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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―04

「へえぇ。志ヶ灘さんって、ミステリ研究会の部員だったんだ。わたし、全然知らなかったよ」

 何の前触れもなくミステリ研の部室にやって来たその少女は、志ヶ灘にえらく愛想良く話し掛けていた。

 長髪を三つ編みに結った、人懐っこそうな女の子だ。くりっと目が大きくて、瞳にきらきらとした輝きを湛えている。きっと人生楽しいんだろうなぁ、と遠い目で眺めたくなる少女だった。 志ヶ灘の方は、絡まれて困惑しきっているみたいだが。

「わたし、降霊会事件っていうのをミステリ研が解決した、っていう風の噂を聞いてここまで来たんだけどね。ひょっとして、あれを解決したのって志ヶ灘さんなの?」

「それは確かに、そうだけど……」

 新鮮だ。志ヶ灘が常体で他人と話している。いや、相手が同級生ならそれで当たり前なんだろうが、見慣れない光景なだけに妙な違和感を覚えてしまう。志ヶ灘もそれを気にしているのか、ちらちらと気まずそうな視線を俺に向けてくる。

 何だか、志ヶ灘があまり喜んでなさそうなので止めに入ることにした。

「えーと、だ。志ヶ灘、こちらの方は?」

「あ、すいません。申し遅れました」

 志ヶ灘に訊いたのだが、三つ編みの女の子がくるっと俺に向き直り、自ら名乗り出てくれた。

「わたくし、ここの文化部部室棟の住人であります、文芸部一年の伊吹と申します」

「文芸部……?」

「はい。もっとも、人員減少により部活動の成立要件を満たせなくなっちゃいましたので、今は研究会って扱いですけどね。志ヶ灘さんとは、いわゆるクラスメイトな関係なのです。ね、志ヶ灘さん?」

 志ヶ灘は伊吹さんという女の子と俺を交互に見やり、それから視線を落として小さく頷いた。いつもの志ヶ灘らしくない、自信なさげな挙動だった。

 志ヶ灘さん、という微妙な親密感の呼称、それから志ヶ灘の態度なんかから、この二人の関係性を漠然と悟る。

 クラスメイトではあるが、特に仲良いわけではない関係、かな。

「で、伊吹さんはなに。このミステリ研に何か用なの?」

 俺は伊吹さんにパイプ椅子を勧めながら尋ねた。志ヶ灘は表情を曇らせて軽く俯いているようだ。伊吹さんは「お気遣いどーも」と八方美人的笑顔で俺に礼を述べて、ちょこんとパイプ椅子に腰掛けた。

「実はですね、わたくしもよく知らないのですが、なんでもミステリ研が降霊会事件なる事件を解決に導いたという風の噂を伺いまして。それでわたくし、ひょっとするとミステリ研さんに頼めば、文芸部の抱えている謎も解いてくれるんじゃねっかなーと期待した次第なのであります」

「文芸部の謎……。それってもしかして」

 何だか嫌な予感がした俺に、伊吹さんは満面の笑顔で、

「つまり、依頼人ということですね」

 依頼人。このミステリ研にか?

「あのね、伊吹さん。ご期待のところ申し訳ないんだけど、ここは探偵事務所じゃないんだよね。ただのミステリ研究会。分かる?」

「そりゃ、分かってますけどぉ。でも、ミステリ研さんが事件を解いたって言われたら、なんか期待しちゃうじゃないですか」

「期待されても駄目。ウチは探偵事務所じゃないから、そういう相談事は受け付けられません。生徒会にでも頼んでみたら?」

「そんなの、頼りになりませんって。ねぇ、志ヶ灘さんはどう? わたしの依頼、受けてくれない?」

「どうって言われても……」

 志ヶ灘は困ったように視線を落とす。

「私、今は他の謎解きを抱えてるから。伊吹さんのまでは手が回らない」

「え、志ヶ灘さんってそんな事件持ちの探偵さんなの? ますますすごいじゃん!」

 断り方を間違えたみたいだ。伊吹さんは目を輝かせて志ヶ灘に迫っていく。その志ヶ灘が控えめに視線で俺に救難信号を送ってきたので、俺は頭を掻いてため息をついた。

 何だか、志ヶ灘に頼られるのって妙な気分だが。仕方ないので二人の間に割って入る。

「はいはい、ストップストップ。依頼は穏便かつ善良な手段で行っていただかないと困ります」

「むぅ。じゃあ、穏便かつ善良な手段で依頼すれば、引き受けて下さるということでしょうか?」

「場合によっては。こうやっていても埒が明かないし、とりあえずその文芸部の謎っていうのを聞かせてもらえる?」

「おおっ。わたくし伊吹、ミステリ研さんの寛大なるご措置に、至上の感謝を申し上げる所存です!」

 伊吹さんは変な敬語でお礼を述べると、がばっと勢い良く頭を下げた。こりゃ志ヶ灘とは釣り合わないよな、と心の中で苦笑する。

 まぁ、とりあえず依頼を聞いてから適当な理由つけて断ればいいか、とかそんな風に考えていたのだが。

 俺のその楽観は、伊吹さんが取り出してきた品物を見た瞬間、吹っ飛ぶこととなった。

「では、ミステリ研のお二人さん! これが文芸部の謎であります!」

 伊吹さんが取り出したのは一枚の封筒――。 

 そこには、『このこと、誰にも口外するべからず』という一文が刻まれていたのだ。

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