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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第一章 きみに捧げるミステリ
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第一章―05

そして翌日。

 降霊会とやらは、どうやら放課後に無人の教室でやるらしかった。真結から伝え聞いたところによると、明るい場所や賑やかな場所では霊が降りてきてくれないそうだ。その他、参加者全員の心が一つにならないと霊を召喚できないとか、降霊会の最中は何があっても喋っちゃいけないとか、色々と注意を受けたが全て右から左に受け流した。

 さて、日は沈み、午後七時。

 俺と志ヶ灘と真結、それにオカルト研の古川と小田切さんは、待ち合わせ場所である校舎の玄関口に集まっていた。

「みなさん、こんばんは。お忙しいところをお集まりいただき、どうもありがとうございます」

 古川の慇懃っぷりは今日も冴えている。黒縁眼鏡の奥の目が含みありげに笑っているのも昨日と同じだ。

「我々の都合で急に決定してしまい、ミステリ研のお二人と篠田さんには申し訳ありませんでした。しかし、暦などの都合上、今日が霊を呼ぶには最適の日だったのです! ですから、奈須西さんをコウライさんの脅威から守るためにも、」

「私たち、ごたくを聞きに来たんじゃないです」

 ぴしゃりと古川の長ゼリフを切って捨てたのは、志ヶ灘藍だった。冬用の紺色セーラー服に身を包んだ彼女は、骨の浮く細腕を組み、獲物を狙う肉食獣のように瞳を爛々と輝かせている。「降霊会でも何でもいいから、さっさとやりましょう。そして、今度こそ勝負をつけようじゃないですか」

 お前は何と闘っているんだ。対する古川は、志ヶ灘をいなすように苦笑を浮かべる。

「勝負ですか……。我々は別に交戦意志はないのですがね。まぁ、どちらにしろそろそろ参りましょうか。ここでこうしていても、蚊に刺されるだけです」

 そう言って、古川は校舎に入っていった。俺たちも続く。本当はこの高校、午後七時以降は生徒の校舎内立ち入り禁止なのだが。何をやっていたんだと教師に問いつめられて、「降霊会をやろうとしていたんです!」なんて言い訳が通用するとも思えない。見付からないといいなぁと希望的観測を行いつつ、こつこつと暗い校舎に足音を響かせる。

 夜の学校は、静かだった。

 薄暗がりに伸び、先が暗闇に消えている廊下。非常警報設備の、ぼうっと赤い光。動きを止めた教室の椅子や机は、さながら廃墟か墓場のように見える。夜の学校って、それだけで何か不気味なものを持っているような気がした。

 コウライさんが最後に在籍していたのは、三年四組。

 だから、コウライさんの降霊会も、その教室でやるということだった。

「オーケー。誰もいないようですね。どうぞみなさん、中へ」

 古川がボーイのような身のこなしで、俺たちを教室の中へ招く。カーテンが閉められていて、中は薄暗かった。中を観察していると、不意に小田切さんが、

「あの……奈須西さんと、志ヶ灘さん。ちょっとこちらへ来てくれますか。降霊会のことで、二、三、伝えておきたいことがあるので」

 俺と志ヶ灘は顔を見合わせて、小田切さんが手招きする廊下へと出た。真結はいいのかな、と思ったが、彼女は昨日オカルト研の二人と食事をした際に、既に説明を受けているのだろう。教室の中で、「セッティングをするので、篠田さんも手伝っていただけますか?」という古川の声がした。

 小田切さんは俺と志ヶ灘を交互に見やると、「これからのことについて説明します」とか細い声で言った。

「これからわたしたちが行うのは、お二人もご承知の通り、コウライさんの霊との接触です。かつて、この教室で悲惨な最期を遂げたコウライさんの霊魂を、現在に呼び戻します。一応お訊きしますけど、お二人はこういう会の経験は?」

「いや、あるわけないでしょ」

 と俺。志ヶ灘は否定も肯定もしなかったが、黙って小田切さんを睨んでいた。

「そうですよね。では、きちんと説明します。

 まず最初に、お二人にしっかり覚えてもらいたいのは、霊とは極めて危険な存在である、ということです。霊魂には、いまだ科学的根拠が与えられていません。それだけに、わたしたちが接触しようとすれば、科学的には解明不可能な現象が起こり得ます。えっと、お二人はポルターガイスト現象ってご存知ですか?」

「ポルターガイスト現象か……」と俺。「聞いたことはあるけど、どういうものかってのは、よく知らないな。無知でごめん」

「典型的な超常現象のことですよ、せんぱい」

 隣の志ヶ灘が、醒めた声で言った。

「たとえば、誰も手を触れていないのにテーブル上のコップが落ちて割れたり、あるいは原因不明の発火が相次いだり、あるいは夜な夜な物を叩くような音が聞こえたり……。要するに、通常では説明のつかない不可思議な現象のことです。もっとも、大半がいたずらか誤解かで片付くんですけどね」

「そのポルターガイスト現象は、降霊会ではよく起こることなんです」

 小田切さんがさらに説明を加える。

「物が何の前触れもなく動き出したり、音を立てたり……。もしかすると、これから行う降霊会でも、そんなことが起こるかも知れません。でも――これはお二人にお願いしたいんですけど――そういう現象が起こったとしても、絶対に集中を切らさないで欲しいんです。驚いて叫んだり、怖くて暴れたり、そういうことは絶対にしないようお願いします。霊は非常に繊細な存在。誰かの集中が途切れたり、会が乱れたりすれば、すぐに消えてしまいますから」

「はぁ……まぁ、分かったよ」

「ありがとうございます。……それから、もう一つ。既に知っているかと思いますけど、今回の会ではわたしが霊媒となります。霊媒については、ご存知ですか?」

「うん。平たく言えば、霊能力者のことだよね」

「そうです。わたしがいわば媒体となって、コウライさんの霊をこの場に発現させるんです。ただ……申し訳ないことに、わたしの霊能力はあまり強いとは言えません。みなさんの助けがなければ、コウライさんの霊を呼び出すことは出来ないんです」

「俺たちが助ける? 小田切さんを?」

「そうです。降霊会というのは、参加者全員の意識がどれだけ一つになれるかに懸かっているんです。わたし一人だけじゃ、駄目。だから、お二人にもコウライさんの霊のことを、強く祈ってもらいたいんです。コウライさんが自殺したときの苦しみ、恨み、かなしみ……そういったものを、深く心の中に描いて下さい。そうして、わたしたちの意識が一つに重なったとき、必ずコウライさんは出てきてくれます。いいですか?」

 こくん、と俺は無意識のうちに頷いていた。

 参加者全員の意識がどれだけ一つになれるかに懸かっているんです。

 結局、それなのだ。

 人間は機械じゃない。心っていう、一筋縄じゃいかない厄介なものを抱えている。それゆえ、時には心が暴走して、人間はありもしない幻覚を見たりする。

 確かに、幻覚ってのは事実じゃない。でも、それは決して嘘というわけでもないはずだ。幻覚を見ている人にとっては、確かにそれが真実なのだから。

 故に、本当に信じた者には、見える。霊魂だろうと、何だろうと。

もしかすると、この降霊会でも――。

「お待たせしました」

 ちょうどそのタイミングで、中から声が掛かった。教室の扉の隙間から、古川と真結が顔を覗かせている。

「準備が整いました。みなさん、中へどうぞ」

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