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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―14

 さて、文芸部の謎が俺たちを取り巻いている中でも、封筒の謎の方は休んでくれないらしい。翌日の学校で、俺は下駄箱に通算八枚目となる封筒を発見した。

 『このこと、誰にも口外するべからず』の文句。ナンバリングは『1』。中身はというと、七夕飾りの吹き流しだった。これでさらに、この封筒の謎の共通点が七夕であるという確信が強まったわけだ。

 その封筒を手に教室へ向かっていたところ、嫌なときには偶然が重なるもので、またしても志ヶ灘に出会した。

「またせんぱいですか……」

 一年の下駄箱の方から歩いてきた志ヶ灘は、俺を認めると露骨に顔をしかめた。こっちだって、「また志ヶ灘かよ……」と言いたいところだ。仕方ないので、肩を並べて廊下を歩き出す。

「それ、また入ってたんですか」

 志ヶ灘が俺の手元を見て、どうでも良さそうに呟いた。

「うん。今度は吹き流しだってさ。七夕に関係があるってのは本当らしい」

「そうですか」

 志ヶ灘はそれ以上は何も言うことなく、だんまりになる。朝の校舎に寂しげな靴音が二つ。このまま黙っているのは居たたまれないので、俺の方から口を開く。

「志ヶ灘さ。あの二つの掌編の謎、解けた?」

「どうしてそんなこと訊くんですか」

「いいだろ、別に。俺だって依頼人に依頼された身なんだし。進捗状況を聞く権利くらいはある」

「……まだです」

 志ヶ灘は見るからに不機嫌そうだった。目の下にうっすらと隈が出来ているのが分かる。昨日は徹夜だったか、あるいは眠ろうとしても眠れなかったか。志ヶ灘は時折、欠伸をかみ殺すように口もとに手を当てていた。

「四つの文章がそれぞれ漢字一文字を表しているらしいってところまでは行ったんですけど、そこから先がどうにも……。おかげで寝不足です」

「ご苦労さん」

 一晩考えて俺と同レベルかよ、なんて言ったら血を見そうだ。俺は大人しく日和見に務めた。

 しかし、あの志ヶ灘が苦戦を強いられているとは意外だ。余程難しい謎なのか、あるいは志ヶ灘がスランプに陥っているのか。じろじろと横目を向けていると、志ヶ灘が俺の心を読んだように、

「あと、手助けとか死んでもいりませんから」

「……分かってるよ」

 見るからに眠たげに瞼を擦っているのに、手助けだけは頑なに拒絶してくる。どことなく、警戒心が強くてなかなか人間に馴染まない仔猫と似ている気がした。真結も困った奴だが、志ヶ灘も相当困った奴だ。

 ぼーっと歩いていたら、いつの間にか志ヶ灘の教室の前まで一緒に来てしまっていた。

 一年七組とプレートの付いた扉を開けながら、志ヶ灘が冷たく俺を振り返る。

「せんぱい。もう一度、一年生からやり直しますか」

「いや、そういうわけじゃなくて」

「じゃあ、さようなら」

 ばたん。あからさまに乱暴に引き戸が閉められる。怒っているというか、不機嫌というか。ぎくしゃくした空気はしばらく戻りそうになかった。

 ため息をつき、二年の教室に向かおうとしたところ。

「おおっと、これはこれは。奈須西先輩じゃないですか!」

 背後から元気な声が駆け寄ってきた。その主を予想しつつ振り向くと、案の定、伊吹さんが営業スマイルで俺を見つめていた。

「奇遇ですねぇ。まさか、こんなところで出会すとは」

「別に奇遇でもないよ。志ヶ灘と廊下歩いてたら、ここまで来ちゃっただけ」

「ふむふむ。では奇遇ついでということで、奈須西先輩に一つ二つ、有益な情報をお教えいたしましょう。実はわたくし、昨日あれから『さらら』先輩のことをもう少し調べてみたのです。部室に埋もれていた過去の文集を紐解いたりして」

「何か分かったの?」

「ええ、一つだけですけど。わたくしが調べた結果ですね、『さらら』先輩はどうやらミステリを得意としておられたようなのです」

 ミステリ?

「一年生のときの文化祭では密室殺人をネタに短編を書いておられましたし、二年生の文化祭では日常の謎をネタに短編を書いておられました。三年のときのものは、昨日先輩に差し上げた一部しか残っていなかったので何とも言えないのですが……」

「とにかく、『さらら』さんはミステリが得意分野だった、と」

「それから、もう一つ。手がかりになるかも知れないと思いまして」

 伊吹さんは制服の胸ポケットから小さな手帳を取り出した。

「えーと、ですね。わたくし、『太陽の尻尾』というのが何なのか気になって、昨日調べてみたのですよ。インターネットで、ちょちょいと。そうしたら、ヒットしました」

「え、なに。『太陽の尻尾』の正体が分かったの?」

「いえ、そういうわけではございませんが。ただ、調べたところによると『太陽の尻尾』という名前の小説が実在するようでしてね。結構有名な小説のようなので、もしかしたら図書室に行けばあるかなーと思って」

 小説か。そういえば、二つ目の掌編のタイトルは『息子の物語』だったっけ。小説とか物語とか、そういうのが何か関係しているのだろうか。

 とにかく、ありがとう。そう言おうとしたところで、ふと気付く。

「ていうか、伊吹さん。そういうの、俺じゃなくて志ヶ灘に教えてやれよ。実質、探偵役は俺じゃなくてあいつなんだから」

「それは、その……」

 伊吹さんは急に弱気な顔になって三つ編みを弄りながら、

「志ヶ灘さんには話し掛けづらいから、奈須西先輩にお伝えしたんじゃないですか。志ヶ灘さんには、先輩の方から教えてあげて下さいよ」

「……俺は、あいつのスポークスマンか何かかよ」

「あらら、違うんですか?」

 伊吹さんは俺に向かって、邪気なくにっこりと微笑んでみせた。

「奈須西先輩は、気難しい志ヶ灘さんの理解者です。それだったら、立派なスポークスマンだと思いますけど?」

「理解者ねぇ……」

 妙な響きのするその単語を、舌の上で転がす。俺は、志ヶ灘藍という女の子のことを本当に理解できているのだろうか。

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