第一章―04
「ひどい茶番でした」
高校からの帰り道、志ヶ灘藍はえらくご立腹の様子だった。
天川に沿う土手道を、俺は彼女と並んで歩いている。真結は、今日は小田切さんと一緒に帰ると言ってオカルト研のところで別れた。
実のところ、志ヶ灘は真結のことがあまり得意じゃない。冷徹屋である志ヶ灘と、子どもっぽく純真で天然な真結とでは性格が合わないのだ。そのため、志ヶ灘は真結がいるところでは大概、借りてきた猫のように息を潜めている。しかし、その代わりと言うか、俺と二人だけの時は、日頃の憂さを晴らすように毒舌が全開になるのだった。
こんな具合に。
「だいたい何ですか、コウライさんの呪いって。そもそも、呪いっていう概念が古くさいんですよ。平安時代じゃあるまいし、今どきそんな非科学的なものを怖がる人がいるとでも本気で思ってるんですかね。いや、本気じゃなかったとしてもどうかと思います。いじめられて自殺した生徒に学校が呪われるなんて、単なる作り話としてもありきたりだし、使い古されてるし、面白味がありません。そんなのを真面目に話しているもんだから、私あやうく抱腹絶倒して笑い死ぬところでした。それこそコウライさんの呪いです」
「まぁ、まぁ」
志ヶ灘が抱腹絶倒している姿は、それはそれで見てみたい気もしたが。
「世の中にはいろんな価値観の人がいるってことで、いいだろ。オカルトを信じて楽しんでいる人もいれば、志ヶ灘みたいに信じない人もいるんだよ」
「ふん。あれだけ時間を無駄にさせられて、まだそんなことが言えるなんて、せんぱいは釈迦か何かですか。それとも、時間の無駄遣いに慣れてるんですか?」
「多分、後者だと思う」
他者に流されて生きていれば、必然的に自分の意志以外のために使う時間が増える。それを時間の無駄遣いというのならば、俺は確かに時間の無駄遣いに慣れているのだろう。
志ヶ灘は軽蔑するように俺を横目で睨むと、その上で続けた。
「でも、これで一つの可能性が出てきましたね」
「可能性?」
「そうです。すなわち、せんぱいに送られてきた封筒は全部、オカルト研の自作自演だったという可能性ですよ。考えてみれば、都合が良すぎると思いませんか? たまたま封筒の謎を相談しに行ったオカルト研で、ちょうどいい具合に謎に解釈が与えられた。でもこれ、いくらなんでも話がうまく出来過ぎてますよ」
確かに、そう言われればそうかも知れない。古川の司会者っぷりや小田切さんの長話も、まるで打ち合わせたかのようなスムーズさだった。俺たちが偶然相談しに行ったという設定にしては、些か出来過ぎている気もする。
しかし、それはそれで問題点が残るような気もした。
仮にあの封筒がオカルト研の自作自演だったとして、だったら何故オカルト研は封筒の謎という形を取ったのだろう。
確かに、あの封筒の謎は不気味だ。しかし、だからといって、コウライさんの呪いという形で提示するには、あの封筒は些か怖さに欠けている気もする。恐怖を演出するんだったら、それこそ血のり付きのナイフや、誰かの長い髪の毛を送りつければいいのだ。ろうそくや紙人形では、ちょっと押しが弱くはないか。
それに封筒の裏面にあったあの文句、『このこと、誰にも口外するべからず』。この口調だって、何だか『このはし渡るべからず』って笑い話を彷彿とさせるし、緊迫感に欠ける。呪いの恐ろしさを演出するなら、『口外すればお前は死ぬ』とでも書いておけばいいじゃないか。こちらも、呪いというわりには押しが弱い。
そういうことを考えると、単にオカルト研の自作自演では済まない気がするのだが……。
「何だかもう、頭に来ました」
前触れなく、志ヶ灘が俺の腕を掴んで身体を捻らせ、自分と向かい合わせにさせた。漆黒の瞳に、ぎらぎらと燃えるような強い意志を煮えたぎらせている。
「せんぱい。こうなったらもう、オカルト研の陰謀をとことん暴いてやりましょう。何が目的なのか知りませんけど、こともあろうか、あんな茶番でミステリ研をダシにするなんて許せません。真相を暴いて、あいつらが浮かれてるところに正義の鉄槌を振り下ろしてやるんです」
「はぁ……まぁ、程々にね」
「なに言ってるんですか! せんぱいも一緒にやるんですよ!」
志ヶ灘は俺の腕を振りほどくと、ずかずか大股で土手道を歩き出した。その後ろに、ため息をつきつつ俺が追随する。
何だか、面倒なことになってきたなぁ。
その日の夜、俺が自室で二次関数の問題に悪戦苦闘していたところ、真結から電話が入った。
『あ、もしもし。きょうくんの携帯ですか?』
「俺の携帯に掛けたんだから、俺の携帯につながるに決まってるでしょ……」
『おぅ、そうかそうか。こんばんちわ』
「はい、こんばんちわ。何の用?」
『はいはい。実はですね、降霊会のご案内なのです』
「は? なに、いきなり。コーレーカイ?」
『そうです。霊が降りる会と書いて、降霊会です』
「はぁ……。まぁ、知ってるけど。それがどうかしたの?」
『うん。実はさっき、オカルト研の二人と一緒にお食事に行ってきたの。新しく出来たイタリアンレストランなんだけどね。なんて言ったっけ、パノなんとかってとこ』
「あぁ。駅前のやつ?」
『そう! 自家製トマトソースのスパゲッチーがちょう美味しくてね。トマトの甘さが濃厚、て感じで……。ねぇねぇ、今度暇があったら、一緒に行こうよ』
「そりゃいいけど……。ほら、話を脱線させない」
『あ、ごめん。……で、何の話だっけ?』
「オカルト研の二人と一緒にお食事に行ってきた話」
『あぁ、そうそう。でね、そこで二人と話したんだけど、一度降霊会をやってみたらどうかっていう話になったの。このまま放って置いたら、きみの身が危険だから、って』
「はぁ……さいですか」
『コウライさんの霊を呼び出して、きちんとお話しして、もうきみに危害を加えないようにしてもらうんだって。わたしはよく分かんないけど、降霊会でそういうことが出来るらしくてね』
「あのさ。つかぬ事をお訊きしますけど、真結はそういうの、本気で信じてるわけじゃないよね? 魂とか、霊とか」
『なに言ってるの、きょうくん。わたしは昔っから、サンタクロースと幽霊は実在するんだって主張してたじゃん』
「それ、小学生の時の話でしょ……」
『今も昔も強く信じてるの! とにかくわたし、二人に降霊会やるって言っちゃったから。きょうくんと藍ちゃんも連れてきますって言っちゃったから』
「……降霊会に出て下さい、というわけ?」
『そういうわけなのです』
「ああ、そう……。まぁ、俺はいいけどさ。でも志ヶ灘の奴がそう簡単に頷くかな。時間を無駄にしたって、すごい怒ってたし」
『あ、それについては問題ありません。さっき電話したら、二つ返事でオーケーしてもらえたから。売られた喧嘩は買う、とか言って、なんかすごい怒ってた』
「なに言ってんだよあいつ……」
『じゃあ、きょうくんの方もいいんだね? 降霊会、出てくれるんだね?』
「まぁ、いいよ。あんまり変なことしたり、危険なことしたりしないなら」
『オッケー。じゃあ、決定ってことで』
「ところでさ、降霊会ってどんな風にやるの? 今さらな質問だけど」
『うんとね。やり方は色々あるらしいんだけど、今回は霊媒に霊を憑依させるような形でやるんだって言ってたよ』
「霊媒って、じゃあ霊媒師が必要じゃないか。どうするんだよ」
『うん。わたしもさっきまで知らなかったんだけど、実は有紀ちゃん――小田切さんに、少し霊感があるんだって。だから、有紀ちゃんが霊媒になって霊を呼ぶって言ってた』
「ふぅん。なんか露骨に怪しいなぁ……」
『とにかく、そういうことだから。あと、降霊会のときは暗色系の服装の方がいいらしいから、男子は学生服を持参するように、だって。ちなみに、女子は冬服のセーラー服です』
「ま、そりゃいいけど。ところでその降霊会って、いつやるのさ」
『うん。明日だって』
「明日かよ! いくらなんでも急すぎんだろ」
『なんかねー、月の満ち欠けとか日の巡りとかの関係で、明日がちょうどいいんだって。そういうわけだからきょうくん、明日は学生服を忘れないように!』
「はぁ……分かったよ」
『うむ。分かれば良し。じゃねー』ぷつり。
何だか、嫌な予感が煙のように身体中に充満している気がした。