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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―05

 以前、降霊会事件に巻き込んでしまったお詫びにとミステリ研の部室を訪れた古川は、こんなことを言っていた。

 ――ただ、コウライさんのおまじないについては、いかんせん情報が少なくてね。知ってる生徒もほとんどいないから、僕もあまり詳しいことは知らないんだ。一つ、そのおまじないの特徴として知っているのが、あの『このこと、誰にも口外するべからず』っていう文句。コウライさんのおまじないには必ずあの文句が使われるんだ。

 あの言葉を信じるとするならば、だ。伊吹さんが持ってきたこの封筒は、コウライさんのおまじない、ということになる。

「ねぇ、伊吹さん。この封筒について、ちょっと詳しく聞かせてもらえないかな」

「あらら? それって、ひょっとして依頼を引き受けて下さるってことですか?」

 きょとんと目を丸くする伊吹さん。俺は志ヶ灘を振り返った。お前は構わないか、と目だけで確認する。

 志ヶ灘は小さく息を吐き、渋々と言った調子で、

「仕方ないから、引き受けてあげる。その謎、ちょうど私たちも追っているものだから」

「へぇ。志ヶ灘さんのとこにもこんな謎があるの? それはまた、すごい偶然ですな」

「伊吹さん」と俺。「とりあえず、その謎について詳しく聞かせてくれない? この封筒は誰のものなのか、とかさ」

「了解であります!」

 ぴっと伊吹さんは敬礼してみせ、そして話し出した。

「ええと、この封筒はですね、文芸部の部室に眠っていたものなのです。封筒に刻まれた日付からすると、今からちょうど四年前のものということになりますな」

「四年前ね。てことは、その頃の部員の誰かが作ったってことになるのかな?」

「うむ……。恐らくそうなるのでしょう。ただ、誰が作ったかということまでは判然としないのです」

「そうなの? 今の三年生の先輩とかに聞けば、分かりそうなものだけど」

「いえ、それがですね。実はわたくしたち文芸部、一時期部員がゼロとなって休部の危機に晒されたことがございまして……。そういうわけで、四年前に文芸部に在籍していらっしゃった先輩方とは、全くつながりがないのでございます」

 結局、このコウライさんのおまじないの封筒は誰が作ったものか分からない、ということか。上手くすればその人に連絡を取って真相を教えてもらえると思ったのだが、世の中そう甘くないらしい。

「で? じゃあ、この封筒についてはひとまず措くとして、文芸部の謎ってのは何なのさ」

「はい! それはもう、この封筒の中身を見てもらえれば一目瞭然でして」

 伊吹さんは封筒をぶんぶん振って中身を取り出した。出てきたのは、三枚のコピー用紙だ。

 その紙を眺めようとして、志ヶ灘が部屋の奥で居心地悪そうにしているのに気付く。「志ヶ灘もこっち来て、見てよ」と誘うと、おずおずと俺の方にやって来た。

 志ヶ灘のいつもと違う歯切れ悪い態度に不審を覚えながらも、俺はその紙に視線を転じる。

 それは、どうやら一編の掌編小説であるらしかった。


 タイトル『太陽の尻尾』


 ずっと前から待っている。でも、まだ太陽の尻尾にはたどり着けない。太陽の尻尾を売っている場所はあまりに遠いから。それを待つ人の列が、通路に長く伸びている。

 一糸の乱れもなく真っ直ぐに伸びる列。並んでいる人たちは、死んでいるように微動だにしない。まるで忠実な騎士みたいだった。

 無言で身じろぎしない人々。自分以外の誰かに圧迫されて動けない、愚かな人の群れ。それを見る私は、ひっそりとため息をつく。

 きっと、こんなことじゃ、死ぬまで太陽の尻尾にはたどり着けない。


「なんじゃこりゃ……」

 一枚目の紙に書かれていた掌編を読んだ俺の感想は、そんなところだった。志ヶ灘も感想を洩らしこそしないものの、おおむね俺と同じような顔をしている。

 太陽の尻尾という謎のアイテム。それを買うために列に並ぶ人々。自分以外の誰かに圧迫されて動けない、愚かな人の群れ……。読んだ限りだと、何かの風刺みたいだが。

「伊吹さんの言う文芸部の謎って、これが何なのかってこと?」

「いえいえ、違うのであります」

 伊吹さんはぶんぶん首を振って否定した。

「コピー用紙は全部で三枚。それをすべて読んだときにこそ、謎の正体が明らかになるのです。というわけで、どうぞ二枚目を」

 伊吹さんに差し出されて、二枚目のコピー用紙を受け取る。

 今度は、こうだ。


 タイトル『息子の物語』


 ずっと前から待っている。でも、まだ息子の物語にはたどり着けない。『息子の物語を売っている場所はあまりに遠いから』。『それを待つ人の列が、通路に長く伸びている』。

 一糸の乱れもなく真っ直ぐに伸びる列。並んでいる人たちは、死んでいるように微動だにしない。『まるで忠実な騎士みたいだった』。

 無言で身じろぎしない人々。自分以外の誰かに圧迫されて動けない、愚かな人の群れ。『それを見る私は、ひっそりとため息をつく』。

 きっと、こんなことじゃ、死ぬまで息子の物語にはたどり着けない。

  

「はぁ?」

 なんだこの、一枚目を全文コピペしたような手抜きっぷりは。『太陽の尻尾』のところが『息子の物語』に改変されているだけで、あとは全部一枚目と同じじゃないか。

「いえいえ、違います」と伊吹さん。「ほら、ご覧になって下さい。ところどころ、文章にカギ括弧が付いているでしょう。この括弧が何を意味するのか、我々にはすっかりお手上げなのです。とにかく、最後の三枚目をご覧下さいませ」

 受け取った三枚目は、小説のあとがきのようなものだった。


 後代の文芸部のみなさん、こんにちは。私はかつて、この文芸部に在籍した者です。ペンネームは、『さらら』といいました。

 この封筒に入っている他の二枚のコピー用紙は、私の高校生活の思い出です。結局使うことはなかったのですが、どうしても捨てきれず、この部室に残していくことにしました。もし邪魔なようだったら、捨てて下さい。

 それと、私の高校生活の思い出を知りたいという人がいたら、部室のパソコンへ。パスワード付きの『後輩の皆さんへ』というファイルがあると思います。パスワードはずばり、私の本名。二つの掌編の謎が解けた人にだけ、私のメッセージを伝えましょう。

 では、西高文芸部のさらなる発展を祈って。

 ペンネーム『さらら』より。

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