第四章―08
俺は考えた。
俺がトイレに行っていた五分間に、りんご飴が消えて、たこ焼きが現れた。りんご飴はともかく、たこ焼きの方は仕入れる場所がない。この公園にはたこ焼きの屋台がなく、しかも業者用のパック入りだから別手段での入手はそう思いつかない。
そして、真結の示したヒント。浴衣姿のうら若きカップル……。
あ、と思った。
ひょっとして、もしかすると。
「はい。今度こそ分かりました」
「おっと、きょうくんさんが自信ありげですね。では、答えを伺いましょう」
「うん。まず俺が思うに、鍵となるのはりんご飴なんだ。俺も食べたことがあるから分かるけど、りんご飴ってやつは五分程度で食べきれるような代物じゃない。食べるのが遅い真結ならなおさらだ。でも、りんご飴は五分の間に確かに消えている。ということはつまり、真結はこのりんご飴を食べてない。でしょ?」
「し、しつもんにはお答えできません」
思いっきり動揺してるじゃねぇか。
「そして次はたこ焼きについて。真結が言ったように、このパック入りのたこ焼きは業者用のものだ。でも、この公園内にはたこ焼きの露店がない。それにもかかわらず、真結はたった五分でこのたこ焼きを入手した……。とすれば、入手経路は限られてくるだろ。一番考えやすいのが、この公園内にいる大勢の客の誰かからたこ焼きを入手したパターンだ。
そこに、りんご飴が消えていること、しかもそのりんご飴が最後の一個だったことを考え合わせると……。真結は誰かと、りんご飴とたこ焼きを交換したんじゃない?」
「も、もしそうだとしてもですよ? じゃあ、交換相手のその人はどこからたこ焼きを入手したんですか」
「うん……。それがちょっと難しいんだけど、そこで使うのが真結のヒントだろ。あのカップルには、ちょっとおかしなところがあったからさ」
「おかしなところですか?」
「そう。あのカップルは、二人とも手ぬぐいを腰帯に挟んでいた。でも、これはちょっと変だ。うら若き男女がデートするときに、二人とも手ぬぐいを腰帯に挟むか、普通? となると、この手ぬぐいは何かで必要だったんじゃないかと考えられる」
こんな日に手ぬぐいが必要になる場合と言えば、だ。
「盆踊り、だよね。盆踊りの時には手ぬぐいを使うからさ」
「で、でもでも」
「そう。確かに、ここの納涼祭には盆踊りがない。とするならば、手ぬぐいを持っている必要はない。それなのに持っていたのは何故か。……証拠はないけど、この公園には存在しないはずの業者用のたこ焼きがあったりすることから、だいたいの予測はつく。
つまり、今日はどこか別の場所でもう一つ、別の納涼祭が行われていた――。
そこからこっちにハシゴしてきた人が偶然りんご飴を食べたくなって、でもりんご飴は売り切れで、まだ未開封の真結のりんご飴を見付けて、持っていたたこ焼きと交換して欲しいと言ってきた。俺の推理はこんなところだけど、どう?」
「…………びっくり」
真結は息を呑んで俺を見つめていた。
「びっくりって、何が」
「だ、大正解です! まるまる、そのまんま!」
真結はまだ驚きさめやらぬといった様子で、ぱちぱちと軽く手を叩いた。
「きょうくんったら、いつの間にそんな推理力を獲得してたの……? ちょっと前は分数の割り算が出来ないって言ってぴーぴー泣いてたのに」
俺の母親みたいなこと言うな。
「多分、志ヶ灘の影響だな。このところ事件続きで、あいつの推理をずっと隣で聞いてたから……。それで、実際のところはどうだったの。たこ焼き事件の真相」
「うん。お父さんとちっちゃな男の子の家族連れがいたんだけどね。その男の子の方がりんご飴が食べたいって言ってたの。でもわたしが買ったのが最後の一個だからもう売り切れで、それで男の子が泣き出しちゃって……。ちょっと見てらんなかったから、『まだ開けてませんから、良かったらどうぞ』って言ってりんご飴を差し出したわけ。そしたら、お父さんの方にすごいお礼言われちゃって。で、このたこ焼きを代わりにもらったの」
ちょっと冷めてるけど、と真結は言って、たこ焼きのパックを俺に寄越した。
一パック八個入り。まだ手はつけられていない。
「わたしとの推理ゲームに勝った賞品です。四個だけ、きみにもあげる」
「いいの?」
「いいって。だって、一緒に食べた方がおいしいじゃん」
「……そっか」
「そうだよ」
でも爪楊枝は一本しかないから口つけないように、と忠告されながら、たこ焼きを口に運ぶ。やっぱり別の納涼祭会場で買ってきただけあって、すっかり冷めていたけれど。
でもまぁ、こういうのも。
一緒に食べる補正が掛かって美味しくなるんじゃないかな、ってことで、ありがたく頂戴することにした。




