第四章―01
第四章 俺と彼女のミステリな日常
『さらら』事件が解決したその日、俺は天川沿いの土手の途中で志ヶ灘と別れると、薄闇の中を帰宅した。
自宅に向かう足取りはそれなりに軽かった。『さらら』事件と同時進行で起きていた志ヶ灘とのいざこざを、俺なりの方法で一定の解決に導くことが出来たという満足感があったのかも知れない。基本的に俺は他者任せの生き方をする人間だ。それでも、たまに自力で問題を解決したりすると、こういうのも悪くないよなって思ってしまうときだってあるのだ。
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
家に着くと、ポテトチップスの袋片手に早季がひょっこり顔を覗かせた。ただいま、と俺は答えて、靴を脱ぐ。
リビングのテーブルには母親が作っていった夕食が二人分並べられていた。いつもの癖で、着替えずにそのまま食卓についた。
「ねぇ。お兄ちゃんさ、なんかいいことあった?」
正面で箸を握った早季が、まじまじ俺の顔を覗き込んできた。
「なんでさ。そんなふうに見えるか?」
「うん。微妙に充実した人の顔してる気がする。いつもは世を儚んだような顔してるのに」
どんな顔だ。
「まぁ、ちょっとした事件が解決したからさ。気分も少しだけ晴れ晴れしてるってところかな」
「へ。また事件あったんだ」早季は少し目を丸くして、「なんか、このところお兄ちゃんの日常って事件だらけだね。降霊会もあったし、それからこの間は真結ちゃんが変なことやったんでしょ?」
「うん。自分で自分を誘拐したんだ」
「な、なにそれ。さすが真結ちゃん……」
発想の奇想天外さと行動の意味不明さにかけて真結に勝る者はいない、とは俺と早季の共通認識だ。もっとも、それは必ずしも褒め言葉ではないのだが。
「で、それに加えて今回の事件で三つ、と。そこに俺に送られてきてる封筒の謎を足し合わせれば、ここ最近で四つの事件が集中してることになるな」
「そういえば、その封筒の謎ってまだ解決してないの? この間、共通点が七夕にあるってことは分かったけど」
「ああ、それな。結局まだそれから、」
と言いかけて、ふと気付く。
俺に送られてきた封筒って、コウライさんのおまじないだったはず。『このこと、誰にも口外するべからず』の文、送り主の名前が刻まれた暗号……。
待てよ。『さらら』事件の解決の方に気を取られてすっかり忘れていたが、夜島さんの『後輩の皆さんへ』という文書の中には、確かにこんな一文があった。
――知らない人のために解説を加えておくと、コウライさんの伝説とは、好きな男の子に想いを打ち明ける勇気のない女の子が、その勇気をもらうためのおまじないです。
待てよ、待てよ?
「お兄ちゃん。どうかしたの?」
早季が不思議そうに首を傾げている。だがそんなのどうでもいい。頭が混乱している。因果関係を掴むのに、異常に時間がかかる。
俺に送られてきたのがコウライさんのおまじないで、夜島さんがやったのもコウライさんのおまじない……。
いや、しかし。ということは、つまり。
まさか、俺に送られてきていたあの封筒の正体は――。
「らぶれたー……だったんだ」
愕然として震える俺の口から、ぽろりと言葉が零れ落ちた。
どうして今の今までそんなことに思い至らなかったのかと驚きながらしかし、そんな驚きよりも、掴んだ真実の正体に驚愕する。
だって、あの封筒がコウライさんのおまじないだとしたら、
俺に、この俺に、想いを寄せている誰かが存在するってことなんだぞ……?