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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第二章 誘拐されたい日曜日
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第二章―07

 ラーメンを食べ終えて地下街に戻ったところで、真結がこんなことを言い出した。

「ねぇ、きょうくんと藍ちゃん。わたし、ちょっと用事があるから少しだけ一人で行動してもいい? ほんの五分とか、それくらいだから」

「え、なんで?」

「なんでもです。とにかく、用事なの」

「はぁ……。まぁ、ご自由にどうぞ。俺と志ヶ灘はここらへんにいると思うけど、もし分かんなかったら携帯使って」

「分かってる。ごめんね」

 そう言って、真結は地下街の雑踏に消えてしまった。どうせ他愛ない買い物だろうし付き合っても良かったのだが、と思いながら、俺はその後ろ姿を見送った。

 さて、残されたのは俺と志ヶ灘の二人だけ。

「……………………」

 志ヶ灘の方をちらりと見やると、彼女は日傘を携えて所在なさげに突っ立っていた。何故だかよく分からないが居心地が悪そうで、それは俺も同じだ。無意味にスマートフォンで時刻確認したりして気まずさを散らす。二人になると、急に下世話な想像が頭に去来してくるみたいだった。

「志ヶ灘は、どっか行きたいとこある?」

 さりげなく尋ねてみた。志ヶ灘は若干俯きがちの視線で、

「特にないです。せんぱいは?」

「俺? 俺も特にない」

「そうですか」

「……………………」

 それっきり、会話が途切れてしまう。お互い、デートには不向きな性格だ。

 しかし、そのまま雑踏の中で棒立ちしているわけにもいかない。俺は必要以上に首を振って、どこか二人で行ける場所がないかと探してみた。     

 喫茶店。何だかそれっぽい雰囲気が出ちゃうし、なに話していいか分からないから却下。しかも、今は満腹で食べ物のこととか考えたくない。

 服屋。志ヶ灘が服を選んでいるところを想像できないから却下。むしろ逆に、試着して「せんぱい、似合いますか?」なんて訊かれた日には、俺は志ヶ灘のキャラ像を一から再構築させられる羽目になる。

 ケーキ屋も同様の理由で却下。俺は志ヶ灘の好物を知らないが、少なくともイチゴの載ったショートケーキではあるまい。せいぜい、ティラミスかガトーショコラってところだ。

 その他、靴屋とか眼鏡屋とかもあったが問題外。結局、俺の視線はとある店のところで停止することになる。

 それなりに一般的で、なおかつ時間を潰せて、二人でいることを気にしなくて済む場所――。

「あそこ、行こう」

「あそこ、行きませんか?」

 俺と志ヶ灘が同時に指差したのは、本屋だった。



「やっぱり、私ってこういうのには向いてませんね」

 二人で入った本屋。ミステリ研ということで講談社文庫のところで二人並んで立ち読みしながら、志ヶ灘が言った。

「こういうのって?」

「だから……休日に男の人と二人でお出掛けすること、です。何だか肩が凝りました」

「いや、二人になってからまだ五分と経ってないんだけど」どんだけ嫌われてるんだ、俺。

「やっぱり、私が堅すぎるからいけないんでしょうか。堅苦しいのって、休日に外出するときの雰囲気とはなんか違うし」

「……別に、志ヶ灘は志ヶ灘のままでもいいんじゃないの?」

 俺は文庫本に目を落としながら言った。

「堅苦しいのは短所かも知れないけど、落ち着きがあるって言えば長所になるし。だったら別に、無理に変える必要はないでしょ」

「せんぱいはそうやって、自分に言い訳しながら生きているんですね」

 フォローしてやったつもりなのだが、志ヶ灘は冷ややかだった。

「私は、自分に気に入らないところがあれば変えたいと思うし、変えるための努力もします。実際、そうやって少しずつ変えて生きてきたつもりです。せんぱいとは、違います」

「悪かったな。何も変えようとしない人間で」

 でも人間、生きているなら放って置いても変わる。子どもは自分で変えようとしなくても一年経てば一年分デカくなるし、デカくなれば物の見方だって自然と変わる。それなら、自ら変えようとしなくなっていいはずだ。自分は現状維持に務め、時間の流れに身を委ねて変化した部分をただ受け入れる。そっちの方が楽だし、事実俺はそうやって高校生まで成長したんだ。

 志ヶ灘は文庫に目を落としながら、続ける。

「やっぱり、篠田先輩ってすごいとつくづく思います。ああやって邪気なく振る舞えるのは、それだけで一つのステータスです」

「やめとけ。志ヶ灘まで真結みたいになったら、俺はもう手に負えなくなるから」

「別に、篠田先輩みたいになりたいって言ってるんじゃありません。ただ……」

 志ヶ灘はそこで言葉を区切り、顔は俯けたまま、視線だけ俺の方にやった。

「ただ、何だよ」

「……何でもないです」

 志ヶ灘はまた文庫本に目を落とした。軽く、唇を噛んでいるようだ。

 俺が何事か言おうと迷っているその時、スマートフォンがバイブした。着信あり。相手は、篠田真結だ。

「はいはい。俺だけど」

『お前がきょうくんか』

「は?」

 なんか真結が無理やり野太い声を作っていた。カエルの鳴き声みたいなやつだ。俺が動揺しているうち、真結が続ける。

 その第一声が、これだった。


『いいか、よく聞け。篠田真結は誘拐した』

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