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高難度依頼

 討伐目標は、亡霊。今は亡き生者が剣を片手に、深い森の中をさまよっているそうです。道行く生き物の首を切り落とすことから、首切り亡霊と呼ばれています。

 亡霊討伐の証拠品は、その剣。なんでもとても希少なもので、何がなんでも手に入れたいんだそうです。

 亡霊が怖いわけではなく、ただの欲というわけですね。

 とはいえこの依頼、受注した何十人かは行方不明になっているんだそうで、難易度だけは高いです。

 というわけで少女は今、魔の森にいます。

 人間界と魔界を繋ぐ道で資金を調達することになるとは、さすがに少女も予想がつかなかったでしょう。

 少女はパニックになって適当に依頼を選んだ過去の自分を恨みます。数十秒くらい公開して、疲労で重くなった身体に鞭をうちました。

 腰のベルトくらいは無理をしてでも買っておいた方が良かったかもしれません。少女は未だに剣を抱えています。

 朝方から村を出発し、今はもう月が高く昇っています。疲れが溜まってもおかしくないでしょう。

 戦いに慣れた人間らしからぬ行動ではありましたが、少女は急いていました。

 世界を滅ぼすとまではいかなくとも、いつ魔王が大量虐殺を行うのかわからないのです、それだけは止めたい。

 死なせたくないという決意が、今の少女にはありました。無謀とも言いますが、少女はその事に気付けませんでした。

 疲れは判断を鈍らせます。それは、重々理解していたはずでした。

 少女は頭を軽く押さえながら、目を擦り――目の前に、突然黒い頭蓋骨が浮かび上がりました。

 闇に溶けていたかのように、姿を現します。

「ひゃ!」

 少女は短く悲鳴を上げるも、反射的に剣を抜き放ち、同時に頭蓋骨の少し下へと剣を振るいます。

 通常、人の首が存在する位置です。ですが、亡霊にそんな常識が通用するはずもありません。剣は虚しく空を斬り、すぐ横の大木に食い込みました。

 少女の反応速度は対したものですが、亡霊にとっては大きな隙が生まれただけです。好機と見たのか、突如空中に黒い腕が現れました。手にはきっちりと金色の剣が握られています。依頼のブツでしょう

 少女は剣から手を離すと、咄嗟に身を屈めました。すぐ頭上を刃が横切ります。

 背筋に冷たいものを感じながら、少女は屈んでいた足に力を込め、頭蓋骨に手を伸ばしました。

 亡霊と言えども、一応実体はあるようです。少女は頭蓋骨を片手で鷲掴みにすると、剣が刺さったままの大木へと思い切り叩きつけます。

 重低音に混じって、ピシリ、という音が聞こえました。

 痛みはあるのでしょうか? それに構わず少女はもう一度叩き付けようと、頭蓋骨を持ち上げましたが、叩きつける直後に腕を掴まれてしまいました。

 亡霊の腕でしょう。剣を握っている腕以外にも、ちゃんともう片方あったようです。

 何もなかった空間から突如現れたということは、空間移動でもするのでしょうか。興味深い。

 それでも無理矢理頭蓋骨を叩き付けようとしましたが、物凄い力で少女の腕を締め付けます。動けば動くほど力が増し、骨が軋みます。

 少女は左手で大木に食い込んでいる剣を引き抜くと、手首の動きで頭蓋骨を投げ、握った剣で頭蓋骨を斬りつけました。

 すると、少女の腕を締め付ける力が緩みます。手応えありです。

 少女は腕を振り解くと、バックステップで頭蓋骨から距離を取りました。

 斬りこんだ箇所に、大きなヒビが入っています。ですが、単純にこの頭蓋骨を破壊するだけでは、亡霊は討伐したとは言えません。


 亡霊を討伐する方法は三つ。

 一つ目、勇者の持つ、『退魔』の属性で打ち取る。勇者の特権です。

 二つ目、弱ったところに癒しの魔法を唱える。これが一般的な方法ですね。

 三つ目は亡霊とその周りの悪しき空気を消滅させてしまう方法です。高圧縮された力でならそれが可能になるでしょう。いわゆるチート系ですね。


 この中から一般的なものを一つ選んだ少女は、両手で剣を構え直します。ダメージが大きかったのか、亡霊は先程から動きを見せません。

 荒い息を静かに整え、姿勢を低くします。

 そして、一気に距離を詰めます。

 狙うは鼻、多少ズレたとしても当たってしまえばこちらのものです。

 やはり、疲れが溜まっていたのでしょう。

「ッ!」

 胸に激しい痛みが走りました。息がつまり、派手に転びます。

 いきなりのことに、少女の思考が完全に止まってしまい、目を閉じます。

 視界が暗転していても、亡霊は少女を待ってはくれません。

 少女が目を開くと、すぐ目の前に頭蓋骨が漂っていました。

 か細い首を黒い腕が掴み、絞めあげます。少女の顔が苦しく歪み、口からは血が飛びます。

「ゥ……ァアア!」

 視界が眩み、なにがなんだかわからなくなります。どこに何があるかわからないまま、少女は剣を振るいました。

 一度、二度三度。人間とは思えないほどの力で、空を薙ぎます。

 五度目、頭蓋骨の中心を捕らえたのを意識の端で感じ取りました。

 おそらく最後のチャンスです。少女は渾身の力を込めて、頭蓋骨を吹き飛ばしました。

 手に握っていた剣も、どこかへ飛んでいってしまいましたが、締め付ける力が弱まりました。なんとか危機を脱せたようです。

 無我夢中で空気を肺に取り込みます。すぐに意識がはっきり戻ってきましたが、胸の痛みは収まりません。

 胸に手を当てると、すぐに原因がわかりました。

 剣です。金色の剣が少女の胸に突き刺さり、白の洋服を赤々と染めています。

 確かに少女と頭蓋骨の間には何もありませんでした。しかし、それは少女の視界から見て、の話です。

 実際には漂っていたのです、姿を消した剣が。

 突如出現した頭蓋骨を見た時点で考慮に入れておくべきだったでしょう、アブノーマルな魔法の存在を。

 首を掴んだままの手を外し、少女はふらつきながらもなんとか立ち上がります。

 蒼の色をした瞳は、遠くに落ちている頭蓋骨を写しました。動きはないようです。

 荒々しく空気を取り込み、一歩一歩、ゆっくりと歩を進めます。剣がなくとも、亡霊という存在は消してしまえるのです。

 相手の意識が回復する前に、それで潰してしまえば……。

 数分かけて、ゆっくりと頭蓋骨に近付き、両手で触れます。動きはありません。

 少女は激痛に耐えながら、両手に力を集中させました。回復魔法です。

 すると、憎しみ、悲しみ、絶望。どれともとれる黒い叫びが少女の意識を苛みます。

 少女は必死に目を瞑り、集中しました。頭が揺れ、意識を侵食され、恐怖で涙が溢れ、ガタガタ歯を震えてしまいます。

 そんな中、さらに数分。徐々に亡霊の叫びが小さくなっていき、ついに途絶えました。

 静寂に包まれた森の中で、少女は恐る恐る目を開けます。

 そこには、白くなった頭蓋骨が落ちていました。動きはありません。

 心無しか、安らかに眠っているようにも思えます。

 不思議そうに少女が頭蓋骨に触れると、頭蓋骨は光の泡となって消えてしまいました。

 少女の勝利です。

 せっかくの勝利だと言うのに、少女は胸に穴が空いたような、なんだか虚しい気持ちになってしまいました。いえ、文字通り穴が空いてはいるのですが。

 少し、寝てしまおう。

 少女は目を瞑ると、そのまま横へ倒れ込みました。

 疲れてしまったのでしょう、今はゆっくりおやすみなさい。

 時刻は夜明け。日が昇り始め、空を紅く照らしていました。


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