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俺と彼女のミステリな日常  作者: こよる
第一章 きみに捧げるミステリ
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第一章―01

 第一章 きみに捧げるミステリ   



 たとえば、あれだ。

 他人の家のポストにラブレターを、自分の手でもって投函する心理というのはまぁ、分からなくもない。たとえば、こんなことが考え得る。

 その子――仮に彼女としよう――は、好きな男の子に告白しようと思った。

 想いを伝える手段として考えついたのは、対面、Eメール、電話、ラブレターの四つだ。

 しかし、彼女には自分の想いを面と向かって伝えるほどの勇気がなかった。ここで、対面の選択肢が消える。

 さらに、このうちEメールと電話については、彼女には何だか手抜きのように感じられてしまった。これじゃ、自分の想いが強く相手に伝わらない。そこで、この二つの選択肢も消去される。

 結局、残ったのはラブレター。

 少々古くさいが、彼女は好きな男の子に想いを伝えるラブレターをしたためた。

 さて、ラブレターを書いたはいいが、どうやって相手にこれを渡そうか。

 直接渡す、なんてのは有り得ない。それくらいだったら最初から面と向かって告白している。

 また、男の子の机の中とか、靴箱の中というのも気が退けた。それじゃ恋愛ドラマの見過ぎみたいで、何だか恥ずかしい。

 そういうわけで、彼女は男の子の家のポストに手紙を入れることにした。郵便を使っても良かったのだが、それでは自分の想いが薄まってしまう気がする。結局、彼女は自分の足で男の子の家へ赴き、自分の手でラブレターをポストに投函した――。

 なるほど、ラブレターならこの論理展開で問題なさそうだ。

 では、と俺は考える。

 男の子の家のポストに入っていたのが、ラブレターじゃなくて、ろうそくだったとしたら?

 犯人は一体何のために、他人の家のポストに、それも直接ろうそくを投函したんだろう?

「んむむ……」

 朝、川沿いの土手道。スクールバッグを肩に掛けて県立西高を目指しながら、ちょっとしたミステリに取り組む。

 事の起こりは昨日だった。

 妹の早季さきが「お兄ちゃん宛のやつ、届いてたよ」と俺の部屋に持ってきた茶封筒が、全ての元凶だ。あまり人付き合いがいいとは言えない俺に何だろう、と不思議に思ったのを覚えている。

 封筒の宛名は確かに『奈須西京輔なすにしきょうすけ様』、すなわち俺だった。しかし、封筒をひっくり返しても差出人の名前はない。代わりにあったのは『このこと、誰にも口外するべからず』という不吉な一文。何のナンバリングか知らないが、封筒の表面には『4』という番号が振ってあった。その時点で何だか嫌な予感がした。

 差出人不明、というだけで既にアレだが、それに加えて俺はもう一つのことに気付いていた。

 この封筒、切手も消印もない。

 すなわち、郵便局から配達されたものではないということだ。正体不明の差出人が、俺の家まで来て直接ポストに投函したということ。何のために、かは分からなかったが、それだけで充分に不気味な感じがした。

 果たして、中に入っていたのは一本のろうそくだった。

 色も形もごく一般的な、何の変哲もない一本のろうそく。その他には愛の告白文も呪いの手紙も、何も入っていなかった。

 消印のない、差出人不明の封筒。中には一本のろうそく。『このこと、誰にも口外するべからず』。封筒に振られた『4』の数字……。

 犯人は一体何のために、こんな封筒を俺に寄越してきたのか?

 もしかすると俺は誰かに呪いをかけられているのかも知れない、と思いながらも確証は持てず。眠れない夜を過ごして、今日に至るというわけだ。

 趣味の悪い謎と寝不足に祟られて、今日の俺は朝から無気力だった。

「へーいっ」

 そんなところ、ナイーブな空気を割るように、背後から軽快な声が走り寄ってきた。すたた、と軽やかなステップが近づいてきて、とん、と俺の両肩に手が置かれる。

「きょうくん、おはよぃ」

 ぶら下がるような格好で俺の両肩に手を突き、その上で肩越しに俺と顔を並べてくる。頬と頬が触れ合うほどの至近距離にいる彼女の顔を、俺は横目で見やった。

「あぁ、なんだ真結ね。おはよぃ」

「うん。ていうか、何だとは何ですか。何だとは」

 真結は肩から手を離して俺の隣に並ぶと、つんとくちびるを尖らせる。仕草も豊かなら表情も豊かで、見ていて飽きない女の子だ。俺は曖昧に微笑んで、「ちょっとね」と答えた。

 篠田真結しのだまゆ。彼女との関係性を一言で表せば、幼馴染みというやつになる。覚えてないが幼稚園の頃からの付き合いであるらしい。俺のアルバムに、幼稚園児の真結が俺に泥団子を「あーん」している写真があるのだ。ちなみに写真のタイトルは『バカップル』だった。

「それで。ちょっとって何なの?」

 鞄を後ろ手に、真結がちょんと一歩前に出て、俺の顔を覗き込んでくる。その無垢な瞳から逃れるように、俺は目を泳がせた。

「ちょっとは、ちょっとだよ。ちょっとした悩み事……みたいな?」

「ふぅん。悩み事……。きみが悩み事って、なんか珍しいね。いつも表情のシマらないのんびり屋のくせに。……誰かに悪口言われたとか? あるいは、テストの点が振るわないとか。まさかきみに限って、恋の悩みはありえないし……」

「残念でした。そのどれでもありません」

 俺がそう言うと、真結は「え、そうなの?」と目を丸くした。「じゃあ何なの、きみの悩みって」と俺をまじまじ見つめてくる。

 はて、どうしたものか。

 確かに、ろうそくの謎なんてたいした謎じゃないし、開陳するにやぶさかじゃない。しかし、封筒にくっついていた文句が少し気になるところだ。

 『このこと、誰にも口外するべからず』。

 口外するなって言うからには、これは命令だ。そして命令であるからには、従わなかったら何らかのペナルティが課せられるかも知れない。まさかとは思ったが、それなら大事を取るに越したことはないように思われた。というわけで。

「別に何でもないんだよ。たいしたことじゃないんだ」

「嘘つけ」

 なんか早速見破られた。

 真結は俺の顔を覗き込みながら、実に嫌みったらしい口振りで、

「きみが嘘つくときは、妙に飄々とした口調になるんですー。十年もきみと付き合ってるんだから、そのくらい分かりますー」

「そうかな?」

「そうだよ」と真結は深々頷き、「だいたい、きみは隠し事ってのが苦手なんだよ。昔っからさぁ……」

 そう言って、真結は俺の小学校時代の話を始めた。小学校三年生の頃、俺と真結が逃避行なるものに憧れて、仮病で学校休んで二人でどこか遠くにエスケープしよう、みたいなことを画策したときの話だ。真結は上手いこと仮病を使って学校を休んだのだが、俺の方が母親に仮病をばっちり見抜かれてしまい、こっぴどく叱られて計画はご破算となったのだった。

 というような話を、俺より頭一つ分ほど下で真結がしゃべくっている。

「だいたいさ、いまどき仮病使うのにお腹が痛いとか言う子どもってどうなの? きみ、仮病する気あったの?」

「面目ない」

「ほんとだよ。この間もさぁ……」

 というか、真結はその話に没頭しすぎて本来の目的を忘れている。俺の悩み事について尋ねることはすっかり頭から消し飛んだようだ。相手を追い詰めようとして自滅するあたり、彼女も相当な天然だと言える。

 ともあれ、ろうそくの謎のことからは話題が逸らせたので結果オーライ。俺は真結に話を合わせながら土手道の先に県立西高を望んだ。

 高校の前には天川あまがわという護岸工事の施された河川が走っている。河川部分が谷になっていて、その両側に土手が伸びているのだ。対岸の土手をつなぐ天のあまのはしという名の小さなコンクリート橋を渡ると、西高の校門はもう目の前だ。

「あ、そうだ。いま思い出したんだけど、きみの誕生日ってそろそろじゃない?」

「俺の誕生日? いつだったっけ」

「忘れんなアホー!」

「冗談。今週の日曜日だよ」

「ふむ、日曜日か。今年は誕生日プレゼント、何がいいと思う?」

「俺が使えるもので。去年の女物のマフラーとか、性別的にも季節的にも使えなかったから」

「わたしが使ってるからいいんですー」

「まぁ結局借りパクされたしね」

「まぁ最初からそれが目的だったしね」「おい」

 六月も下旬。すっかり衣替えを終えたワイシャツ姿や白色セーラーの群れに、俺たちも溶け込んでいく。

 ところで、校内を真結と二人で歩いているとあちこちから下世話な視線が飛んでくるのだが、勘弁してもらいたい。俺と真結は別にカップルでも何でもないのだ。ただの幼馴染みであり、友達。なのに「カップルなのかなぁ?」という視線で見られると、こっちとしても気まずいものがあるのだ。

 校門を抜け、制服姿の流れに乗って玄関ホールへ。俺と真結はどちらも二年二組に在籍していた。

 上靴に履き替える間は一旦会話を中断。特に何の気概もなく自分の下駄箱を開ける。と……と、と、

「なに、どうかした?」

 ぎょっとして飛び跳ねた俺を、真結が振り返る。俺は下駄箱を閉じると、深呼吸をひとつしてから彼女に向き直った。そして、さもいま思い出したような自然体を取り繕う。

「そういえば、今日は俺、職員室にちょっと用事があったんだっけ。だから、悪いけど先に行っててくれない?」

「きみが職員室に用事……? まぁ、いいけど」

 真結は少しばかり不思議そうに首を傾げたが、「じゃあ、また後でね」と背を向けて去っていった。その後ろ姿が視界から完全に消えるのを待ってから、俺は再び下駄箱を開ける。

 狭い下駄箱の中。ぼろっちい俺の上履きの上。

 そこに載せられていたのは、昨日家に送られてきたのと全く同じの、差出人不明の封筒だったのだ。

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