第三章―10
駅前の路地裏に、『新藤氷店』という看板の掲げられた小さな店がある。掘っ立て小屋をそのまま店舗にしたような感じの店だ。看板は傾いでいるし、中はこぢんまりとして狭い。それでも、この氷店で売っているかき氷はなかなか美味で、いわゆる穴場の店というやつだった。
一杯百円。シロップはセルフサービスで掛け放題。
いちごシロップで氷を真っ赤に染め上げるのが、篠田真結流のやり方だ。
「藍ちゃんは一緒じゃなかったの?」
その上にさらにコンデンスミルクを投入しながら、真結が尋ねてくる。俺は大人しくメロン味に逃げた。
「部室で一緒だったんだけどさ。誘っても、行かないって言うから」
「藍ちゃんが一度誘ったくらいで行くって言うわけないでしょ。そこは、しつこく誘わないと」
「うん……。でも、ぎくしゃくしてて何となく誘いづらかったからなぁ」
店の中には、ビールケースを逆さにして木の板を敷いただけの簡易式テーブルがいくつかある。俺と真結はそのうちの一つにかき氷の容器を置いた。
「きょうくん、もしかして藍ちゃんとケンカした?」
「いいや。ケンカとかっていうんじゃなくて、なんか空気が気まずかっただけ。別にたいしたことじゃないよ」
「……なら、いいけどさ」
真結は不審げに俺を見ていたが、それ以上を尋ねてくることはなかった。
しばらく、しゃくしゃくと氷を噛み締める涼しげな音だけが続く。真結は途中から、一口食べるたびに眉間を押さえていた。
そんなところ、ふと思い出す。
「そういえば、文集……」
今まですっかり忘れていたが、伊吹さんから文芸部の部誌をもらっていたんだっけ。何かの手がかりにでも、と言われて。
持ってきた通学鞄の中を探ると、あった。『幻想』というタイトルの薄い冊子。志ヶ灘に渡すつもりで、忘れていたのだ。
さて、どうしたものか。今から学校まで戻るのもやぶさかでないが、いま志ヶ灘のところに戻れば、ぎくしゃくした空気がさらに険悪になりかねない。
俺が文集を手に困り果てていると、真結が「なにそれ?」と手元を覗き込んできた。
「これ、文芸部の文集だってさ。依頼人からもらったんだ。話すと長くなるんだが……」
俺は真結にだいたいの事情を説明した。コウライさんのおまじない。謎の二つの掌編。四人の容疑者。手がかりとしてもらった文集。
真結の感想は「また事件ですかな」というものだった。まったくだ。
「とりあえず、その文集ってのを見てみたら? 『さらら』さんの作品が載ってるんでしょ」
「そういうことらしいけど」
真結に促され、冊子を開く。目次には、いくつかの作品名とその著者名が記されていた。ただ、著者名は全員ペンネームなので、誰が誰だか分からない。
冊子の後ろのページには、『製作者』として部員の本名がちゃんとクレジットされていた。そこに容疑者である四人の名前もあったので、やはり『さらら』さんがこのうちの誰かなのは確かなようだ。
さて、問題の『さらら』さんの作品はこれだ。
タイトル『ナイフ』
私はナイフを持っている。鋭くて切れ味が良くて、危険極まりない代物だ。私はこれを、いつか彼の身体に深々突き刺すことを夢見て、ただそのためだけに生きている。
休み時間の教室。
私に狙われていることも知らずに、彼は呑気に友達と談笑している。その顔を見つめ、私はポケットの中のナイフを握りしめた。今日こそ、今日こそと考えて、手の中のナイフが汗で滑る。
不意に、彼がこちらを見た。
気付かれた、と思って、私は瞬時に目を逸らす。緊張で身体が熱くなった。それでもナイフは決して離さない。
彼が、私に近づいてくる。
一歩、二歩。彼の足音を聞きながら、私はナイフを握る手に力を篭める。
「――さん」
不意に、彼に話し掛けられた。今日の日直がどうといった、どうってことのない内容。自分が狙われていることも知らないくせに、あまりに呑気。
ナイフに気付かれないよう、私は自然体で言葉を返す。今にも飛び出して、彼を突き刺そうとするナイフを、ポケットの奥に押し込める。
彼を刺すためだけに、鋭利に磨いてきたナイフ。
私はナイフを持っている。
『作者あとがき』
読者のみなさん、こんにちは。『さらら』です。三年生になったので、そろそろこのあとがきにも慣れてきた今日この頃です。
さてさて、今回の作品はですねー。なんと、最近のわたしの心境を綴ったものなのです。自分小説なのです。こらそこ、退いちゃダメ!
でも最近、ずっとこんな感じなのは本当のこと。そろそろ真剣に○○○○さんの伝説に頼ろうかなーなんて考えてます。うひゃひゃ。
ってことで、短いですけど今回はここらへんで。ではでは、『さらら』でしたっ!




