第二章―08
「……………………」
いや、なに言っちゃってんの、この人。
『おい、聞いてるのか? 篠田真結は誘拐した』
「……ツッコんでいい?」
『だめ! とにかく、今はそういう設定なの!』
真結が元の声に戻って怒っている。なんだこれ。イタ電か、イタ電なのか?
『繰り返す。篠田真結は誘拐した。返して欲しくば、今から言う場所に来い。いいか?』
「いや……」
『返して欲しくば、今から言う場所に来い。いいか?』
「……はい」
何だかよく分からないが、どうやら真結が誘拐されたという設定で自作自演しているらしい。とりあえず乗ってみることにした。
「ええと、そちらが指定する場所に俺が行けばいいんですね。分かりました」
『そうだ。ただし、この場所がどこなのかはお前が推理するんだ。こちらはヒントしか与えない』
「はぁ……分かりました」
『良し。じゃあ、ちょっと待て。真結の声を聞かせてやる』
真結はそう言って一度電話口から離れたようで、しばらく間が空いた。どうやら誘拐犯が真結を連れてくるときの間であるらしい。無意味にディテールに凝っていやがる。
しばらくして、普通の真結が電話に出る。
『あ、きょうくん。わたし、誘拐されちゃいました!』
「……だから、何やってんのきみは」
『いいですか、きょうくん。今から、わたしがいる場所のヒントを三つ言います。この三つのヒントから、わたしが誘拐された場所を当てて下さい』
「あー……まぁ、分かったよ」
色々ツッコミどころはあるのだが、この際全部無視することにした。
要するに、これは真結からの挑戦状であるらしい。真結が今いる場所をヒントから推理し、実際のその場所へ行けということだ。
『いいですか、ヒントは一度しか言いません。だから、耳の穴かっぽじってよく聴いて下さい』
「はい、分かりましたよ」
『では、一つ目のヒントです。えーと、ここは見晴らしがいいです。いろんなものが見えます』
「はいはい。見晴らしがいい場所ね」
手荷物から手帳を取り出して、『見晴らしがいい場所』とメモする。
『次、二つ目です。えっと、ここは目立つので、遠くからでも見付けやすいと思います』
「はぁ。遠くからでも見付けやすい、と」メモメモ。
『最後に三つ目。えーと……えーと、』
「ヒントくらい全部考えてから電話しろよ……」
『あ、そうです! これはちょっと、あついのです』
「あー……はいはい。了解」
手帳にペンを走らせる。三つの手がかりを全てメモし終わったところで、電話口の真結が、『あっ、誘拐犯が!』と言って消えた。だから、何だよそれ。
再び、野太い声バージョンの真結。
『おい、きょうくんか』
「……きょうくんですけど」
『そうか。手がかりを一つ言い忘れた。この場所は、駅の地下街、ラーメン屋の前に置いてある観光案内パンフレットに載っているのだ。そこに載っている四つの場所のうち、どこかに真結はいる』
「え、ごめん。聞き逃した。どこに載ってるって?」
『ラ、ラーメン屋の前に置いてある観光案内パンフレットだ。聞き逃すんじゃない』
「ごめん」随分と良心的な誘拐犯もいたものだ。
『では、お前が来るのを待っているぞ。ふははは!』
ぶちっ。
……真結がどこにいるのか知らないが、今の痛い会話が他人の耳に入っていないことを、俺は切実に願った。
「篠田先輩、今度は何だっていうんですか?」
切れたスマートフォンをしばし呆然として眺めていると、志ヶ灘が尋ねてきた。
「……まぁ、何と言うか。自分が誘拐されたという設定で喋ってたらしい」
「は。何ですか、それ?」
「誘拐された場所の手がかりを真結が教えてくれたんだ。俺たちはその手がかりを使って真結の居場所を推理し、そこへ向かえいうことらしい。真結の目的はよく分からないけど」
志ヶ灘は顔を引きつらせた。
「……さすが篠田先輩。わけの分からなさにかけては、奈須西せんぱいに引けを取りませんね」
「いや、なんで俺が比較対象になってるんだよ」
「とにかく、です」
志ヶ灘は手に持っていた文庫本を書架に戻すと、俺に向き直った。その瞳には早くも、謎に向かっていく意志の種火が生まれている。
「これは、篠田先輩から私たちに向けた挑戦状ということですね。推理ゲームで勝負し、どちらが上か決めようというわけです。そういうことなら、受けて立とうじゃありませんか」
「別に勝負とかそういうんじゃないと思うけど」
「いいんです。勝負って言った方が、やる気が出ますから」
さいですか。志ヶ灘藍は冷徹屋のくせして、妙なところで負けず嫌いなのだ。この間の降霊会事件のときしかり。
俺は真結の手がかりをメモした手帳を開き、志ヶ灘に手渡した。
「これ、真結からのヒントだってさ。この条件を満たすところに、真結がいるらしい」
「そうなんですか。ええと、『見晴らしがいい場所』、『遠くからでも見付けやすい場所』、『ちょっと暑い場所』……。これだけですか?」
「いいや。昼を食べたラーメン屋の前に観光案内パンフレットってのが置かれていたらしいんだけどさ。そこに載ってる場所の中のどれかにいるって言ってた」
「観光案内パンフレット……? それ、私持ってますよ」
志ヶ灘はトートバッグをごそごそして、四つ折りにされた薄い冊子を取り出した。表紙に市の名前が書かれていて、観光案内パンフレットとずばりのタイトルがポップ体で記されている。
その中には、確かに真結の言ったように四つの場所が紹介されていた。そこの記述をまとめると、だいたいこんな感じになる。




