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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第三章 名探偵の憂鬱
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第三章―02

 夏と言えば八月だ。すなわち、犯人はこの中にいる。

「はい、お兄ちゃん。八月六日、八月九日と言えば」

「原爆が広島、長崎に投下された日だ」

「では、その日とこのアイテムに関係性はありますか」

 ろうそく、紙人形、鳥のぬいぐるみ。

 ろうそくは戦没者を悼むものだとして、紙人形と鳥のぬいぐるみが意味不明だ。ハトなら平和の象徴ってことになるかも知れないが、この鳥はハトじゃない。黒っぽい毛色をしている。俺の知らない鳥だった。

「じゃあ次。八月十五日と言えば」

「終戦記念日だ」

「残念でしたー。正解はお盆休みでーす」

 何だよその、小学生レベルの嫌がらせ。

「じゃあ、お兄ちゃん。お盆休みと言えば何ですか」

「ええと、昆虫採集、送り火、夏祭り、盆踊り……」

「本当は?」

「交通渋滞、お小遣いボーナス、実家でゲーム、風邪を引く……っておい」

 そんな調子で、八月の行事とアイテムリストを次々照らし合わせていく。しかし結局、三つのアイテムと関連性を持つ行事を発見することは出来なかった。

 再び、一緒にベッドへ仰向けに寝転がり、カレンダーを掲げて二人で眺める。

「おかしい。てっきり八月の何かの行事だと思ったのに、見付からないなんて」

「やっぱり、夏じゃないんじゃないの? 前提条件から間違ってたんだろ」

「なにそれ。さきが間違ってたっていうの?」じろっと横目で睨まれる。

「まぁ、早季の推理力はたいしたもんだと思ったけどさ。しょせんは俺の妹だったってことで」「……………………」

 早季は黙ってカレンダーを睨み付けている。時計を見ればもう十時だ。俺の問題のせいで早季まで睡眠不足にするのも何だか悪い気がする。

 だから、「あとは俺が一人で考えるからいいよ」と、そう言いかけたときだった。

 何気なくぱらっと捲ったカレンダーに、早季の目が大きく見開かれた。

「お兄ちゃん……これ……」

「どうした?」

 早季がベッドから身体を起こす。それにつられて、俺も起き上がった。

「きっと、これだよ。間違いない」

 自信を持って断言すると、俺に強いまなざしを向けてくる。俺は早季の指が示す、その日付を見やった。

 それは、七月七日。

 七夕だった。



「よし出た。えーとだな。庶民の味方Wikipedia様によると、」

「参考文献とか明示しなくていいから、お兄ちゃん」

 まず、ろうそく。

 北海道では七夕の日に「ろうそくもらい」という行事が行われているらしい。夕暮れ時から夜にかけて、子ども達が近所の家々を回ってろうそくやお菓子をもらい歩く行事なんだとか。日本版ハロウィンみたいなものだ。

 次に、紙人形。

 こちらはどうやら、ただの紙人形ではなくて「七夕人形」というものらしい。長野県松本市では、七夕の日に七夕人形という紙製の人形を軒に吊す風習があるんだとか。人形に自分の身代わりになってもらうことで災いや病を避けられるという、人形を使った厄払いの形態の一つなのだそうだ。

 最後に、鳥のぬいぐるみ。

 正体不明だったこの鳥は、どうやらカササギという種類の鳥のようだ。天の川の両側に引き離された織姫と彦星が、七夕にだけ会うことが出来るというのは有名な物語。しかし、この七夕伝説にはいくつかバリエーションがあるらしい。中国では、七夕の日に天の川に橋が架かることで、二人が再会できたという話になっている。その天の川に橋を架けたのが、他でもないこのカササギという鳥なんだそうだ。

「というわけで、これでろうそくと七夕人形、カササギについては謎が解けたわけだな。残るは、浴衣とそうめん、金銀BB弾入りの砂と竹ひごと粘土玉の三角形だ」

「浴衣はそのまんまでしょ。最近の七夕なんて、カップルが浴衣着て花火見るイベントに成り下がってるし」

「悪かったな。成り下げてて」

 どうせ俺と真結は毎年、浴衣着て花火見に行ってるよ。カップルじゃないけど。

「そうめんも同じだね」と早季。「七夕の日にそうめん食べる風習って、結構どこにでもあるんじゃない? さき、聞いたことあるもん」

「ふむ。で、結局あの意味不明な二つが残るわけだな……」

 金銀BB弾入りの砂と、竹ひごと粘土玉の三角形。

 しかし、七夕ということを考えると、後者の方は何となく見当がついた。

 七夕で三角形といえば、だ。

「ひょっとして夏の大三角か、これ。デネブとベガとアルタイルの」

「ちょっと無理があるけど……多分、そうだと思う」 

 俺は部屋のカーテンを開け放ち、夜空を見上げた。デネブもベガもアルタイルもかなり明るい星だから、俺だって見付けることが出来る。そのベガの和名が織姫で、アルタイルの和名が彦星だってのは有名すぎる話だ。すなわち、これも七夕と関係がある。

 さて、となると最後に残ったのは……。

「このBB弾入りの砂か……」

 俺はビニール袋に入ったそいつを手に取った。この間、いまいましいことに我が家の食卓を砂まみれにしてくれた代物だ。

 七夕と、砂。いや、単なる砂じゃなくて、金色と銀色のBB弾が中に入っている。これと七夕と、一体どんな関係があるのか。

 先に答えに辿り着いたのは早季の方だった。

「あ、さき分かっちゃったかも」

 ぱちんと手を打ち鳴らし、にやにや笑いを俺に向けてくる。

「これ、お兄ちゃんもきっと知ってるよ。ちょう有名な歌だもん」

「歌だと?」

 七夕と、歌。七夕の季節に流れている歌と言えば……。

 小学生の頃、学校で歌わされた童謡が、ふと頭に浮かんだ。

「さーさーのーは、さーらさらー」早季が歌い始める。「のーきーばーに、ゆーれーるー。おーほーしさーまーきーらきらー」

 この後に来る歌詞を、俺は知っていた。

 早季と一緒に、口にする。

「きーんぎーんすーなーご」

 織姫と彦星の間に横たわる天の川、そこに散らばる無数の星々を表すその単語。

 金銀砂子、だ。

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