第一章―11
「さて、ここまでが降霊会で起きた謎の数々でした。でも、私たちにはもう一つ、大きな謎が残されているんです。それはすなわち、どうしてこんなことをしたのか、という動機の部分。オカルト研は、どうして降霊会なんてものを企画・開催したんでしょうか?
実は昨日、奈須西せんぱいからメールを頂きました。『部活動紹介』に載っている小田切さんと、降霊会にいた小田切さんは別人だ、と。それで私、小田切有紀という生徒について調べてみたんです。すると、本物の小田切さんは現在、」
「入院中だよ」
志ヶ灘のセリフを遮ったのは、今までずっと黙っていた古川だった。彼はつい昨日までの道化の仮面を脱ぎ捨て、自然体の口調で、
「有紀は元々身体が弱かったんだけど、最近になって急に体調を崩してね。腎臓がどうのってことで、今は市立病院に入院してる。命がどうとかいうことは全然ないんだけどさ。でも、今年の文化祭までには完治しそうにないから、文化祭は出られないって言ってた。僕は一人で、文化祭をどうにかしなきゃいけなくなってたんだ」
「それが動機ですよね。古川先輩の」
「そう」古川は静かに頷き、「志ヶ灘さんも奈須西くんも、僕と有紀が付き合ってることは知ってるよね? そこで余談を一つさせてもらうんだけど、僕が有紀に告白したのはあのオカルト研の部室だったんだよ。去年の秋、文化祭が終わって二人で部室に戻ってきたとき、そこで告白した。好きだって、付き合って欲しいって言った。そしたら、有紀がわたしもって言ってくれて……。あのオカルト研の部室は、いわば僕と有紀の始まりの場所だったんだ」
古川は視線を落としながら、それでも淀みなく続ける。
「でも、二人も知ってる通り、研究会には基本的に部室は支給されない。文化祭の展示で、研究会の中で上位五位までに入らないと、部室は没収されちゃうんだ。僕と有紀の、始まりの場所が。
有紀が学校に戻ってくるのは、今年の文化祭が終わった後だって言ってた。もしその時に、僕と彼女の思い出の場所が、なくなっていたら。誰かに奪われてしまっていたら。有紀は一体、どう思うだろう、って……。
そう考えると、何が何でも、あの部室を失うわけにはいかなかった。有紀が戻ってきたときに、あの部室でお帰りって言ってあげたかったんだ。くだらないって思われるかも、知れないけどさ」
――そうか。
だから古川は、オカルト研の部室を守るために……。
「僕は、今年の文化祭では絶対に上位五位に入らないといけなかったんだ。上位に入って、部室を守って、有紀が帰ってくるのを待たなきゃいけなかったんだよ。降霊会のことをでっち上げたのは、そのためさ。オカルト研の展示なんて、よほど面白味がなきゃ誰も足を留めてくれない。だから、でっち上げでも何でもやって、面白い展示を作ろうと思ったんだ」
面白い展示を作るため。
それが全てだったんだろう。真結が今朝、俺のところにコピー用紙とシャーペンを持ってきたのも。オカルト系の雑誌に投稿するなんてのは嘘で、本当は文化祭のためだけに。
「今回の件については、実は篠田さんの発案だったんだ。ちょっと前、僕が文化祭の展示をどうしようか悩んでいるところに、篠田さんがやって来てね。有紀ちゃんのお見舞いをしたいんだけど、って言って。その時、僕は篠田さんに部室のことを話したんだ。思い出の部室を守るために、どうしても上位に入る必要があるんだって」
「だからわたし、古川くんに協力することにしたの」と真結。「わたしだって、有紀ちゃんのために何かしたかったし。だから、何かオカルト研のネタになりそうなことがあったら、持って行くって約束した」
「なるほど。そして偶然、ネタになりそうなものを見付けたってわけか」
俺に送られてきていたろうそくと紙人形。オカルトにはうってつけの品々。
真結はこくんと頷いて、
「あれを見た瞬間、これはいけると思って。それでわたし、古川くんのところに相談に行って、降霊会の計画を思いついたの。きょうくんと藍ちゃんを利用しちゃったのは、悪いと思ってるけど」
そういえば、思い出した。真結がオカルト研に相談に行こうと言い出して、話を付けるからと部室を飛び出していったとき。一時間も何をやっていたんだと思ったが、その間に古川と降霊会の計画を練っていたのか。ご苦労様だ。
「それで」と俺。「確かに、今回の計画の概要は分かったよ。でも、だったらあの小田切さん役の人は誰だったのさ。偽物だったんでしょ、あの人」
「私が思うに……」答えたのは志ヶ灘だった。「小田切先輩役の彼女は、小田切先輩の役に加えて、霊媒の役をも務める必要がありました。コウライさんに乗り移られたような、迫真の演技をしなければなりませんでした。そういうことを考えると、あの人は多分、」
「演劇部の人だよ」
古川が答えた。
「有紀役の人がどうしても一人必要だったからさ、僕のクラスの演劇部の女子に事情を説明して、共犯になってもらったんだ。なかなか上手かったでしょ、彼女の演技」
「まぁ、確かに……」やりすぎのような気もしたが。
「というわけで、これが降霊会事件の真相です」
志ヶ灘がすべてを総括するように言った。
「古川先輩の気持ちは分からないでもないですけど、ミステリ研に勝負をかけたのが間違いでしたね。勝負は、私たちの勝ちです」
「完敗だよ。名探偵さん」
古川は苦笑し、肩を竦めてみせた。
それから、志ヶ灘は思い出したように鞄から何かを取り出した。A4のコピー用紙。降霊会で起きたことを書け、と言って真結に渡された紙だ。志ヶ灘ももらっていたのか。
「これ、もし事件の裏にどうしてもやむを得ない事情があったなら、嘘を書いて古川先輩に渡そうと思ってたんです。というか、実はもう書きました」
志ヶ灘は、几帳面な文字でぎっしり埋め尽くされた紙を俺たちに見せつけた。
「でも、今回の事情では、同情の余地ありといえども、どうしてもやむを得ないとまでは言えませんよね。残念ですけれども」
志ヶ灘はにっこりと微笑んで、
「文化祭では、対等に戦いましょう」
びりっと、その紙を破り捨てたのだった。




