第四章―12
納涼祭があったのが日曜日で、その翌日が月曜日。その日付は、七月七日。
七夕だった。
俺は嫌味を込めて、送られてきた封筒に自分のメッセージカードを入れると、そいつを高校のとある人物の靴箱に投函した。
メッセージカードには、こう書いてある。
『七月七日、午後七時。しかるべき場所まで参られたし』
昨日の反動が出たのか本日の俺は死ぬほど絶不調だった。徹夜で頭をフル回転させていたんだから当たり前だが、講義形式の授業では例外なく睡眠学習を敢行。それどころか体育の水泳の最中にも、危うく眠りかけて溺れるところだった。五時間目の英語の授業中にはさすがに睡眠学習を咎められ、それでも説教中も意識が朦朧としていたものだから逆に心配されて保健室に連行された。そこで放課後までたっぷり睡眠を摂ってステータスを回復させ、俺の一日は終了する。
今日は、真結とは一度も話さなかった。
でも、まぁ構わない。真実が明らかになって暇が出来たら、そのときにまた悩めばいい。
今の俺が考えるべきは、犯人の処遇についてだ。
七月七日、午後七時。
俺はとある場所に来て、とある人物を待っていた。
天空を見上げれば、幾多の星々。夏の大三角もよく見える。先週まで街を覆っていた雨雲はすっかり晴れて、たまに吹く風の気持ちいい夜だった。
さて、ここはどこか。
犯人には『しかるべき場所』としか伝えていなかったが、まさか分からないということはあるまい。恐らくここは、犯人がいつか俺を呼び出そうと思ったときにも使おうとしていた場所だろうから。
ヒントは、三つ目の謎。
十枚の封筒は、俺の家のポストと学校の下駄箱とを交互に行き来して入れられていた。これは何故か。
七夕伝説のことを思い浮かべれは、答えはすぐに見付かる。織姫と彦星は天の川に隔たれ、七夕の夜にしか会うことが出来なくなった。中国の七夕伝説では、七夕の日にカササギが橋を架けてくれたので、二人は再会できたとされている。
そのロマンチックなエピソードに現実を重ね合わせようとすれば、だ。
俺の家のポストと学校の下駄箱とは、それぞれ引き離された織姫と彦星の象徴。その二人の再会場所としてもっとも相応しいのはどこか。
この街には、ちょうど都合のいい地名が存在する。
すなわち、天川とそこに架かる天の橋。
俺の家は県立西高と天川を挟んで反対側にあるから、七夕伝説の見立てにはちょうど良かったというわけだ。
俺が犯人に指定した場所は、天の橋だった。
「……来ねぇな」
呟き、橋げたに背中を預ける。まさか場所が分からないってことはないだろうが。
俺は腕時計を眺めて、昨日解いた謎のことを思い出した。
昨日……というか今日の朝方になった頃だったろうか、俺はようやく謎解きへのインスピレーションを得た。
あの謎は、やっぱり形式から考えないと駄目だったのだ。
アイテムの名前を英語にしたり何なりしているとき、俺はふとこのアイテム名を平仮名にしてみることを思いついた。
すると、こうなる。
番号 中身
1 ふきながし
2 きんぎんすなご
3 ごしきのたんざく
4 ろうそく
5 そうめん
6 たなばたにんぎょう
7 なつのだいさんかく
8 ささのは
9 ゆかた
10 かささぎ
これを暗号解読のためのコード表みたいなものだと考えたらどうだろうか。
たとえば、1-1だったら「ふ」、1-5だったら「し」、2-2だったら「ん」といった具合に。それだったら、封筒の中身がこれらのアイテムじゃなきゃいけない理由が説明できる。理由はただ一つ、暗号解読のために必要だったから、だ。
しかし、そこで俺はまた壁にぶち当たった。
中身がこうである必然性は説明できるものの、どうして番号が十番までじゃないといけないのか、という部分が説明できない。何か十という数字に縁深いものは……と考えて、ふと思いついた。
あかさたなはまやらわ。
これ、ちょうど十個だ。コード表というあたりからも何かにおう気がする。この十個の文字と、何かうまいこと関連づけられないだろうか。
たとえば、だ。
あかさたなの五十音表で指定された文字を、このアイテムのコード表で換字する。「あ」と言われたら、1-1と考えて、「ふ」と変換する。「お」と言われたら1-5だから「し」。「き」と言われたら2-2だから「ん」といった具合に。
そこまで来て、俺は強烈なインスピレーションを得た。
この暗号のモチーフは七夕伝説、織姫と彦星の見立てだ。
メッセージカードにはこうあった。『二人の名前を当ててみせよ』と。
もし、この二人というのが織姫と彦星のことだったら。そして、その織姫と彦星をアイテムのコード表で換字することが出来たら。
予感めいたものがあった。この謎解きは、これで正しい、と。
だから俺は実際にやってみた。まず、彦星の方から。
彦星を平仮名に直して、「ひこぼし」。「ひ」はハ行二段だから、6-2。「こ」はカ行五段だから、2-5。「ぼ」はとりあえず「ほ」と読み替えてハ行五段、6-5。「し」はサ行二段、3-2。
6-2、2-5、6-5、3-2。
この四つをアイテムのコード表に入れてやると――。
たなばたにんぎょうの「な」、きんぎんすなごの「す」、たなばたにんぎょうの「に」、ごしきのたんざくの「し」。
なすにし――奈須西だ。
ぞくり、と身体が震えたのを覚えている。
彦星が奈須西を示すというのなら、織姫は誰を示すのか。このロマンチックな暗号を、俺は手を震わせながら解いた。
1-5、9-2、6-2、7-4。
その暗号が示した名前とは――。
「遅れちゃいました。すいません」
不意に背後から声を掛けられた。自分の仕掛けた他愛ない悪戯が見付かってしまったときのような、照れ笑いの口調。
俺はそこに現れた人物を見てにやりと笑みを含み、そしてこう言った。
「よく来たな。志ヶ灘」




