プロローグ1
暗い暗い闇の中、一人の少年が崖から落ちた。いや、落とされた。
そこが見えない只只どこまでも続く闇。
叫び声一つも叫ぶ事すら許さない強烈な理不尽な死への恐怖。
今までなんとか生きて来られたがこのとき少年はこう感じた。
死ぬならいっそ一瞬で。
崖から少年が落ちてどれ位の時間が経過しただろう。数十分、いや数秒かも知れない。只落ちていくだけの少年はもう生きる希望を失い、そんなどうでも良い事を考えていた。
(この穴は何処まで続くんだ?)
時の流れを忘れる程の絶望感。それを薄れさせる空気抵抗。
死。
死にたくはない。それは誰にでもある生への渇望。だが少年はこう考えた。恐怖と激痛に耐えながら生き抜く意味が何処にあるのだろうか。否、少年はもう諦めている。人という魔物に。世界という牢獄に。
そして、同時に思う事がある。
会いたい。こんな俺でも優しくしてくれた彼女に。
死にたい。
生きたい。
二つの大きな思いが少年の中で交差する。そして矛盾という言葉の中で消えていく。そして想像してしまう。
自分の苦しみながらゆっくりゆっくりと死んでいく無様な姿を。あざ笑うように少年を見下す同級生達を。無能と切り捨てる人間達を。そして―――
自分をあざ笑い、無能と見下す彼女の事を。
少年の目から一粒の水滴がこぼれ落ちる。
その水滴は涙と言う悲しみと喜びの象徴。このときの涙は言わずがもな悲しみの方である。
何に対して?
理不尽な死に対してか?
自分の情けなさか?
他人の自分を見るあの目に対してか?
彼女に見放される自分の姿にか?
それともこれら全てか?
次に浮かんでくるのは涙でも悲しみでもない。
只単純な怒り。
何に対して?
自分を突き落とした元凶にか?
自分の事を構いもしなかった人間達にか?
自分をあざ笑った者共にか?
彼女の傍に居られなかったこんな弱い自分に対してか?
若しくはまたこれら全てか?
悲しい。
憎い。
そんな感情が面に出てしまいそうだったとき、少年の周りが強く発光して辺り一面を包み込んだ。優しい光とは到底行き着かないような暗く、肌寒い中で光だけが少年を包み込み、数秒、ほんの数秒の間少年の体を停止させた。
それだけで良かった。こんな訳の分からない出来事でも少年にとっては感情を出さないために必要な時間だった。意味不明な現象に一つも不思議に思わない程にオーバーヒートした脳を落ち着けるために。
そこで少年は考えた。
こんな事になったのは何故か?
頭の中を様々な記憶と感情がフルスピードで流れていく。
俺が虐められていたせい?
俺が弱かったせい?
俺がこんなところに居たせい?
俺が彼女を好きになったせい?
(全てか。なんだ、全部俺のせいじゃないか)
少年の頭の中はもうショート寸前でまともな判断が出来なかった。いや、したくなかった。自分がこうなった元凶やその他の奴のせいにしたくなかった。もう考えたくなかった。自分のせいだと思い込む事によって自分がしてきた事なら仕方ないかと思いたかった。
死を、どんな死でも受け入れる事にしようと思っていた。いや、思いたかった。
だが少年はどうしても浮かんで来るあの少年をハエのように鬱陶しがってしかいないあの目付き。そんな奴の顔だけが鮮明に怒りと憎しみと共に浮かんで来る。
(なんで、なんで出て来ない! なんでこんな奴だけが……何故彼女が、琴乃の顔が浮かんで来ないんだ! 俺にとって俺にとって琴乃はその程度だったのか?)
否定したかった。だが、少年は今だけは否定できなかった。今だけはあの憎き男の顔しか浮かんで来なかったから。
恨みが少年を包み込む。
そしてまた一つここで思ってしまった。
もうどうなってもいいやと。
そこで少年の意識が一度途切れた。
この小説をご覧いただきとても嬉しく思います。これからも宜しくお願いします。