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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―16

正しいかどうかは分からないが、とにかく真結は何らかの真相に至ったらしい。そのため、真結にも小説『太陽の尻尾』探しを手伝ってもらうことにした。

「じゃあ、きょうくんはあっちから。わたしはこっちからね」

 『現代小説』の書架は全部で三つある。俺と真結は場所を分担して小説『太陽の尻尾』を探すことなった。

 本の背表紙を片っ端から確認していく作業の最中、真結が話し掛けてくる。

「ねぇ、きょうくん。わたし、結局よく知らないんだけど、藍ちゃんが取り組んでるのってどんな謎なの?」

 ああ、それね。話せば長くなるが。どうせ暇はあるので、俺はすべての事情を説明することにした。

 『太陽の尻尾』、『息子の物語』。四つのカギ括弧付き文章。四文字の名前の容疑者たち。一文がそれぞれ一つの漢字を表す暗号なんじゃないかという俺の推理……。

「それじゃ、藍ちゃんはその謎に苦戦してるんだ……。珍しいよね、あの藍ちゃんが謎解きに苦戦するなんて」

「さぁな。たまにはスランプってこともあるだろ」

 俺が素っ気なく答えると、真結が「む」と視線を尖らせる。

「なに、その言い方。なんか冷たくて嫌な感じ」

「知らないよ。俺じゃなくて、向こうが一方的に不機嫌になってるんだから」

「不機嫌……。そういえば昨日もきみ、そんなこと言ってたよね。ちょっと、どういうことなのか真結先生に説明してごらんなさい」

「別に、たいしたことじゃないけどさ……」

 俺はだいたいの事の顛末を語った。

 伊吹さんが現れたときの、志ヶ灘の妙に困惑した様子。クラスで浮いているらしいという話。部活とクラスの雰囲気が混ざっちゃって、という志ヶ灘の言葉。それから、急に志ヶ灘が俺に冷たく当たってきたこと。

「だからさ、多分、意地を張ってるだけなんだよ。ちょっと普段と違う様子を俺に見られちゃったから、恥ずかしかったのか何なのか、よく分からないけどさ」

「だけ、っていう言い方は、わたしおかしいと思うよ」

 軽く茶化して終わりにするつもりだったのだが、意外にも真結は俺に突っかかってきた。その予想以上に尖った態度に、俺はちょっと戸惑う。

「でも……」

「でもじゃないの。だって藍ちゃん、自分のいつもと違う一面を見られちゃって、きみに対してどう振る舞えばいいのか、分からなくなってるんでしょ? それなのに、意地を張ってるだけって言い方は、ちょっと冷たくない?」

「そうかな……。でも志ヶ灘の奴、かなり積極的に俺を拒絶してるふうだったぞ。『手助けとか、死んでもいりませんから』とか言ってさ」

「それが藍ちゃんの本心なわけないでしょ!」

 珍しくも、あの温厚にして天然な真結が声を荒げた。俺はむしろ、そっちの方に驚いてしまう。

「いい、きょうくん。そんなふうに、たまたま自分の近しい人に、自分のいつもと違う一面を見られちゃったとき、普通の人はどう思うと思いますか」

「そりゃまぁ……俺だったら、フォローしてほしいと思う、かな?」

「そうだよ。普通はそう。そういうときって、なかなか自分からは近寄りづらいから、相手の方が自分に歩み寄ってきてくれるのを待つしかないじゃん」

 しかし、そう言われても。俺は別に、昨日のあのことがあってからも志ヶ灘を避けていたわけじゃない。むしろ、積極的に近づこうと努力してきたはずだ。その俺の善意をはね除けているのは、志ヶ灘の方なんじゃないか。

「だから、藍ちゃんはそんな器用な子じゃないんだってば……。分かるでしょ? 普通に善意を差し向けたって、なかなか素直に受け取れない人だっているの。藍ちゃんはそういう、ちょっと不器用な子なんだから。でも、本当のところは、きょうくんが歩み寄ってくれるのを待ってるはずなの。これは絶対です」

 まぁ確かに、志ヶ灘が不器用な奴だってところには異論はないが。

 でも、志ヶ灘は本当に俺のことを必要としているんだろうか。ぱっと見たところだと、拒絶されているようにしか思えない。

 俺に歩み寄ってきて欲しい、だなんて。

 まさか、あの志ヶ灘に限って……。そう思ってしまう。

 そんなことを口にしたら、真結が怒った。何も言わずに、どんと俺の足を踏みつけてきた。

「ちょ……痛いだろ。何するんだよ」

「分かんない。なんか、むかついたから」

 そう言って、ぷいとそっぽを向いてしまう。俺は怒りとかなしみが同居したような真結の横顔を眺めて、頭を掻いた。

 無言の空間がしばらく続いたところで、真結が躊躇いがちに口を開く。

「……きょうくんはね。藍ちゃんのこと、冷たく見すぎだと思う」

 視線を落として、痛みを堪えているような表情だった。真結のその様子に、何だか俺も気分が悪くなる。

「そうかな」

「そう。藍ちゃんって確かに表現するのは不器用だけど、でも根っこのところはみんなと何も変わらない。すごく普通の女の子なんだと思う」 

「……………………」

「藍ちゃん、きみのこと絶対に待ってるから。この後、部室に行ってきちんとお話しすること。これは、真結先生からの命令です。分かった?」

 真結はそう言って、くるりと俺を振り返った。年上のお姉さんみたいな表情の真結に、俺は渋々ながら「分かったよ」と頷く。どうせ、志ヶ灘との関係はいつか正常化しなければならないと思っていたところだ。

 もっとも、志ヶ灘が俺のことをどう思っているかは、まだ確信を持てないが。

「じゃあ、早く『太陽の尻尾』って小説を見付けようよ。きょうくんには、それ持ってミステリ研の部室まで行ってもらうから」

「うん……」

 というわけで、俺たちは再び書架に向かった。さっきから『現代小説』に分類されている部分を探しているのだが、『太陽の尻尾』はいっこうに見付からない。そもそも、この図書室にあるという保証はないわけで、だったら諦めるしかないのだが……。

 そう思って、ふと『外国文学』の棚を覗いたときだった。

 『異邦人』やら『星の王子さま』やらと一緒の棚に、ごっちゃに詰め込まれた文庫本……。その中に、俺は薄い一冊の小説を発見した。背表紙のタイトルは、『太陽の尻尾』。

「これ、海外の小説だったのか……」

 てっきり日本人作家が書いたものだとばかり思っていた。苦労させやがって、とその文庫本を手に取る。『太陽の尻尾』という邦題の隣に、英語の原題も記されているみたいだった。

 そして、その文庫本を開いたとき。

「あれ――?」

 不意に、世界がぐるりと反転したような目眩の感覚に襲われた。

 これ、もしかすると――。 

 頭の片隅に生じた違和感が、どんどん広がって溢れ出す。

 もしかすると、じゃない。もし、こうだとしたら――。

 考える。二つのタイトルが持っていた意味。それが置き換えられていた理由。あの四つのカギ括弧が付けられた文章。

 散らばっていたピースが型に填め込まれて、どんどん形になっていく。

 そのパズルが完成したとき、示した犯人の名前は――。

「きょうくん?」

 真結がきょとんと首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。そのとろんと甘ったるい幼馴染みに、俺はにやりと笑って言った。

「安心しろ。全ての謎は解けた。今から、ひねくれ者の探偵に働いてもらいに行ってくる」

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