第二章―10
「しかし、真結の奴もなかなかやるな……。適当なヒントばかり出しているようで、意外と巧妙に配置されていやがる」
「大丈夫ですよ、せんぱい」
志ヶ灘は俺を見つめて不敵に笑った。
「私がついている限り、せんぱいに負けはありませんから。この勝負、絶対に勝ちます」
「……そりゃ頼もしいこった」
確かに、志ヶ灘と真結の頭の出来を比べれば、圧倒的に志ヶ灘の方に分があるような気がした。俺がのっけから戦力外通告されているのは、まぁ気にしないでおこう。
さて、三つ目。『栗ヶ岳』だ。
「ていうか、山って斬新だな。明らかに他の場所から浮いてるぞ」
「意外と大穴かも知れませんね、ここ」
条件を考えてみよう。
紹介文によると『栗ヶ岳』は標高632Mの山だ。頂上にいれば、さぞかし見晴らしがいいことだろう。すなわち一つ目の条件『見晴らしがいい場所』はクリアする。
さらに、山なんだから言わずもがなだが、遠くからでも見付けやすいだろう。他の高層ビルと見分けのつかないデパートと違って山がそういくつもあるわけないし、方角や高さなんかから見分けもつくはずだ。よって二つ目の条件『遠くからでも見付けやすい場所』もクリア。
しかも、一般論として山は暑い。涼しい場所もあるかも知れないが、少なくとも冷房が効いているような場所はあるまい。となると、これは三つ目の条件『ちょっと暑い場所』もクリアする……。
何てこった。『栗ヶ岳』が呆気なくすべての条件をクリアしてしまったぞ。
「おい、志ヶ灘。分かったぞ、真結がいるのは『栗ヶ岳』なんだ」
「……………………」
俺がそう言っても、志ヶ灘は何故か怪訝な表情で黙り込んだままだった。パンフレットの『栗ヶ岳』の写真をじっと見つめて、微動だにしない。
やがて志ヶ灘はゆっくり顔を上げると、俺をまじまじ見つめて一言。
「……普通、女子高生が一人で山なんか行きますかね」
「……………………」
確かに、そうだった。
いくら勝負のためとはいえ、真結のような奴が一人で山に行くか?
いや、勝負に全身全霊を傾ける志ヶ灘なら行くかも知れないが、基本的に真結は根性がないし体力もない女の子だ。小学校の時の林間学校では、真結は確か足が痛くて動けなくなって、途中で下山したはず。ちなみにその時の班のリーダーが俺で、真結をおんぶして延々と山道を下る羽目になったというのは全くどうでもいい余談だ。
いやしかし。とするならば。
「真結は、『栗ヶ岳』にはいない……?」
「そういうことになりそうですね」
何てこった。せっかく正解を見付けたと思ったのに……。
しかし、違うのなら仕方がなかった。それでも俺たちはまだ希望の光を見失ったわけじゃない。ほら、まだ容疑者がもう一箇所残っているじゃないか。
最後の容疑者、江戸時代の名城『欠川城』――。
「城か……」
山には及ばないが、城も異色と言えば異色の場所だ。さて、条件と照らし合わせてみようか。
一つ目の条件『見晴らしがいい場所』。
俺の勝手なイメージでは、城ってのは割合背丈が高い。子どもの頃に両親と早季と一緒にいった何とか城では、確か天守閣に望遠鏡が設置されていたような気がする。
確かに、最近では城よりもでかい高層ビルなんて腐るほどあるだろう。しかし、よもや高層ビルを城の目の前に建設して眺めを阻むようなことはするまい。とすると、『欠川城』は一つ目の条件『見晴らしのいい場所』をクリアする。
二つ目の条件『遠くからでも見付けやすい場所』。
これはもはや検討するまでもなさそうだ。城がそこそこ大きな建造物である点に加えて、何よりあの特徴的な形。遠くからも一目で分かるはずだ。二つ目の条件は楽々クリア。
そして三つ目の条件『ちょっと暑い場所』。
これはちょっと難しそうだ。
「なぁ志ヶ灘。城って、クーラー効いてたりするのか?」
「さぁ……私もあまりお城って行ったことないので、なんとも」
ふむ。俺は考えた。
確かに、観光客を呼び集めるのなら、城だって夏の暑い時期は冷房を効かせているかも知れない。しかし、パンフレットの紹介文によると『欠川城』は「本格的な木造建築」だ。
木造建築の前に「本格的」と付いているのなら、当時の城の姿が忠実に再現されていると考えるべきではないか。そしてもちろん、江戸時代に冷房なんてのがあるわけもなく……。
「決まりだな」
俺はにやりと笑った。
「城なら、山と違って真結が一人で行ってもさほど不思議じゃない。つまり真結がいるのは、三つの条件を全部満たす『欠川城』なんだ」




