第一章―12
その後の話になる。
真結と古川は小田切さん役をしていた演劇部の女の子に謝りに行くと言って出ていき、部室には俺と志ヶ灘だけが残された。俺はやっと肩の荷が降りたような気分だったが、志ヶ灘の方はそうでもないらしい。先程、自分が破り捨てた紙を手にして、神妙な顔で眺めていた。
「どうかなさいましたか、名探偵さん」
普段、俺に不機嫌そうに毒舌を垂れ流している後輩には見慣れない表情だ。茶化して尋ねてみると、志ヶ灘はいつもの顔に戻り、「別に、何でもないです」と誤魔化した。そうかい、とここは呟いてみる。
志ヶ灘はもう一度神妙な表情をなって紙に目を落とすと、躊躇いがちに口を開いた。
「私、ああいうのって嫌いじゃないです」
「……ん?」
「誰かが誰かのことを想って、誰かのために必死に行動する、ってこと。部室を守るために降霊会を企画したり、それを実行に移したり。そういうのって、いいなって思います」
「ふぅん。ロマンチストだったんだな、志ヶ灘って」
「意外ですか?」
志ヶ灘は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見やった。この時の彼女の表情に何故か俺はどきっとしてしまい、何となく目を逸らした。「意外だったよ」と答えると、志ヶ灘はくすくすと小さく笑った。
「自分に出来ないことだから、憧れるのかも知れませんね。誰かのことを想って必死に行動するには、私はちょっと冷徹すぎますから」
「そうかな。別に、冷徹だから出来ないってわけでもないと思うけどな。人間なら、誰かのことを強く想ったりもするし、強く想えば必死に行動することだってある。志ヶ灘は多分、まだ誰かのことを強く想ったことがないんじゃない?」
「それは……」
志ヶ灘はむっとしたように俺を軽く睨んだが、ふっと肩の力を抜いた。
「まぁ、そうかも知れませんね。およそ意志薄弱なせんぱいには、そんなこと言われたくなかったですけど」
悪かったな。意志薄弱で。
どうせ俺は、痛みを嫌って他者との摩擦を避けるし、他者のために必死に行動したりしない人間だ。それはそれで悪くない生き方だと、自分でも思っているが。
それでも、たまに古川みたいな奴を見ると、こういうのも悪くないよなと思ったりもする。誰かのことを想って必死に行動するとか、そういうの。
もっとも、悪くないと思うだけで実践に至らないのが俺という人間なのだが。
志ヶ灘の手元に目を落とす。
二つに破れた紙切れが、窓から吹き込んできた風に揺られていた。




