第二章―04
電話の内容を説明すると、志ヶ灘は「そうなんですか」と微妙に表情を固くした。その心理は、俺にも何となく分かる気がした。
「真結と一緒だと、嫌だったか?」
何気なくそう尋ねてみる。志ヶ灘は少しだけ眉根を寄せた。
「別に嫌とか、そういうんじゃないです。ただ……何となく、私が居づらいというか。せめて、一緒に来るなら、せんぱいから私にちゃんと連絡して欲しかったなぁ、というか」
「ごめん」
志ヶ灘にしては珍しく歯切れの悪い口調だった。それだけにどこか本心が見え隠れしているようで、俺は素直に謝ってしまう。志ヶ灘は「別にいいです」と言って、不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
自販機から真結が戻ってきた。真結は缶ジュースを三本抱えていた。
「はいはい、みなさん。飲み物の支給ですよー。Qooのりんご味とカルピスウォーター、それに午後の紅茶。どれでも好きな物をお取り下さい」
どん、どん、どん。三本の缶ジュースがベンチに置かれる。何なのこれ、と真結を見上げると、「この間の慰謝料です」と答える。
「古川くんのためとはいえ、二人を利用しちゃったから。だから、慰謝料代わりのジュースということで」
「そんなの、気にしなくていいですよ」と志ヶ灘。「逆に篠田先輩に借りを作ってるみたいで、申し訳ないじゃないですか」
「いいの。わたしの気が済まないんだから。はい、藍ちゃんどうぞ」
真結はそう言って、午後の紅茶を半ば無理やり志ヶ灘に押し付けた。「じゃあ、もらいますけど……」と志ヶ灘は少しばつが悪そうにそれを受け取る。
で、俺は?
「きみはねぇ……藍ちゃんと違って特に何もしてないから、お金を徴収します。一本百二十円のところ、百円にしてあげるから」
「二十円分の慰謝料というわけね」
でもまぁ、何となくお得な感じがするので受け取っておく。くれたものはありがたく頂戴するのが俺の性分だ。
そういうわけで、志ヶ灘が午後の紅茶を、俺がカルピスウォーターを、真結がQooのりんご味を持って、電車がやって来るのを待つ。その間、俺は新たに届いた二つの封筒について二人に説明した。
四番目の封筒は番号が『5』で、中身はそうめん。
五番目の封筒は番号が『2』で、中身は金銀BB弾入りの砂。
何だか、どんどん意味不明になっていく気がするのだが、どうだろう。俺が話し終えると、志ヶ灘が「一度、謎をちゃんと整理してみませんか?」と言った。
「これまで、せんぱいが受け取った封筒とその中身を、とりあえず並べてみましょう。謎の論点は、封筒の番号とその中身でいいですよね」
志ヶ灘は手荷物から手帳とペンを取り出すと、何やら手帳に書き始めた。数十秒後、志ヶ灘の手帳にはこのような表が出来上がっていた。
番号 中身
4 ろうそく
6 紙人形
9 浴衣
5 そうめん
2 金銀BB弾入りの砂
「この中で、考えやすそうなのは番号より中身の方ですよね。奈須西せんぱいに送られてきたこの五つの品に、何か共通点があるのか、とか」
「共通点ねぇ……」
「はいはい! わたし、分かりました!」
手帳を覗き込んでいた真結が手を挙げる。
「これって、全部夏に関係があるものじゃない? 浴衣とか、そうめんとか」
「夏か……。確かに、浴衣とそうめんはそうだけどさ。でも、ろうそくと紙人形と金銀BB弾入りの砂は?」
「それは……えーと」真結は眉根を寄せて考え込み、「そうだ。ろうそくと紙人形は、きっと肝試しの象徴だよ。なんか雰囲気がそれっぽいじゃん。そして、肝試しといえば夏です!」
「じゃあ、砂の方は」
「それはきっと、海を象徴する砂だよ。封筒に海水を入れることは出来なかったから、代わりに砂を」
「じゃあ、砂の中に入っていたBB弾は?」
「それは……青春の証だ! みたいな?」
「やっぱり無理がありますね」
志ヶ灘は真結の意見をにべもなく否定した。真結はしょんぼりと項垂れる。
「夏に関係があるってのは何となくいい線を行っているような気がするんですけど……。でも、単に夏ってだけじゃこの謎は解決できそうもないです。もう一捻りが必要みたいですね」
「一捻りねぇ……」
「それに、捻ったとしても、まだ謎は残ってますよ。一番大きな謎が、封筒に記されている番号です。この番号には一体どんな意味があるのか。そして二つ目の謎が、この封筒の送られてきた場所です」
「場所?」と俺。
「そうです。奈須西せんぱいの話によると、一番目の封筒は家に、二番目の封筒は学校に、三番目は家に、四番目は学校に、五番目は家に送られてきているみたいじゃないですか」
そう言われればそうだった。交互、だ。五枚の封筒は、家のポストと学校の下駄箱に交互に入れられている。これは一体、どういう意味なのか。犯人は何故、交互に封筒を入れているのだろうか。
番号、中身、順番……。
いかんせん、分からないことが多すぎた。現時点では、これ以上を推測するのは難しそうだ。
警笛を鳴らして、ホームに電車が滑り込んでくる。
俺たちはそれ以上の推理を諦め、ベンチから腰を浮かした。




