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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―11

「こいつ、狂ってやがる……」

 ペンネーム『さらら』の作品を読み終えた俺は、戦慄に身を震わせた。

 というのは、冗談にしても。

「さすがに、この内容は予期してなかったな……」

「なんか、ホラーっぽいよね」

 肩越しに文集を眺めていた真結が、感想を呟いた。

「ナイフを彼に刺すことだけが生きる目的、ってあたりとか。彼を刺すためだけにナイフを鋭利に磨いてきた、ってあたりとか。ちょっと異常心理っぽくて、怖い」

「いやいや、本当に怖いのは小説の内容じゃないぜ。お嬢ちゃん」

 俺は『作者あとがき』に目を馳せた。

 このホラー小説は、事もあろうか『最近のわたしの心境を綴ったもの』だと明言されている。とすれば、真に怖いのは小説じゃなくて『さらら』さん本人の方だ。『さらら』さんは最近、誰かに対してこんな異常な殺意を抱きながら生きているのだ。

 そして、もう一つ怖いのは、このホラーな心境にいる『さらら』さんが、『そろそろ真剣に○○○○さんの伝説に頼ろうかなー』と考えているところ。伏せ字にはなっているが、状況証拠からこれがコウライさんの伝説であることは明らかだ。……とすれば。

「やっぱりきみ、誰かに呪われてるんじゃないの?」

「……そうかも知れない」

 呟いた俺の言葉は、割と真剣に落ち込んでいた。

 もし『さらら』さんがこのホラーな心情を日常に抱えており、その悩みを解決するためにコウライさんの伝説に頼ろうとしているのであれば。コウライさんのおまじないとは、まるで丑の刻参りのような呪いの儀式だということになってしまうのだ。

「誰かに恨みを買うようなことした覚えは、ないんだけどな……」

 自分の意志を奮わない俺は、いつでも互いに傷つけ合わない方法を選択して生きているつもりだ。摩擦しなければ、温かくならない代わりに痛みもない。それがいいことがどうかは別として、そんな俺が誰かに殺されるほど恨まれているとは、思いがたいのだが。

「ねぇ、きょうくん。この小説って、本当にただのホラー小説なのかな」

 かき氷をしゃくしゃくしながら、真結がもう一度『幻想』に目を落とす。

「どういう意味?」

「うん……。なんて言うか、これはただのホラー小説じゃないって感じがするの。人間の異常心理を描くだけだったら、他にもっといいやり方があるような……。たとえば、実際にナイフで刺す場面を入れたりとか」

「それは、文集だから出来なかったんじゃない? R指定とか付くと、何かとまずいんでしょ」「そうだけど……。でも何か、この小説には裏に重大な意味が隠されてるような気がするの」

「暗号か何か?」

「うーん……。暗号というか、それに近い何か……」

 真結はかき氷を食べながら、難しい顔をして文集を眺めた。しかし結局何も思い浮かばなかったのか、「何だか、頭が痛くなってきちゃった」と言って顔をしかめた。待て、それはかき氷の効果だ。

「でもやっぱり気になる。ねぇ、この文集、わたしが持って帰っちゃだめ?」

「別にいいと思うけど……。ただ、志ヶ灘に渡すつもりのやつだったんだよな、それ」

 俺はちょっと志ヶ灘のことが気になった。部室で、まだ掌編の謎と向かい合っているんだろうか。今さらながら、悪いことをした気分になってきた。

「でも、藍ちゃんは藍ちゃんで、別の謎に取り組んでるんでしょ?」

「うん。俺が見た限り、結構な難問だった」

「だったら、」と真結は『幻想』を取り上げ、「こっちの謎はわたしが取り組みます。藍ちゃんだけに任せちゃったら、藍ちゃんが大変じゃん」

「……どっちかと言うと、あいつは謎を栄養源にしている部分があると思うんだが」

「とにかく、いいの。わたしだって謎解きしたいんだもん!」

 動機はそれかよ。

「じゃあきょうくん、付き合ってくれてありがとう。わたし、今から家に帰って名探偵になるから。アリバイ調査とかするから」

「誘拐ごっこの次は探偵ごっこか……」

 あと、アリバイ調査とか絶対必要ないだろ。

「では、何か分かったら報告するとしよう。それまで待機してくれたまえ、ワトソンくん」

「……はい」

 真結は得意満面で言うと、俺を置いて『新藤氷店』から出ていった。その颯爽とした後ろ姿に、俺はため息をつく。

 何だか、面倒なことになってきた。

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