第二章―14
このところ、封筒の謎やら降霊会事件やらで忙しくて、自分の誕生日のことなどきれいさっぱり忘却していた。しかし、よくよく思い出してみれば、学校の下駄箱に紙人形入りの封筒を発見したあの日の朝、俺は真結と誕生日プレゼントに関する会話を交わしていたのだった。
この誘拐事件を企画した真結の動機は、結局のところ一言で片付けることが出来る。
『照れ隠し』。
真結は俺に素直にプレゼントを渡すのが癪だったものだから、プレゼントの対価に俺をさんざん苦労させたというわけだ。困った女の子だ、まったく。
「じゃあ、私はこれで。後はバカップル同士、後生楽しくやって下さい」
喫茶店で真結を見付けて一通り話をした後、志ヶ灘はそう言って俺を睨み付け、喫茶店から出ていってしまった。その手には、真結が藍ちゃん用にと買ってきたお菓子の詰め合わせが握られていた。もっとも、あいつはあいつで、真結との勝負に勝っただけで充分満足げだったので、そんな埋め合わせはいらなかったのかも知れないが。
その後、俺は真結と喫茶店で向かい合うことになった。
「しかし、しち面倒くさい演出をしたもんだな。プレゼントくらい、そのまま手渡せば良かったのにさ」
真結の前にはカフェオレが一杯。さっきまでは熱かったそれも、今はすっかり冷めているみたいだ。真結はそのカフェオレのカップの縁を人差し指でなぞりながら、答える。
「……だって、そんなの恥ずかしいじゃん」
「俺には、こんな場所で『わたし、誘拐されちゃいました!』とか喋る方が、よっぽど恥ずかしいと思うんだが……」
「それとこれとは別問題なの」
真結は怒ったように言って、再び目を伏せた。何度か唇をもぞもぞと動かしたのち、躊躇いがちに口を開く。
ぼそぼそ、と呟くように。
「……それに、藍ちゃんと仲良くなるっていう意味もあったから。この誘拐事件」
「え?」
思わず聞き返すと、真結は顔を上げて俺を見つめた。
「きみだって分かるでしょ。藍ちゃん、あんまりわたしのこと好きじゃないみたいだから……。だから、仲良くなるために何が出来るかなって考えて」
「誘拐事件を思いついたわけ? いやそれ、どんな思考回路だよ」
「しょうがないじゃん」真結は唇を尖らせて、「藍ちゃんって、普通に話し掛けたり仲良くしようとしても、逆に煙たがられて嫌われちゃうし。だから、藍ちゃんの好きな謎解きって形にしたら、ちょっとは距離を縮められるかなって思って」
「距離を、ねぇ……」
確かに、謎解きは志ヶ灘の大好物だ。こと推理ゲームにおける勝負では、志ヶ灘はいつもの十倍くらい目を輝かせてやる気を出す。そういう意味では、この誘拐事件で志ヶ灘との距離を縮めるという作戦は成功したのかも知れないが。
しかし、感じてしまう根本的な問題の相違。
志ヶ灘は本当に、真結のことが好きじゃない――嫌いなんだろうか?
本屋で志ヶ灘と話したときに俺が感じたのは、嫌いとか苦手とか、そういう単純なものじゃなかった。そうじゃなくて、もっと複雑な何か……。
何となく、分かるようで分からない。小骨が喉に突っかかって取れないような、そんな気持ち悪い感覚。
「やっぱり、藍ちゃんってそうなのかな……」
真結がふと呟く。俺に聞かせることを意図したものではなく、独り言めいた呟きだ。真結は眉間に皺を寄せると、深く息をついて黙り込んでしまった。さっきまでの暴走っぷりが嘘のような、憂鬱な表情。
その意味が分からなかった俺は、他にすることもなかったのでコーヒーを飲んだ。
苦かった。少しだけ。




