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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―06

「……こりゃ、困ったな」

 三枚のコピー用紙を見比べて、俺は首を捻った。何だか、数学の証明問題を前にしているような気分だ。どこから手をつけていいのか、さっぱり分からない。

「どうですどうです? 不思議だったでしょう?」

 伊吹さんが俺たち二人の顔をまじまじ見つめてきた。

「そういうわけで、お二人にはこの謎の解明をお願いしたいのであります。具体的に言えば、二つですね。二枚の掌編小説は一体何なのかってことと、それからペンネーム『さらら』先輩とは一体何者なのかってことです。どう志ヶ灘さん、分かりそう?」

「まだ、何とも言えないけど……」

 志ヶ灘は困ったように伊吹さんの顔を見やって、ゆるゆると目を伏せた。珍しい。謎と言えば「絶対に解明します」とくる志ヶ灘が弱気になっているとは。

「とりあえず、問題の論点を整理してみないか?」

 志ヶ灘がいつもの饒舌を失っているので、代わりに俺が口を開いた。

「まず分からないのが、二枚の掌編小説だよな。この二つの小説は限りなく似ている。ほとんど同じといっても過言じゃないくらいに」

「そうですねぇ」と伊吹さん。「でもそれ、逆に言えば微妙に違ってるってことですよね。一つ目のタイトル『太陽の尻尾』と、二つ目のタイトル『息子の物語』とでは」

「うん。そうとも言える。ということはつまり、この謎を解く鍵は、一枚目と二枚目で違っている部分にあるってことだな」

 おっと、なかなかいい着眼点じゃないか、俺。いつもはさんざん志ヶ灘や妹にだめ出しされている俺でも、やれば出来るということか。

 調子が出てきたので、二枚の小説を並べてさらに検討を加えてみる。

「明らかに違うのはこのタイトルだよな。『太陽の尻尾』と、『息子の物語』……。この二つについては、小説内でも置き換えられているみたいだ。というわけで謎の一つ目。この二つの語句の置き換えに一体どんな意味があるのか」

「ふむふむ。さすがミステリ研さんです。理路整然としていらっしゃいます!」

「良し、じゃあ次。この二つの小説でもう一つ、明らかに違っている部分と言えば……。文章のところどころに付けられたカギ括弧だ」

 『息子の物語』の方は、文章の内容こそ『太陽の尻尾』とほとんど同じだ。しかし、いくつかの文章にカギ括弧が付けられている。

 俺はとりあえず、そのカギ括弧付きの文章を抜き出してみた。


『息子の物語を売っている場所はあまりに遠いから』。

『それを待つ人の列が、通路に長く伸びている』。

『まるで忠実な騎士みたいだった』。

『それを見る私は、ひっそりとため息をつく』。 


 何だか、これだけで起承転結が出来ているような気もしないでもないが。

 とにかく、謎の二つ目は……。

「この四つの文章に、どうしてカギ括弧が付けられているのかってことだな」

 俺は二枚のコピー用紙に目を落とした。とりあえず、この二つの小説で違っている点と言えば、今挙げた二つの点だけのようだ。

 『太陽の尻尾』と『息子の物語』の置き換え。

 それから、カギ括弧付きの四つの文章。

 この二つの点にどんな意味があるのかを探ることが、この謎解きの中心になりそうだ。

 俺はとりあえず二つの小説を脇にやって、三枚目のコピー用紙を手に取った。

「じゃあ次は、この三枚目のあとがきに注目してみるとしますか。これによると、この二つの小説は、ペンネーム『さらら』の高校生活の思い出だということが分かる。そしてさらに、『さらら』さんの思い出をもっと詳しく知りたいときは、文芸部室のパソコンにある『後輩の皆さんへ』というファイルを開ければいいらしい。伊吹さん、そんなファイル本当にあるの?」

「ございます」伊吹さんは深々と頷いて、「我が文芸部のパソコンはもう何年も買い換えておりませんからね。ぼろっちーいやつでありますが、その中にはきちんと『後輩の皆さんへ』というファイルが残っているのであります」

「そして、パスワードが付いていると」

「その通りであります」

 再び、深々と首肯。この人、やってて疲れないんだろうかと何となく思う。

 しかし、そういうことならば。

「じゃあ、とりあえず文芸部の部室に行ってみるか。パソコンの他にも、何か手がかりが見付かるかも知れないし」

「現場百回ということですね!」

「いや、そういうわけじゃないけど……。ほら志ヶ灘、探偵は俺じゃなくてお前の役割だろ。行くぞ?」

 三枚の紙を封筒に仕舞って、志ヶ灘を促す。志ヶ灘は何か不満そうにじろりと俺を睨んだが、結局何も言わずに黙って立ち上がった。

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