第二章―01
第二章 誘拐されたい日曜日
「ていうか、なんでそうめん?」
土曜日、奈須西家の昼の食卓。例によって両親が揃って仕事に出掛けていってしまったため、リビングでテーブルを挟んで向かい合っているのは、京輔兄ちゃんと早季妹ちゃんだった。
俺たちの間には大皿が一つ。ざるに盛られた無数の毛糸玉みたいな、白麺の塊。
そうめんである。
「いいじゃん、そうめん。美味しいだろ」
「そういう問題じゃなくて」
それは置いといて、のジェスチャーを早季がやってみせる。相変わらずタンクトップ姿できわどいところまで見えそうなのだが、生憎と俺の妹なので何も感じない。
「さきが訊いてるのは、お兄ちゃんにお昼任せたら、どうしてこうなったのかってこと」
「こうって、どう」
「こうでしょ!」
早季は大皿を両手で持ち上げて、俺の眼前に突き付けてきた。溢れかえる白麺がまるで無数のミミズのように皿から垂れ下がる。ていうか、今の比喩で一気に食欲なくした俺。
「なんで、お昼ごはんが大量のそうめんだけなの!」
「そりゃあ、もらったからに決まってるだろ」
手延べそうめん250グラム。早季に「お兄ちゃんお昼つくってー」と頼まれたので、とりあえず手元にあったそれを全部茹でたら、こんなことになった。反省はしている。
送り主はあの封筒さんだ。この間、降霊会事件が終わって個人的にすっきりしていたら、何のことはない。その翌日に学校の下駄箱で四番目の封筒を見付けた。よくよく考えれば、降霊会の謎は片付いてもこちらの謎は何も片付いていないのだった。
果たして、四番目の封筒のナンバリングは『5』、中身はそうめんだった。
ろうそく、紙人形、浴衣、そうめん……。
脈絡が見えないどころか滑稽になっていく一方の贈り物に、俺は長いこと首を捻ったものだ。しかし、差出人不明とはいえ喰い物は喰い物。せっかくもらったのだからと、調理して昼の食卓に出してみた。
「てひゅうか、はれからもらっはのか分はらないものを出すとか、ありえなふない?」
早季がそうめんをむしゃむしゃしながら怒っている。『ていうか、誰からもらったのか分からないものを出すとか、ありえなくない?』だと? その分からないものを喰いながら言うな。
「それに多分、これの送り主って悪い人じゃないよ。そんな気がするんだ」
「……気がするだけじゃん」
「何となく分かるだろ。学校の下駄箱にそうめん入れるような奴が、悪人だと思うか?」
「悪人って言うより、ただの変人だし」
ぶすっとふてくされたように、早季が答える。ずるずる、とそうめんを啜りながら、
「ていうかお兄ちゃん、これ何なの? 最近、ウチによく変な封筒届くし、学校にも届いてるんでしょ? いい加減、説明してよ」
「さぁ。俺だって分かんないんだよ。それに分かったとしても『このこと、誰にも口外するべからず』って封筒に命令されてるから、教えてあげません」
「なにそれ、ずるい」
早季はむっと眉根を寄せると、「じゃあさきも、もうお兄ちゃんに教えてあげないもんね」と唇を尖らせた。
「教えてあげないって、何をだよ」
「ん……。実は今、さきの手元にこんなのがあるんだけど」
早季は隣の椅子から何やら取り上げた。よく見るまでもなく、それは五枚目の封筒だった。
「これ、今朝ウチのポストに入ってたんだけど……。お兄ちゃんが教えてくれないなら、さきもこれ渡してあげないもんね。いいもんね」ちらっ。
「……よ、よくないもんね」ぼそっ。
「じゃあ説明しなさい」「はい」
そういうわけで、俺は妹にも事の顛末を説明させられる羽目になったのだった。
降霊会事件のことは省略して、封筒の謎のことだけを話し終えると、早季は「ふぅん」と微妙な反応を寄越した。
「ろうそくに紙人形、浴衣、そうめん……。何なんだろうね、それ」
「だから分からないって言ってるだろ。とにかくその封筒、寄越しなさい」
「うん」
早季は素直に頷いて、俺に五枚目の封筒を差し出した。
表面のナンバリングは『2』、裏面には例の警句、そして中身は……何だかやけに軽い。本当に入っているのか?
糊付けされた封筒を丁寧に開くのも面倒で、上の口をびりっと破り取る。今度は何だろうと逆さにして振ったら、
「うおおっ」
さらさらさら……。食卓の上にぶち撒けられたのは、大量の砂だった。俺の箸がすっかり砂まぶしになってしまい、「ちょっとお兄ちゃん、何やってるの!」早季が悲鳴を上げる。
「いや、まさか非固形物が入っているとは思わなくて……」
「言い訳はいいから掃除して!」
「申し訳ない」
しかし、この砂は証拠物件だ。捨てるわけにはいかない。俺は考えた末、砂を掻き集めて透明なポリ袋に入れておくことにした。早季とその作業に従事している途中、ふと気付く。
「これ、単なる砂じゃないな……」
「は、なにが?」
「ほら、よく見てみろよ。砂の中に、金色と銀色のBB弾が混じってるだろ? つまりこれは、金色と銀色のBB弾入りの砂、だ」
これはちょっとした発見だと胸を張ってみたのだが、早季は「だから何だっていうの」と、じとっと湿気を含んだ目で俺を睨んだだけだった。確かに、だから何だって言うんだろう。分からない。
ようやく砂を片付け終わり、俺たちは再びそうめんを挟んで向かい合う。
「とにかく、一つはっきりしたのは」と早季。「この封筒の送り主は、何か明確な意図を持って、こういう品々をお兄ちゃんに送りつけてるってことだね。そうじゃなきゃ、わざわざ砂とか封筒に入れたりしないもん」
「つまり、封筒の中身にはそれぞれ、何かしらの意味があるってことだよな……」
でも、そんなことはとっくの昔に分かっている。問題は、その意味が何なのかってことだ。
「お兄ちゃん。これ、何か手がかりとかないの? いくらなんでも、これだけじゃ謎を解くのは無理だって」
「手がかりねぇ……」
実は、ある。それも結構すごいのが。
「なぁ早季。この間さ、降霊会がどうのって話をしただろ?」
「ん。覚えてるけど」
「実はその関係で、ちょっとした情報を仕入れたんだよね、俺」
「へぇ。どんなの?」
どんなのと訊かれれば、こんなの。
俺は降霊会事件が片付いた翌日、古川が再びミステリ研の部室を訪れたときのことを思い出した。
というわけで、回想――。




