第三章―01
第三章 名探偵の憂鬱
一文字目。
「ろかゆそきとた」
二文字目。
「うみかうんりけ」
三文字目。
「そにためぎのひ」
……別に気が狂ったわけではない。復活の呪文を暗記しているわけでも、邪神を復活させようとしているわけでもない。封筒の暗号と睨めっこしているだけだ。
真結の誘拐事件があった日曜日から数日後、封筒の謎はさらに増殖していた。
まず、家のポストに番号『10』の封筒。中身は何かの鳥のぬいぐるみだった。
さらに、学校の下駄箱に番号『7』の封筒。こちらの中身は金銀BB弾入りの砂と肩を並べる意味不明さで、竹ひごと粘土玉で作られた三角形だった。
送られてきたものをリストにすると、こうなる。
番号 中身
4 ろうそく
6 紙人形
9 浴衣
5 そうめん
2 金銀BB弾入りの砂
10 鳥のぬいぐるみ
7 竹ひごと粘土玉の三角形
「わけ分かんねぇ……」
夜、奈須西家の自分の部屋。もらったすべてのアイテムを床の上に広げて、俺は頭を抱えた。
高麗さんの話によると、この封筒の謎は何かの暗号になっているとのことだ。ならばと思って、とりあえずアイテムの頭文字を並べて読んだりしてみたのだが、全く意味を成さなかった。
ベッドに寝転がり、志ヶ灘のセリフを頭に浮かべる。
――あれが暗号だって分かったのは大きな進展ですけど、それは逆に、すべての手がかりが出揃わないと答えを出せないという状況をも意味します。送られてきたものの共通点を探し出すだけなら、手がかりが全部出なくても途中で分かったってことがあるでしょうけど。
「やっぱり、共通点から探るのが先決なのかなぁ……」
そう簡単には暗号の答えは導き出せませんよ、ということなのか。
アイテムをリストした手帳を、顔の上に掲げる。
しかし、共通点にしたってそう簡単には見出せないような気がした。真結は、これらのアイテムは夏に関係があるものなんじゃないかと推理した。確かに、浴衣やそうめんだけ見れば夏っぽい気がする。でも、他のアイテムは夏と結び付けるにはいささか無理があるのだ。特に、金銀BB弾入りの砂。意味不明すぎる。
無意味にベッドの上でごろごろしていると、前触れもなく部屋の扉が開いた。
「お兄ちゃんいる?」
桃色のパジャマ姿の早季が、ドアの隙間から顔を覗かせていた。ノックしろよ、とは何度も言っているのだが、聞く気配すらない。俺は半身を起こした。
「いるけど、何か用?」
「用はないけど」
そう言って、早季が部屋の中に入ってくる。床に散らばった謎のアイテムを見て、「うわ、派手にやってるじゃん」と感想を述べ、遠慮もなく俺のベッドに腰を降ろしてくる。
「何だよ。お兄ちゃんは忙しいんだから、用がないなら出てきなさいって」
「なにそれ、ひどい。お兄ちゃんが困ってるみたいだから、せっかくさきが手伝いに来てあげたのに」
ちょんちょん、と早季は素足で床に散らばった無数のアイテムを指した。こいつひょっとして、小賢しいことに俺に助力を申し出ているのか?
「いらんいらん。お兄ちゃんが一晩かけても解けないんだから、早季なんかに解けるわけないだろ」
「なに言ってるの、お兄ちゃんだけだったら百晩かけても解けないでしょ。ほら、さきも寝転がるからあっち行って」
ぐいぐい、と妹に脇腹を押されて、海苔巻きみたいに頃がされる俺。お兄ちゃんに権威などなかった。
というわけで、早季と一緒にベッドへ俯せに寝転がる。アイテムをリストした手帳は一冊しかないので、早季と共有して覗き込むような形になった。中途半端に伸びた早季の髪が俺の肌にちくちく触れて、くすぐったい。
「で。お兄ちゃんはどこまで行ったわけ?」
「これらのアイテムに何らかの共通点があるってところまで。この間、真結の奴が夏に関係あるんじゃないかって言ってたんだ。確かに、浴衣とそうめんは夏っぽいんだけど、他はちょっと無理があるんだよな」
「ふぅん……。でも、浴衣とそうめんは夏に関係があるものなんでしょ?」
「うん。多分」
「だったらさ、他の物も必然的に夏と何らかの関係があるってことになるじゃん。このアイテムが全部、一つの共通点でつながれてるんだとしたら」
「あ、そういえば」
言われてみればその通りだった。ぽんと手を打った俺に、早季が「これだからお兄ちゃんは……」と湿っぽい視線を向ける。
「直接、夏とは関係がなくてもさ。たとえば、夏祭りとか海水浴とか肝試しみたいに、どこかで夏を連想させるテーマで共通点を見出せないかな」
「ううむ。ろうそくや紙人形はどうにかなりそうだけど、金銀BB弾入りの砂とか、竹ひごと粘土玉の三角形とかは意味不明だな……」
「だから、そういう分かりづらいのは後回しにして考えるんだってば」
早季がペンで金銀BB弾入りの砂と竹ひごと粘土の三角形にばつ印を入れる。浴衣とそうめんは夏を連想させるものだから除外。
残ったのは、ろうそく、紙人形、鳥のぬいぐるみ。
「結局、この三つの共通点がそのまま全体の共通点になるんだと思うよ」
「……お前、意外と頭いいんだな。本当にお兄ちゃんの妹か?」
いや、それとも俺が標準以下なだけなのか。何故か、頭の中で「せんぱいは洞察力が不足してるんですよ」という志ヶ灘の声が響いた。
「まぁ、とにかくここまで分かったんだから」と早季はベッドから身体を起こして、「後は、虱潰しにするだけでしょ」
俺の部屋に掛かっているカレンダーを取り外した。




