第二章―03
そういうわけで、日曜日。
コウライさん――もとい高麗さんの住所が判明したので、その住所を訪れてみようということになっていた。わざわざ外出なんて面倒だし、住所から電話番号を検索して、電話で尋ねればいいんじゃないかとも思ったのだが、
「電話じゃいい具合に誤魔化されちゃうかも知れないじゃないですか。実際に会って、話をしてみないと分からないことってあると思います」
と志ヶ灘に反論されたのだ。触らぬ神に何とやらということで、大人しく彼女の意見に従うことにした。
幸い、高麗さんの住所は新幹線を使わずに行ける範囲内だった。そこで、俺と志ヶ灘は休日を返上して、電車を使って高麗さんの家を訪れることにしていた。……というか、何だかんだで志ヶ灘が付き合ってくれることに俺は少しびっくりした。謎への探求心か、はたまた何か別の理由があるのか。口の悪い聡明な後輩の心は読めない。
日曜日、午前八時四十五分。
待ち合わせの十五分前に地元駅に到着したところ、志ヶ灘は既に来ていて、俺を見るなり唇を尖らせた。
「遅いですよ、せんぱい。こういう場面で異性を待たせるのは、あまり感心しません」
「ごめん」
志ヶ灘は涼しげなワンピース姿で、日傘を差していた。それらしい格好をすれば、こいつもちゃんとかわいい女の子に見えるんだなぁと俺は妙に感慨深い。美容とかにはおよそ関心のなさそうだった志ヶ灘がさりげなく日傘で日焼け防止しているのも意外だ。意外ついでに言えば、いつもは降ろされている長髪が、今日はシュシュで纏められていた。お出掛け用ヘアスタイル、ってところか。
じろじろ見ていると、志ヶ灘が怒ったように目つきを鋭くした。
「なにか、文句でもありますか」
「いや別に。志ヶ灘もそういう格好することあるんだなぁと思って」
「失礼ですね。せんぱいのその、中学生が川に遊びに行くような服装よりは、幾分マシだと思いますけど」
俺は自分の格好を見直した。カットソーに七分丈パンツ。確かに中学生だ。
「まぁ、いいです。ここにいても日焼けするだけだし、さっさと駅の中に入りましょう」
志ヶ灘は俺に背を向け、駅舎の中に入っていく。その華奢な背中を、「ちょっと待って」と呼び止めた。
くるっ、と志ヶ灘が俺を振り返る。
「何ですか」
「実はもう一人、来ることになってるんだ」
「え?」
きょとんと志ヶ灘が目を丸くした。これは貴重な表情だ。
そのもう一人は、待ち合わせの五分前になってようやく現れた。
「きょうくん、藍ちゃん。遅れてごめんねー」
小走りで駅舎の方にやって来たのは紛れもなく俺の幼馴染み、篠田真結だった。
「……どうして、篠田先輩が一緒に来てるんですか」
駅のホーム。三人で改札を抜けた後、真結が「飲み物買ってくるから」と言って自販機の方へ向かい、ベンチに座っているのは俺と志ヶ灘の二人。志ヶ灘は真結にこそ面と向かって「なんでいるんですか?」とは訊かなかったものの、俺と二人になると少し責めるような視線で睨んできた。
「昨日、真結から電話があったんだよ。明日、一緒に駅前へ買い物に行かないかって」
それはこんな内容の電話だった。
『ねぇ、きょうくん。明日の日曜日って、暇だったりしない?』
「え、なんで」
『なんでも。一緒に駅前にお買い物とかどうかなぁ、みたいな?』
「うーん……。悪いけど、明日はちょっと用事があったりするんだよね」
『え、きみが休日に用事があるなんて、珍しくない? どうしちゃったの』
「うんと、話すと長いんだけど、封筒の謎の件でちょっと進展があったからさ。志ヶ灘と一緒に、電車で人に会いに行くんだよ」
『ふぅん。藍ちゃんも一緒なんだ……。ねぇ、それってわたしが一緒に行っちゃ駄目な用事なの?』
「いや、別にそういうわけじゃないけど。でも、別に楽しいことじゃないと思うよ。買い物なら、来週とかでもいいじゃん」
『ううん、今週の日曜じゃないと駄目なの。これは絶対です』
「ふぅん……。よく分かんないけど、それならご一緒にどうぞ。明日、朝の九時に駅前集合だから」
『分かった。ありがとう』
そういう経緯で、真結はこのお出かけに飛び入り参加することになっていたのだ。




