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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第一章 きみに捧げるミステリ
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第一章―06

 三年四組の教室は、何だかそれっぽくセッティングされていた。

 電気が消され、カーテンも閉ざされているため、室内は真っ暗だ。教室後方の棚に二つ立てられたろうそくの明かりだけが心許ない光源だった。

 教室前方では机が退けられ、スペースが作られている。そのスペースの中心に一つだけ机が置かれていて、その上ではろうそくが炎を揺らしていた。

「ここからは私語厳禁でお願いします。わたしの指示に従って行動して下さい」

 どうやら、この場は霊媒の小田切さんが仕切るらしい。一同を見回す彼女の緊張した面持ちを、ろうそくの薄暗い明かりが照らしていた。

「これからみなさんには、このろうそくの載った机を取り囲むように、円を作ってもらいます。順番は任意で構いません。円が出来たら、みなさんはそれぞれ隣り合った人と手をつなぐようにして下さい。いいですか?」

 俺は黙って頷いた。見れば、真結も緊張した表情で顔を伏せている。驚いたことに志ヶ灘でさえも、小田切さんの問いかけには生真面目に頷いていた。

 真っ暗な密室空間とか、ろうそくの炎とか。そういういかにもなガジェットが揃っているせいだからだろうが、嫌でも場の緊張が高まってくる。六月下旬に学生服を着ているはずなのに、肌寒いようにすら感じられた。

 小田切さんの指示に従って、俺たちはろうそくの載った机を取り囲むように円を作った。順番は時計回りに、小田切さん、真結、俺、古川、志ヶ灘の順だ。円だから、小田切さんと志ヶ灘が隣り合っていることになる。

「では、隣の人と手をつないで下さい」

 小田切さんの言葉通りに、俺は隣同士になった真結と古川と手をつないだ。心なしか、握った真結の手が汗ばんでいるような気がした。

「最後に、もう一度だけ忠告します。これから、わたしは霊媒となり、コウライさんの霊に身を委ねます。わたしの意識がなくなったときの進行役は、古川くんです。それ以外のみなさんは、これから何が起こったとしても、絶対に声を発したり、動いたりしないで下さい。コウライさんに意識を集中させ、彼女のことを強く祈って下さい。いいですね?」

 有無を言わせぬ小田切さんの言葉に、全員が厳粛に頷いた。

 小田切さんはもう一度、円になった俺たちの顔をゆっくり見回すと、「では、始めます」と言って、そして静かに目を閉じた。

 小田切さんが沈黙した後の三年四組の教室からは、一切の音が消失した。

 私語はもちろん、咳払いや衣擦れの音さえも皆無。喋ることを禁止されただけなのだから、身じろぎくらいはしても構わないはずだが。それでも、場の緊張のせいで俺は金縛りに遭ったように動けなかった。

 そのうち、痛いほどの沈黙が耳鳴りとなって、耳の奥に響いてくる。

 きーん、と甲高い耳鳴りは、まるでそれ自体が幻聴のよう。聞こえるはずのない声が聞こえてきそうで、心臓の鼓動が早くなる。つないだ真結の手が汗で滑って、俺はその柔らかな手を握り直した。

 どのくらい経っただろう。

 五分か、十分か。五感の正常な作用が妨げられたこの状況下では、時間感覚も狂ってしまってよく分からない。ろうそくの火を見続けていたら、目の奥がじんわりと痛んだ。

 そうして、集中が途切れそうになったとき。

 それは、前触れもなく訪れた。

 

 教室の後方で、何かが割れるような鋭い音が響いたのだ。


 がしゃん、がしゃん、と。一つだけじゃない。続けて、二つ――。恐らく、教室の棚に置かれていた花瓶か何かが、床に落ちて割れたのだ。

 ひっ、と真結が悲鳴を上げそうになる気配がした。

それでも小田切さんの忠告のおかげか、彼女は大声を出すまでには至らない。その代わりのつもりなのか、つながれた俺の手に、痛いくらいの力が篭められた。大丈夫だから、というつもりで、俺も同じくらいの力で真結の手を握り返す。

 しかし、動揺している場合ではなかった。


 その次の瞬間、まるで申し合わせたかのように、教室中のろうそくの炎が消えたのだ。


 教室後方の棚にあるのが二本で、目の前の机に置かれているのが一本。その三本に灯されていた炎が、ほとんど同じタイミングで消えた。

 誰も、ろうそくに手を触れていないにもかかわらず、だ。

 まさか、などと思っている場合ではない。

 この教室の唯一の光源が、その三本のろうそくだったのだ。それが消えたらどうなるか。言うまでもなく、三年四組の教室は、一瞬にして真っ暗闇に閉ざされたのだった。

 しかも、さっきまでろうそくを見つめていたせいだろうか。明暗の変化に視神経が付いていけず、視界がほとんどゼロになる。自分の手すらも見えない暗闇の中で、さっきまで見ていたろうそくの炎が、残像としてチカチカと明滅した。

 さらに、超常現象は続く。


 ろうそくが消えた後、今度は教室の机が音を立てて鳴り始めたのだ。


 かたかたかた……かたかたかた……という程度の、小さな音。それが一定のリズムを刻むように、暗闇の教室に響き渡る。

 まさか、暗闇のどこかに、俺たち以外の何者かが現れたんじゃないか――。

 疑心暗鬼まで生まれてくる。そんなわけないと、頭では分かっているのに。

「あ……あ……」

 不意に、ノイズのような声が聞こえてきた。喉の奥で鳴らすような、えづくような声。姿は見えなくとも、小田切さんだとすぐに分かった。

 真結とつながっている右手に、さらに力が篭もる。

「みなさん、静かに。霊媒がトランス状態に入りました」

 これは、古川の声だ。暗闇で姿は見えないが、確かに俺と左手でつながっている。

 小田切さん――霊媒はそれからしばらくの間、呻くような声をぶつ切れに発し続けた。苦痛に耐えているような、悲痛な声……それが頭の中で、凄惨な自殺を遂げたコウライさんのものと重なった。

 どれくらい経っただろう。

 ふっ、と意識が途切れるように、霊媒から呻き声が消えた。その代わりに、今度は深く息を吸い込むような音が聞こえてくる。

 霊媒は何度か深呼吸を繰り返した後、不意に声を発した。

「あ、ああ、あああ……」

 さっきまでの呻き声とは異なり、明瞭な音声だった。しかし、その声は低く重たく、とてもあの清楚な小田切さんのものとは思えない。

「あなたはコウライさん、ですか?」

 古川が霊媒に声を掛けた。

「……………………」

「コウライさん。僕の言葉が分かったら、返事をして下さい」

「…………はい」

 霊媒が、初めて意味のある言葉を発した。

「ありがとうございます。よく来て下さいましたね」

「……わたし……は」

「…………?」

「わたしは、痛い……。痛い……」

 霊媒の口から呻くような声が零れる。え、え、とえづくような、ぶつ切りの嗚咽。

「コウライさん。あなたに一つ、頼みがあるのです。聞いていただけますか?」

「……………………」

「コウライさん?」

 短い沈黙ののち、「はい」と小さな返事があった。

「ここに、奈須西京輔という男子生徒がいます。この高校の二年生です」

「……………………」

「実は最近、彼の元に奇妙な物が送られているのです。封筒に入ったろうそくと、」

「わたしじゃない」

「え?」

「それは、わたしじゃない」

 いやに明確に、霊媒はそう告げた。

「わたしじゃない……。あれは、コウライさんがやったんじゃないと仰るんですか?」

「……………………」

「コウライさん?」

「……………………」

 それきりで、霊媒は何も口にしなくなってしまった。古川も黙り込み、そのまましばらく沈黙の時間が過ぎる。

 何度、真結の手を握り直しただろう。

「駄目です」

 不意に、そんな声がした。霊媒――いや、小田切さん本人の声だった。

「コウライさんは去りました……。もう、終わりです」

 そう言ったなり、小田切さんの身体ががくんと前のめりに倒れた。正確には、手で結ばれているので、前のめりになっただけで倒れはしなかったが。

 気付くと、いつの間にか暗闇にも目が慣れていた。

「どうやら、終わりのようですね」と古川。「みなさん、もう手を離してもらって構いませんよ。とりあえず電気をつけましょう」

 その一言で、全員がどっと肩の力を抜く気配がした。意識を失って倒れそうになる小田切さんは、彼氏でもある古川が介助しているみたいだ。

 真結はと言えば、俺が手を離したなり、その場にへたり込んでしまっていた。真結、と呼び掛けても返事がない。虚脱の境地にいるようで、魂が抜けたみたいだった。

 志ヶ灘の方は、冷静に教室の電気をつけに向かったようだ。しばらくののち、教室中の蛍光灯がぱっと灯る。教師に見付かるとまずいが、今はとにかく明るさが懐かしかった。

 そして――。

 最後の謎は、すべてが終わった後、カーテンを開けたときになってようやく現れた。

「……おいおい」

 カーテンを開け放った俺は、その趣味の悪さに、少しばかり呆然としたのを覚えている。


 教室中の窓ガラスに、赤い手形が残されていたのだ。

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