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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―13

 奈須西家。俺の部屋。

 何とも言えない気分でベッドに寝転んで、天井を見上げる男が一人。俺だ。

「なんて言うのかねぇ……」

 天井に向けて、釈然としない思いを吐き出す。胸中を占めているのは、文芸部の謎というよりは、志ヶ灘藍という女の子のことだった。

 本日の志ヶ灘の様子が、走馬燈のように頭を流れていく。

 クラスメイトの伊吹さんが現れて、らしくなく戸惑った様子の志ヶ灘。伊吹さんに絡まれて、俺に助けを求めるように送られてきた、控えめな視線。

 文芸部室での、伊吹さんの言葉。

 ――志ヶ灘さんって、クラスではちょっと浮いた存在なんですよ。

 その後の志ヶ灘の言葉。

 ――ただ、クラスの雰囲気と部活の雰囲気が混ざって、どう振る舞えばいいのか咄嗟に分からなくなっちゃっただけです。

 そして、躊躇いがちに志ヶ灘が呟いた、あの言葉。

 ――変、でしたか?

 それから、志ヶ灘が急に俺の協力を拒むような態度を取り始めたことを考えると、だ。志ヶ灘の心情は、何となく理解できる気がした。

「強がって、意地張ってんのかねぇ……」

 俺に、ちょっと普段とは違う、志ヶ灘の「弱い」一面を見られてしまったから。志ヶ灘にはそれが許せなくて、だから強がって意地を張っている、と。

 志ヶ灘藍は冷静で大人びた性格のくせに、変に子どもっぽいところがある奴だ。

 降霊会事件でオカルト研のインチキにえらく憤慨したときとか、あるいは真結の誘拐事件で降参を申し出ようとした俺の頬を引っ張ったときとか。

 確かに、志ヶ灘にそういう子どもっぽい部分があることは、俺だって知っていたが。

 でも、志ヶ灘がここまで分かりやすく意地を張っていることに、ちょっと動揺している俺がいる。今まで志ヶ灘藍という人間について積み上げてきた認識を、再構築させられる羽目になりそうで。

 ひょっとして、志ヶ灘藍という女の子は、俺が思っている以上に――。

「……不毛だな」

 思考を放棄し、ベッドから身体を起こす。

 とりあえず志ヶ灘のことは脇に置いて、有益なことをしようと思った。

 

  

 さて、文芸部の謎についての論点は三つだったな。

 一つ目。内容がほとんど同じである二つの掌編では、『太陽の尻尾』と『息子の物語』が置き換えられている。これは何故か。

 二つ目。タイトル『息子の物語』の方では四つの文章にカギ括弧が付けられている。これは何故か。

 三つ目。ペンネーム『さらら』の本名は何か。ついでに言えば、文芸部のパソコンにあった『後輩の皆さんへ』というファイルのパスワードは、単純に『さらら』さんの本名でないとしたら一体何なのか。

「とりあえず三つ目は除外だな……」

 志ヶ灘が言ったように、あの二つの掌編はコウライさんのおまじないだ。そして、コウライさんのおまじないには、作り手の名前が必ず暗号として隠されている。すなわち、掌編の謎を解けば、三つ目の謎『さらら』さんの本名が何かも自動的に分かるはず。よって、文芸部の謎は二つの掌編の謎から解いていくのが正しいやり方だ。

 俺は手帳を取り出して、とりあえず『太陽の尻尾』と『息子の物語』という二つの言葉を書いてみた。

「『太陽の尻尾』ねぇ……」

 『息子の物語』の方はともかく、俺は少なくとも『太陽の尻尾』なんて言葉を知らない。何となくプロミネンスがそれっぽい気がしたが、仮に『太陽の尻尾』がプロミネンスだったからといって、だから何だという話になる。

 掌編の内容は関係ないだろうか? あの掌編では、確か『太陽の尻尾』は売られていたはずだ。とすると、何か売られるようなもの……?

 いや、駄目だ。どうせあの掌編は暗号文のようなもの。だとしたら、それ自体に意味があるわけがない。内容じゃなくて、形式から考えなくては……。

「……分かんねぇ」

 五分後、俺は一つ目の謎を考えることを放棄した。

 気を取り直して、二つ目に挑む。

 タイトル『息子の物語』の方では、四つの文章にカギ括弧が付けられていた。これは何故か、と。

 四つの文章なら覚えている。確か、こんな感じだった。


『息子の物語を売っている場所はあまりに遠いから』。

『それを待つ人の列が、通路に長く伸びている』。

『まるで忠実な騎士みたいだった』。

『それを見る私は、ひっそりとため息をつく』。

       

 この四つの文章に、何かしらの意味があるのは間違いないのだが……。

 ひょっとすると、これが暗号になっているのではないだろうか。この中に、誰かの名前が示されている、とか。

 ふと思い出す。『さらら』さんの可能性がある容疑者は四人。氷室夏樹と夜島海帆と晴山梨花と朝霧雨音だった。

 この四人に共通していることと言えば、みんな名前が漢字四文字であること。

 そして、カギ括弧が付いている文章も四つだ。

 もしかしたらと思う。たとえば、この四つの文章は、それぞれが漢字一文字を表す暗号文になっている。そして、四つの文を組み合わせることによって、漢字四文字の名前が完成する、とか……。

「悪くないな……」

 何だか、無性にそんな気がしてきた。いや、そんな気どころじゃない。これで間違いないという確信すら生まれる。

 カギ括弧付きの四つの文は、それぞれ漢字一文字を表す暗号文になっている。そして、四つの文を組み合わせることによって、『さらら』さんの正体が明らかになる――。

 どうだどうだ、いい感じじゃないか。

「とは、いうものの」

 さらに五分後。俺はやはり壁にぶち当たった。

 仮に、この四つの文章がそれぞれ漢字一文字を表しているとして、だ。じゃあ、どうやってその漢字一文字を特定すればいい? 単純に四つの文章中の漢字を組み合わせてみたりしても、正解にはたどり着けなかった。

 結局のところ。『太陽の尻尾』と『息子の物語』の置き換えに何の意味があるのか、という一つ目の謎を解かない限り、正解にはたどり着けそうもないのだった。

 事態は堂々巡り。ものの三十分ほどで考え疲れた俺は、考えることを諦めて眠りの世界に逃避したのだった。

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