第二章―06
高麗さんからは結局、それ以上の情報を聞き出すことは出来なかった。俺たちは西高の話題を肴に小一時間ほど話し込み、彼女のマンションを後にした。
地下鉄に乗って、地下街がショッピングモールになっているターミナル駅まで戻る。地下の飲食店の中にちょうどラーメン屋を発見したので、俺たちはそこで昼食を摂ることにした。
カウンター席しかない手狭な店内。三人並んで座ったところで、真結が口を開いた。
「ねぇ、きょうくん。さっきの高麗さんの話から分かったこと、まとめてみない? ひょっとすると、何か分かるかも」
「そうだな……」
他に考えるべきこともないし。俺はさっきの高麗さんの話を思い出してみた。
「まず最初に提示された手がかりが、あの封筒の謎は、知らない方が俺のためになるってことだ。第三者の私がそうそう教えていいような内容ではない、とも言ってたっけ」
「うん。ということはつまり、当事者性? の強い謎、っていうことなんじゃないかな。多分、社会的とか政治的とか、そういう大きなくくりじゃなくて、きみ個人に向けてのメッセージっていうことだと思う」
ふむ。逆に、あの封筒の謎に政治的な意味が篭められていたら、それはそれで驚くが。
「はい。そして二つ目の手がかりはというとですね……。多分、一番これが重要だと思うんだけど、きみに送られているあれは暗号だったということです。しかも、その暗号は犯人の名前を隠したものらしいから、暗号を解けば犯人の名前が分かるかも!」
「まぁ、そんな楽に解けたら苦労しないけどな」
「……人がせっかく盛り上げてるんだから、乗ってくれないとわたしが馬鹿みたいじゃん」
「ごめん」
乗せられたら乗らないといけないのだった。俺もまだまだ精進が足りない。
「でも確かに、問題はそう簡単じゃないと思いますよ」
お冷や片手に、志ヶ灘が口を挟んできた。
「あれが暗号だって分かったのは大きな進展ですけど、それは逆に、すべての手がかりが出揃わないと答えを出せないという状況をも意味します。送られてきたものの共通点を探し出すだけなら、手がかりが全部出なくても途中で分かったってことがあるでしょうけど。でも、暗号だとしたら、きっと送られてきた品々はその一つ一つに意味がある……。すなわち、暗号を解く鍵である物品がすべて揃わない限り、答えが出せないという状況を意味しているんです」
「……藍ちゃんって、さすがだねぇ」
真結が感心したように目を丸くして呟く。志ヶ灘はそれには答えず、黙ってお冷やに口を付けた。
こういうところも二人が合わない原因なのかなぁと思ったりもする。
志ヶ灘はあまり自分のことを褒められて喜ぶタイプじゃない。いや、喜んでいるのかも知れないが、その喜びの表現の仕方を知らない奴だ。楽しかったり嬉しかったりすれば素直に笑って喜べる真結とは、やっぱりそりが合わないのかも知れない。
俺が上手いこと橋役になれれば、とは思うのだが。
「じゃあ、三つ目の手がかりね」と真結。「この封筒の謎はきみにとって悪くない結果をもたらす、って言ってたよね。高麗さん」
「うん。でも、それだけじゃ抽象的すぎて何の手がかりにもならないよ」
「そんなことないよ」と真結はかぶりを振って、「だって、きみにとって悪くないことだって分かってるなら、のんびり構えていられるじゃん。少なくとも嫌がらせとか呪いとか、そういうんじゃなさそう」
まぁ、そういう風に考えれば収穫とも言えるか。
しかし、手がかりが増えたことで謎も増えたわけだ。
俺の元に送られてきた謎の封筒、謎の品々。ろうそく、紙人形、浴衣、そうめん、金銀BB弾入りの砂……。夏に関係があるようで、もう一捻り加えないと解けない共通点。
『このこと、誰にも口外するべからず』。コウライさんのおまじない。俺宛てのメッセージ。アイテムの暗号、隠された犯人の名前。俺にとって悪くない結果。
何も解決しないまま、謎だけがどんどん深まっていく気がした。




