第二章―15
結局その後真結と二人で『マツシタ屋百貨店』をうろうろしたので、地元駅に帰り着いたのは日も暮れた夜七時だった。
真結の機嫌は、デパートを出る頃にはだいたい戻っていた。わがままを聞いて、服屋巡りに付き合ってやったおかげかも知れない。
真結は昔からこういう奴なのだ。俺の知らないところで細々と誰かに気を遣っては、一人で悩み、一人で傷つく。俺の役目は昔から、そんな真結のご機嫌取りと決まっているんだ。
地元駅から北上すると、俺たちの通う県立西高が見えてくる。学校の前を走っている天川は、夜に見ると黒々として何だか不気味だった。
天川に架かる、天の橋。
橋を渡れば学校側だが、俺と真結の家は橋のこっち側に位置している。対岸に息を潜める獣のような高校の校舎を望みながら、俺たちは天川沿いの土手を歩いた。
アスファルトで舗装された土手道を、一定間隔で設置された街灯が薄ぼんやりと照らしている。六月下旬の夜はむっと空気が濃くて、土手端の草むらの青くさい匂いが鼻についた。
「この土手道を二人で歩く夜と言えば、」と真結。「そろそろ、納涼祭の季節だよね。七月第一週の土日」
「納涼祭か……」
そういえば、と思い出した。俺は毎年、この街の納涼祭に真結と二人で出掛けている。公園一つだけで開催されるものだから、祭りといってもそんなに規模の大きなものじゃない。りんご飴や金魚すくいの屋台が出て、地元の人間が内輪で楽しむ程度のものだ。
この街の納涼祭は毎年、七月の第一週に開催される。それはすなわち来週だった。
俺の隣を歩く真結が、何気なく尋ねてくる。
「今年も行く? 一緒に」
「まぁ、俺はどっちでもいいかな。真結が暇なら付き合うよ」
「あ、なにそのクールに決めてる感じ。きょうくんにはそういうの、似合わないと思います」
いちいち俺の態度にケチをつけてくる。だったら、どういうのが似合うのかと尋ねてみた。
「そりゃ、他人の意見に流されるような感じでしょ。真結が行くところには俺もいくー、みたいなの」
「ただの金魚のフンじゃねぇか。それ」
「でも、どうせ今年だって一緒についてくるんでしょ。きみなら」
「まぁね」
俺は曖昧に頷いた。やっぱりじゃん、と真結が言って少しだけ笑う。その笑い声さえも、こんな夜の中では尾を引かず、薄弱に闇へと紛れてしまう。
頬の筋肉が、微妙に固まる気配。
夜の磁力に引かれるように、真結がぽろっと言葉を零す。
「ねぇ、きょうくん。わたしたちって、いつまでこのままでいられるんだろうね」
何故だか、どきっとした。
「……何だよ、急に」
「分かんないけど。でも今、何となくそう思った」
そうか、とか。およそ意志薄弱な俺は、そのくらいしか返す言葉のバリエーションを持たない。不意に生じた感情の乱れから目を逸らすように、天川の黒々とした流れを眺める。
わたしたちって、いつまでこのままでいられるんだろうね。
その言葉の意味を、俺はどこかで理解している気がした。
「もう夜でも寒くないね。夏が近いみたい」
真結の言葉に、俺は黙って頷いた。
季節は巡り、もうすぐ夏が来る。
土手道は黒く、どこまでも伸びている。
刻々と変化していく風景の中で一人取り残された俺は、その暗闇の底に目を細めた。




