第二章―11
ターミナル駅から、地下鉄の環状線を使って約二十分。『欠川城前』という何の捻りもない名前の駅で下車し、地上に出ると、目の前に城郭がでかでかとそびえ立っていた。城門が解放されていて、そこで入場チケットを買って中に入る仕組みらしい。大人一人、五百円。何だか無意味な出費を強いられているようで財布の中身が気になるところだ。
城門から城の入り口までは、丸太で作られた階段が延々と伸びている。俺がのろのろ登っていたら、とっくに上まで行っていた志ヶ灘が憤慨した様子で戻ってきて、「せんぱいは亀さんなんですか?」と腕を引っ張られた。休憩しないウサギさんが最強であるのは言うまでもない。
さて、『欠川城』の中に入る。
パンフレットに紹介されていた通り、城の内部は博物館のようになっていた。古びた兜やら鎧やら巻物やらが、ショーケースに収められ展示されている。俺の推理は正しかったようで、城内には冷房が効いておらず、確かにちょっと暑かった。
志ヶ灘は展示品をすべて無視して、直行で階段を登っていく。
俺はせっかく金を払ったのだから、せめて五百円分くらい展示を鑑賞したいと思ったのだが、のろのろしていると志ヶ灘が「亀さん、遅いですよ」とやって来てしまう。仕方なく、負けず嫌いな後輩の背中を追って階段登りに終始した。
そして、天守閣。
「いない……?」
階段を登りきって、フロアを見回した俺の一言目がそれだった。
ぱっと見た限りでは、『欠川城』の天守閣に真結の姿はなかったのだ。
いや、よく見なくても分かる。天守閣はせいぜい十畳程度の狭いフロアで、真結がいればすぐに気付くはずだった。しかし、天守閣にいるのは俺と志ヶ灘、それに人の好さそうな老夫婦だけ……。
一体どうなってるんだ。
「おかしいですねぇ……」
志ヶ灘は眉をひそめ、腕組みして辺りを見回している。自分の推理が間違っていたらしい、という悔しさと、不可解な謎に向かっていくやる気が同居したような表情だった。どこかしら嬉しそうにも見える。
「天守閣じゃなくて、このお城の別のフロアに篠田先輩がいたっていう可能性はないでしょうか。私、わき目もふらずに登って来ちゃったから、もしかすると見落としてるのかも」
「……電話、してみるか」
俺はスマートフォンを取り出し、真結の番号をコールした。「絶対、降参とか言っちゃ駄目ですよ」と志ヶ灘に強く念を押される。
スリーコールで応答があった。
『おう。こちら誘拐犯だ』
まだやってるのかよ。俺は頭を抱えた。
「あのさ、真結。とりあえず俺たち、さっきもらったヒントとパンフレットを頼りに、『欠川城』に来てみたんだ。今、天守閣にいる」
『そうなのか』
「うん。でも、真結が見付からないんだ。『欠川城』が全部の条件を満たすから、ここに間違いないと思うんだけど……。もしかして真結、城の別のフロアにいたりしない?」
『ふっはっはっは』
なんか高笑いされた。
『残念だったな、きょうくん。真結がいるのは『欠川城』ではなかったのだ。すなわち、それ以外の三つの場所のどこかにいることになるのだ』
「城じゃなかった……? でも、だったらどこに」
『馬鹿め。それを考えるのが、きょうくんの役目なのだ』
「うーん……。でも、移動にお金も掛かるしなぁ。そろそろ、俺たちの負けってことで、こうさにゅううう!」
ぐいーっと、背後から頬を思いっきり引っ張られた。
肩越しに振り向くと、志ヶ灘が鬼の形相で俺を睨んでいた。
「にゃにをすりゅ」と俺。
「私たちはまだ負けてません。降参とか、絶対だめです」
「でみょ、このみゃみゃだと俺の金がにゃくにゃるっていうか」
「私が貸してあげます。とにかく次、降参とか言ったらぶっ飛ばしますよ。いいですか?」
「ひゃい」
手が離された。電話の向こうで真結が素に戻って『ちょっと、きょうくん? どうしたの?』と心配げな声を立てている。何でもない、と俺は答えた。
「まぁ、じゃあ分かったよ。とにかくもう一回、よく推理してみるから」
『うむ。そうするが良かろう』
真結も変な声に戻った。……いや、戻ったというのは変か。
『それと、もう一つ』
「あ、まだ何かあるの?」
『あるのだ。いいか、よく聞け。たった今から、タイムリミットを設定する』
「タイムリミット?」
『そうだ。時間内にお前がここへ辿り着くことが出来なければ、真結は死ぬ』
「……いや、なんで自分で自分を追い詰めてるんだよ」
『とにかく!』真結は突っ込みをはね除けて、『タイムリミットは今から四十分後だ。四十分経ってお前が現れなければ、この、た……』
「た?」
『いや……なんでもないのだ。とにかく、時間的に考えてお前たちが回れるのはあと一箇所だけ。よく考えることだな。ふっはっはっは!』
ぶちっ。
……もう勘弁して下さい。




