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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第四章 俺と彼女のミステリな日常
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第四章―13

 暗号の答えはこうだった。

 彦星=奈須西。織姫=志ヶ灘。

 すなわち、この一連の事件の犯人は――。

「お前だったんだな。志ヶ灘藍」

「二時間ドラマじゃないんだから、そういうのやめて下さい。恥ずかしいじゃないですか」

 志ヶ灘は普段となんら変わらぬ様子だった。俺にとっては自分たちを織姫と彦星に見立てる方がよっぽど恥ずかしい気がするのだが、女の子の恥ずかしさの基準はよく分からない。真結も喫茶店で堂々と「わたし、誘拐されちゃいました!」とか言っていたみたいだし。

「結局、せんぱいに全部暗号を解かれちゃったんですね」

「まぁな。昨日、徹夜で考えてようやく解けたんだ。今日は寝不足だった」

「なら、おあいこですね」

 志ヶ灘は俺の隣に並んだ。橋げたに背中を預け、遠くの空を眺める。

「私も、あの暗号を考えるのに丸一日使いましたから。せんぱいが解くのに徹夜したなら、勝負はおあいこってことです」

 勝負ねぇ、と思いながら、俺は天川の流れに目を落とした。

「しかし、えらく少女趣味なことをしたもんだな。自分と俺を織姫と彦星に見立てて、天の川に架かる橋に見立てたこんな場所で、七夕の夜に会おうなんてさ」

「なに言ってるんですか。日時を指定したのはせんぱいの方でしょ」

「それはまぁ、そうだけど」

「それに、前に言いませんでしたっけ。私って意外と、こういうの嫌いじゃないんですよ。情緒的で空想的な感じのするやつ」

 自分で意外というあたり、どうやら性格は自覚しているらしい。確かにリアリストな志ヶ灘にそういうのは似合わないよ、なんて言ったら、真結にまた怒鳴られそうだが。

「私にも、たまーに、こんなことしたくなるときがあるんですよ。普段はそういうのと無縁の生活を送ってるだけに、その反動として」

「反動として、俺にこんなラブレターを送ってきたのか。えらく嫌味な動機だな」

「いいじゃないですか。気持ちに嘘はないんだから」

「…………ん」

 互いの手の内を探り合うような会話の中、志ヶ灘が核心に触れるような発言をしてきて、少し戸惑う。咄嗟に、なんと返せばいいのか分からなくなる。

 そんな俺の様子を察したのか、志ヶ灘が呟くように言った。

「せんぱい。言っときますけど、私はまだ何も言ってませんからね。せんぱいはまだ何も知らない状態です」

「んなこと言ったって……」

 コウライさんのおまじないの正体がアレで、その犯人が志ヶ灘だって分かったんだから、もうすべて明かしたようなもんだろうが。

「いいですから。そういうことにしといて下さい」

「……でも」

「お願いですから」

 志ヶ灘にお願いされては、さすがに「分かったよ」と言わざるを得なかった。きっと、向こうにしても順序ってものがあるんだろう。とにかく、俺はまだ何も知らない状態だ、と。

「さて。じゃあ、まず何から説明してもらおうか。とりあえず、コウライさんのおまじないについて詳しく聞かせてくれない?」

「詳しくって言われても……せんぱいが知ってる通りですよ。もう一度、私の口から説明しろって言うんですか」

「いや、そうじゃなくて。一つ、気になってることがあるんだ。どうして、あれがおまじないになり得たのか。自分の名前を暗号にしてるだけじゃないか」

「ああ、そのことですか。……せんぱい、覚えてますか? コウライさんのおまじないには『このこと、誰にも口外するべからず』っていう一文が必ず用いられるってこと」

「うん。覚えてる」

「元々は、あれが始まりだったらしいんです。すなわち、意中の人に『このこと、誰にも口外するべからず』と書かれた変な物を送りつける。そして、その人がもし最初に自分に相談してくれたなら――言い換えれば、それだけの信頼を自分に寄せてくれているのなら――告白が成功するっていう、まぁそういう相手を試すようなおまじないだったんです。……もっとも、最近ではそれも形骸化してしまって、自分の名前を暗号にして相手に送りつけるっていうスリリングな部分におまじないの効果が求められているみたいですけど」

 志ヶ灘は何だか他人事のように語った。そういえば、俺があの封筒を発見したとき、その謎について初めて相談したのは志ヶ灘だったっけ。よくよく思い返せば志ヶ灘の方も、俺が初めてこの謎について相談したのは誰か、と尋ねていたような気がする。

「本当なら、私だってあんなのに頼りたくはなかったんですけどね」

 志ヶ灘は話を自分の方へ持っていった。だんだん話が核心に近づきつつあることを感じて、何故だか俺も緊張してくる。

「自分の気持ちを相手に伝えることくらい、誰かの手助けを借りなくても一人でやりたいって思ってたんですけど……。でも、駄目でした。結局、邪魔するだけの勇気がなくて」

「邪魔って?」

「篠田先輩のことです。私がせんぱいにそういうことを言ったら、きっとせんぱいと篠田先輩は今のままじゃいられなくなるでしょ?」

 ……そうか。

 志ヶ灘も、そのことに気付いていたのか。俺が第三者に告白された時点で、俺と真結の関係はおかしくなるってことに。ただの、気楽な友達関係じゃいられなくなるってことに。

「篠田先輩はいい人だし、せんぱいだっていい人です。だから、その二人が仲良くやっているところに、私なんかが入っていって邪魔するわけにはいかないと思って……。でも、そうやって悩んで、うじうじしているのはもっと嫌でしたから」

 だから、志ヶ灘は。

「コウライさんのおまじないに懸けることにしたんです。最後までせんぱいにバレずにおまじないを成し遂げ、駒を進めることが出来たら、そのときこそは……って、そう思って」

「でも……」

 実際は、途中で気付かれた。調査を進めるうちにコウライさんのおまじないの存在が浮上し、その正体が明らかになり、そしてついに犯人までもが判明した。

 でも、だったらコウライさんのおまじないに懸けた志ヶ灘はどうなる?

「最初は、途中でバレたらその時点でやめようって、そう思ってたんですけどね。何もなかったことにしようって。でも、途中でバレちゃったにもかかわらず、結局ずるずる、こんなところまで来ちゃいました」

「今さら、なかったことにするのか? お前がコウライさんのおまじないをやったって事実も、その目的も」

 知らず知らず、言葉が尖った。

 だって、俺と真結の関係はそのために――コウライさんのおまじないのために、おかしくなってしまったんだぞ。結果論かも知れないが、あれさえなければ、俺は真結に変な形で告白しようとしたり、それで失敗して傷ついたりはしなかったはずだ。

 それなのに、今さら全部なしにしようなんて。

 コウライさんのおまじないは最初からなかったことにしようなんて。

 いくら後輩の志ヶ灘でも、それは……。

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