたもん!」


 突然、女の子が大声をあげた。

 もう涙は瞳から溢れて頬を伝っている。


「あぁ? こらぁ?」


「てめぇ、開き直りか?」


「逆ギレじゃん、おまえよぉ」


 男たちが一斉にたたみ掛ける。

 でも少女は、その弱々しく光る瞳に力を込めて、


「アタシ、お店の中から見てたもん! アンタたち、アタシの自転車をわざと倒したでしょう?」


と、さらに大きな透き通る声で叫ぶ。


「あぁ?」


「こらぁ、ボケぇ」


 男たちは少し慌てているみたいだ。


「アンタ、昨日、駅前でカオリにしつこく付きまとってた奴だよね?」


「……。」


 男たちが黙る。


「アタシが大声で人を呼んだから、逃げてったよね?」


 少女の声は震えている。

 きっと、怖いんだろう。

 俺なら、こんな危険な男どもにそんなことはとても言えない。


「アタシに嫌がらせするために、やったんだよね? これ……」


 少女は顔を歪めて必死に泣くのを我慢しているが、もう我慢はできないようだ。

 そして、何よりも少女のその顔は、そんな状態なのにも関わらず、凄く綺麗で可愛くて……。


 あゝ、俺は何を考えているんだろう。

 さっさと店の中に入ればいいものを、何を立ち止まってしまってるんだ。


 そう、俺は自分が立ち止まっていることに今、気付いたのだ。


「が、ガキぃ、てめえ、俺たちに何、恥かかせてんだよぉ」


 先頭の男が、ポケットから小さなナイフを取り出した。


(もう、何も言うな! 男は逆上してるんだぞ! それ以上言うなよ!)


 俺はそう少女に言った……、心の中で……。


「アンタたち、最近駅前でアタシたちによく声かけてくるけど、アンタたちとなんか……」


(言うなぁぁぁ!!!)


「アンタたちみたいな頭も顔も悪い男となんか、誰が一緒に遊ぶもんかよぉ!」


(お~~~い、それはダメなやつだ……)


「こんな田舎の駅前でイキがってないで、渋谷とか六本木とか行けよ! だせぇから、行けねえんだろ! どうせよぉ~!」


(あ~~~ぁ、ダメだ、今、そんなこと言ったら絶対ダメだぁ~)


「アァァァァァァァァァァァァァァァァァッァ」


 その男はナイフを思い切り振り上げて、そのまま少女に近づこうとする。

 少女はもう逃げることもできず、その場に立ち尽くす。


「アァァァァァァァァァァァァァァァァァッァ」


「ウリャァァァァァァァァァァァァァァァァァ」


 俺は少女と男の間に割って入るように身体を押し込み、男を思い切り車のほうに押し倒す。


 あゝ、なんでこんなことをしてしまったんだろう。

 今まで積み上げてきたものが……、この32年間で積み上げてきた俺の人生が……。

 まっ、結局、そんな必死に守るべきものなんか、何も持っていなかったのか……。


 この子は、今、自分の意志で、強い意志で、力では絶対に敵わない男たちに挑んだ。

 それは絶望と諦めの中で、最後の抵抗だったんだろう。


 この子の持つ力に比べれば、俺やこの男たちなんて、どうでもいい存在だ。


 あぁ~あ、可愛くて強い意志を持った女の子は反則だよ……。


 ドバンッ!

 ガンッ!


「テメェェェェェェ、エェェェェ」


「ウォリャァァァァァァァァァァ」


 俺は何とか男を押し倒したが、俺も一緒に倒れてしまった。

 そこに残りの男たちが集まってくる。


「なんだぁ、テメェはぁ」


「このやろうぉ!」


 一人の男は俺の顔付近を蹴り、もう一人の男は、特殊警棒のような物を出して、俺の足に振り下ろした。


(ウグッ)


 俺はここで初めて痛みを感じた。

 最初は棒で叩かれた足に走るような痛みを感じ、次にお腹のあたりから、熱い痛みを感じた。


 何とか手を動かして腹のあたりを探る……。


(あゝ、ナイフがすっぽりと俺の腹に、奥深くまで刺さってやがる……)


 喉の奥のほうから、何か熱い液体が逆流してきて、俺はそれがとても気持ち悪かった。

 首を持ち上げ、顔を斜めにして口を開けると、


「ゴッハァッ!」


 俺の口から真っ赤な血が勢いよく噴き出した。


「キャアァッ!」


 少女の叫び声が上がる。

 俺は少女のほうに顔を向けていた。


 男たちは、その血を見て、俺を殴るのを、蹴るのを、止めた。


「お、おぃ……」


「や、やべぇよ……」


 本当に……、覚悟が無いのなら、簡単にナイフを出したり、人を殴ったり蹴ったりしないで欲しいよ……。


 目がだんだんとかすみ始めて、意識が朦朧としてきた。

 痛みはあまり無く、ただ傷は熱い……。


 ま、まあまあな人生だったな……。

 32年間で何一つ積み上げることは出来なったけど、最後に何とか一つだけ積めた気がする。


 遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。


「も、もう大丈夫だ……」


 俺は少女にそう言った。

 微笑もうとしたけど、上手く微笑むことができたか分からない。

 それに、俺自身は全然大丈夫じゃない……たぶん……。


 少女は瞳を涙で溢れさせて、まだ泣くのを堪えていた。

 その顔は歪んでいるけど、最高に可愛い顔だった。


 傷口の熱さが徐々に消えていき、俺の意識も消えそうになる……。


 笑ったら、たぶん相当可愛いんだろうなぁ……。

 

 俺という存在が、こんな可愛い女の子のことを守ったんだから、俺の命は安くはなかった……と思う。


 あゝ、疲れた……、本当に疲れた一日だったな……。

 俺は静かに目を閉じた……。


~~~~~~~

~~~~~~~


「!?」


 眠りから覚めたような感覚で目を開けると、目の前には鉄板のようなものがある。

 

 身体に痛みは無い……。

 いや、痛みどころか、腕や足の感覚すら……、無い。

 首を動かそうとしたけれど、首の感覚も無い。


(あれ?)


 いつもよりも視界が広い。

 真上を向いて寝ているのに、横方向の景色も見える。


 俺の左右には、何か、スマホのような物が見える。

 俺の足の先には……、これは壁だな……。

 俺の頭の上には、広い空間が広がっている。


 非常用出口の緑の看板が部屋の中を照らしているが、それ以外の電気はついていない。


 頭の上方向の景色なので、上下は逆さまだが、入り口の自動ドアに何か描いてある。

 文字はこちら方向に書かれておらず、恐らく外に向けてかかれている。


(ん? なんて書いてあるんだ?)


 目を細めてよく見ようとすると、一瞬で景色がズームした。


(うぉっ!)


 ズームは少し自動ドアから位置がずれていたが、それでも文字はなんとか読めた。


(お忘れ物取扱所……、って書いてあるな……)


 俺は死んだんじゃなかったっけ?

 だとしたら、ここは霊安室じゃないの?


 お忘れ物取扱所って……、なんだ?

 それってよく駅にあるようなやつじゃなかったっけ?


 俺はまた目の前の鉄板を見る。

 ズームが元に戻る。


(これは……、棚か……)


 目の前の鉄板は金属製の棚の裏側だ……。

 そして、そこにはうっすらと俺の姿が映っている……。


(四角い……な……)


 長方形のその姿は、間違いなく……スマホだった……。


 ん? なんだこれは?

 俺は自分の手を上にあげるような感覚で、LEDライトを点灯させた。


(ま、眩しい!)


 光が鉄板に反射して何も見えなくなった。

 ち、違うな……。

 俺はライトを消し、液晶画面を点灯させた。


 省電力モードから回復し、液晶画面が明るく表示されると、周囲の明るさに連動して少し暗く調整された。


(最新の機能だな……)


 目の前の鉄板には当然のようにスマホの液晶が写り込んでいた。

 そして俺は、意識的に自分の視線を切り替えることができ、一瞬でスマホのロック画面が俺の真ん前に現れた。


 自分の目の前に画面がある、というよりは、視界が全てスマホ画面なのだ。

 大きな画面とか小さな画面とかではなく、スマホサイズの画面が全視界にピッタリと合っている感じだ。


(わ、割とクッキリ見えるんだな……)


 うーむ、にわかには信じられないけど、どうやら俺はスマホになったらしい。


 これが転生ってやつなんだろうか……。


(ってか、スマホかよっ!)


 手や指の感覚が無いのは不思議だけど、それよりも不思議なのは、目の前のスマホ画面を自在に操れるところだ。


(ってか、ロックがかかってる……)


 何度やってもスマホのパターンロックが外れない。


(んっ!)


 またカメラに切り替えてみる。


(おっ、もう一つカメラがあるぞ、背面カメラか……)


 こっちは真っ暗だ。

 スマホは背面を下にして棚に置かれているので、当然真っ暗で何も見えない。


 今使える機能は、前面カメラ(インカメラ)、前面LEDライト、電卓、タイマー、うーん、やはりロックを解除しない限り、何も使えないなぁ。


 あっ、ブラウザが使える!


(なんだ? この機能は?)


 ブラウザを立ち上げてインターネットに接続できる。

 お気に入りや閲覧記録は無いみたいだ。


 クッキーも無効なんだろう。

 ホームに指定されている検索サイト、要はグーグルに繋がった。


 ってか、俺は自分がスマホになったことを結構簡単に受け入れちゃってるのか?


 まあ、深く考えるのは後にしよう。

 今はそれほど眠くもないし、でもここは駅の忘れ物取扱所、ってことは、スマホの持ち主は電車の中か駅のホームかでスマホを失くしたんだな。


 今は……、まだ夜中の2時か……、微妙な時間だな……。


 持ち主が来ればロックも解除できるし、パターンも覚えられるからな。

 でもどうせ夜が明けて朝にならないと、持ち主は来ない。


 いや、朝に取りに来るとは限らないな……。


 俺はとりあえず、ネットを見ながら、時間を潰すことにした。


 まあ、とにかく俺はスマホに転生したらしい。

 なっちゃったものは仕方ない……な……。


 フリック入力を使わなくても検索バーに検索キーがスパスパ入力される不思議な感覚を楽しみながら、俺は、意外とスマホも悪くはないのかな……、と思っていた。


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