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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―18

 そして、五分後。

 志ヶ灘との推理勝負に順当に負けた俺は、真結を文芸部の部室に呼び出した。すべての謎を解き明かして、真相を明らかにするためだ。

 俺、志ヶ灘、真結、伊吹さんの四人は、生徒用の机をくっつけて互いに向き合うような格好になっていた。

「……というわけで、だ。こっちの志ヶ灘藍と篠田真結が、それぞれ何かしらの真相に至ったらしい。そこで、今から伊吹さんにそれを説明してもらおうと思っているんだ」

「ミステリ研さんの推理ショーというわけですね。期待してます!」

「じゃあ、えーと。まずはどっちから行こうか。志ヶ灘か、真結か」

「私から話します」

 申し出たのは志ヶ灘だった。さっきまでの弱気はどこへやら、今はもう普段と同じ凛とした表情を取り戻している。まさに探偵の顔だった。

「まず、論点の整理から。伊吹さんが持ってきた文芸部の謎は、大きく三つに分けられます。

 一つ目が『太陽の尻尾』と『息子の物語』の謎。あの二つの掌編は、その二つの置き換えを除けば、内容がまったく同じでした。では、何故その部分だけが置き換えられていたのか。

 二つ目が四つのカギ括弧付き文章の謎。タイトル『息子の物語』の方には、四つの文章にカギ括弧が付けられていました。これは何を意味しているのか。

 三つ目が『さらら』さんの正体の謎。こんな謎を残した『さらら』さんとは、一体あの四人のうちの誰だったのか。

 では、一つ目から説明していきましょう」

「すげー! なんか本物の探偵さんみたいだね、志ヶ灘さん」

 伊吹さんが口を挟むのを、助手役の俺は「まぁまぁ」と手で制した。探偵役が推理を披露している最中に口を挟むのは無粋ってもんだぜ、お嬢さん。

「正直言うと、私はこの一つ目の謎がずっと解けなかったんです。いま思えばすごく簡単なことなんですけど、何だか思考の渦に填ってしまって……。でも、奈須西せんぱいが持ってきてくれたこの『太陽の尻尾』の小説を見て、ようやく気付きました」

 志ヶ灘は小説『太陽の尻尾』を取り出して、机の上に置いた。

「別に、この小説自体は謎解きとは何の関係もないんですけどね。ただ、この小説のタイトルを見て、はっとしました。いいですか、ここにある小説は英語の原作を日本語に翻訳したものです。でも、タイトルには原題もきちんと書いてありますよね」

 志ヶ灘が指し示す部分。そこには英語のタイトルで『The Tail of The Sun』と書かれている。

 そう。つまり、この謎を解く鍵は――。

「英語、だったんですよ。この謎は、英語のホモニムを題材とした謎だったんです」

「ホモニム?」と俺。

「日本語で言えば、同音異義語ってことになりますね。英語にも、綴りは違うけれど発音は同じという単語がたくさんあるんです。たとえば、『太陽の尻尾』と『息子の物語』のように――」

 志ヶ灘はシャーペンで手帳に英語を書き綴った。

 『太陽の尻尾』は『The tail of the sun』。

 『息子の物語』は『The tale of the son』。

「日本語読みで発音される場合だと、太陽はサン、息子はソンって感じですよね。でも、本当の英語の発音だと、この二つの単語はまったく同じ発音なんです。つまり、同音異義語というわけですね」

「じゃあ、この二つの語句が、掌編の中で置き換えられていた理由は……」

「それはすなわち、ホモニムに着目せよというメッセージだったんです」

 志ヶ灘は手帳のページを捲った。そこには、あのカギ括弧付きの四つの文章が並べられている。

「さて。本当の暗号になっているのはここからです。この四つの文章には、それぞれ一つずつ英語のホモニムが隠されています。そして、そのホモニムを組み合わせたときこそ、『さらら』さんの名前が浮かび上がって来るんですよ。容疑者の四人の名前はこうでしたね」

 氷室夏樹。夜島海帆。晴山梨花。朝霧雨音。

 さぁ、誰が犯人だ?

「カギ括弧が付けられた四つの文章はこうでした。

 『息子の物語を売っている場所はあまりに遠いから』。

 『それを待つ人の列が、通路に長く伸びている』。

 『まるで忠実な騎士みたいだった』。

 『それを見る私は、ひっそりとため息をつく』。  

 ではまず、一つ目の文から。『息子』や『物語』は確かにホモニムですけど、これは手がかりとして提示されたので除外します。すると、怪しいのは『売っている』という単語ですね。せんぱい、『売る』は英語で何と言いますか?」

「えーと、buyかな」

「……それは『買う』の方ですよ。『売る』は"sale"です。勉強し直して下さい」

 志ヶ灘は手帳に"sale"と書き付け、さらにその上に"sail"と書き加えた。

「この二つがホモニムです。もう一個の単語の意味は『帆』ですね。……何だか、もう犯人は分かっちゃいましたけど、せっかくだから全部やってみましょうか」

 志ヶ灘はカギ括弧の付けられた四つの文章の中、一つの単語に丸を付けていった。

 丸が付けられたのは、『通路』、『騎士』、『見る』だ。

 『通路』は"aisle"で、ホモニムは"isle"。意味は、『島』だ。

 『騎士』は"knight"で、ホモニムは"night"。意味は『夜』だ。

 『見る』は"see"で、ホモニムは"sea"。意味は『海』だ。

 すなわち、この暗号が示す犯人は――。

「帆、島、夜、海を並べ替えて出来るのは、夜島海帆さん。つまり、『さらら』さんの正体は夜島海帆さんだったんです」

 一瞬の沈黙。

 それから、弾けたように伊吹さんが歓声を上げて拍手した。

「すごいよ、志ヶ灘さん! さっすがは名探偵!」

 にこにこと志ヶ灘に笑い掛ける。……が、やっぱり志ヶ灘はちょっと気まずそうに曖昧に微笑んで、目を泳がせていた。まぁ、仕方ないことだ。素直に賞賛を受けて喜べるほど、こいつが器用な人間じゃないってことは俺がよく知っている。だから、親切なワトソンくんは助けに入ることにした。

「なるほどな。確かに、明快な推理だ。でも、だったらパスワードの方はどうなんだ? 文芸部のパソコンの『後輩の皆さんへ』っていうファイル、普通に全員の名前を入れてみたけど開かなかったんだろ?」

「えっと、それについては三枚目のコピー用紙を見れば分かると思いますよ。あそこにヒントが書いてありましたから」

 三枚目のコピー用紙。それは『さらら』さんからのメッセージだったはずだ。あそこには確か、こう書かれていた。

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