第三章―19
それと、私の高校生活の思い出を知りたいという人がいたら、部室のパソコンへ。パスワード付きの『後輩の皆さんへ』というファイルがあると思います。パスワードはずばり、私の本名。二つの掌編の謎が解けた人にだけ、私のメッセージを伝えましょう。
「注目するのは、『掌編の謎が解けた人にだけ、私のメッセージを伝えましょう』という一文です。これはつまり、掌編の謎が解けた人にしか、彼女の本名を示すことが出来ないということ。それなら、答えは簡単ですよね」
「英語、か……」
「そうです。多分、夜島海帆を英語にして"night"と"isle"と"sea"と"sail"をつなげて打ち込めば、ファイルが開くと思いますよ」
「よし。じゃあ早速、」
「みなさん、ちょっとお待ち下さい」
パスワードを試してみよう、と言いかけたところで、芝居がかった声が割って入ってきた。
今まで黙っていた真結が、腕組みして全員を見回していた。
「先程の志ヶ灘さんの推理はお見事でした。パスワードもそれでおそらく合っているでしょう。しかし、実のところ、わたしも別の謎について解決に至っていたのです。ここで是非、その謎の種明かしをさせていただきたい」
そういえば、志ヶ灘の次は真結の番だった。無視するわけにもいかないので、「じゃあ、話を伺いましょうか名探偵」と促してみる。
真結は一つ頷いて、おもむろに話し出した。
「さて、みなさん。お集まりいただきありがとうございます。みなさんをここにお呼びしたのは他でもありません。わたしには、この事件の真相が分かってしまったのです」
いや。そういうの、いらないから。
「はい、ワトソンくん。ここで『何だって!?』って叫ぶのがきみの役割でしょう」
「……な、なんだってー」
「ありがとうございます。みなさんが驚くのも無理はないでしょう。しかし実のところ、犯人はこの中にいるのです」
いねぇよ。
「わたしがきょうくんから受け取ったのは、文化祭で三年生の『さらら』さんが文集に載せた小説でした。それは『ナイフ』というタイトルで、一見は『彼』をナイフで刺そうとする主人公の異常心理を描いたもののように見えました」
真結は文集を取り出し、机の上に広げた。
『私はこれを、いつか彼の身体に深々突き刺すことを夢見て、ただそのためだけに生きている』。『今にも飛び出して、彼を突き刺そうとするナイフを、ポケットの奥に押し込める』……。 これらの心情は、あとがきによると、作者である『さらら』さんの心境を描いたものだということになっていた。そして、『さらら』さんはこの悩み事を解決するため、コウライさんの伝説に頼ることも考えている、と書いていた。
すなわち、だ。この小説に描かれている心情を読み解けば、それがそのままコウライさんの伝説の真相ということになる。今のままでは、コウライさんのおまじないはホラーな呪いの儀式にしか見えないのだが。
「いいですか、みなさん。『さらら』さんはミステリを得意とする作者さんでした。しかし、この作品は明らかにミステリでない。オチがないのです。そこで、わたしは思いました。もしかしたら、この作品には本来書かれていたオチが抜け落ちてしまっているんじゃないか、と。……ワトソンくん。この文集はどんな文集でしたか?」
「ええと。四年前の文化祭で文芸部が売ったやつで、印刷ミスか何かがあって……」
――まさか。
「そうです」真結は大きく頷いて、「この文集は、ミスがあってボツになったものでした。つまり、本来入っていたこの小説のオチの部分が、すっかり抜け落ちてしまっていたんです。おそらく、データを移動させる際かどこかにミスがあったのでしょう」
ミスで、オチが抜けてしまった小説。『さらら』さんはミステリが得意な作者だ。
とすると、この小説は――。
「わたしがオチを補完しました。みなさん、ご覧ください。これがコウライさんの伝説の真相なのです」
真結はそう言って、俺たちに『ナイフ』の小説を差し出した。
タイトル『ナイフ』
私はナイフを持っている。鋭くて切れ味が良くて、危険極まりない代物だ。私はこれを、いつか彼の身体に深々突き刺すことを夢見て、ただそのためだけに生きている。
休み時間の教室。
私に狙われていることも知らずに、彼は呑気に友達と談笑している。その顔を見つめ、私はポケットの中のナイフを握りしめた。今日こそ、今日こそと考えて、手の中のナイフが汗で滑る。
不意に、彼がこちらを見た。
気付かれた、と思って、私は瞬時に目を逸らす。緊張で身体が熱くなった。それでもナイフは決して離さない。
彼が、私に近づいてくる。
一歩、二歩。彼の足音を聞きながら、私はナイフを握る手に力を篭める。
「――さん」
不意に、彼に話し掛けられた。今日の日直がどうといった、どうってことのない内容。自分が狙われていることも知らないくせに、あまりに呑気。
ナイフに気付かれないよう、私は自然体で言葉を返す。今にも飛び出して、彼を突き刺そうとするナイフを、ポケットの奥に押し込める。
彼を刺すためだけに、鋭利に磨いてきたナイフ。
私はナイフを持っている。
『好きという名の、このナイフを。』




